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林檎に牙を:全5種類
王林中学も北紅高校も演劇部は無かった。
遼二が舞台に立った時はただ一度、去年のカラオケ大会くらい。
ただでさえ芝居と云うものには縁が薄い。
毎週楽しみに観ているドラマなんて、もう随分と前に終わったし。

故に、舞台で生きる人間を見るのは初めて。
それもこんなにも間近で。


「……泣いていたのはお前かい?」

最初の台詞は、まるでスイッチを弾いた指。
神尾が纏っていた隙だらけの空気が掻き消える。

今は芯がありつつも、しなやかさが全身に行き渡る。
ほんの数歩の移動すら舞うように。
声まで低音の艶を持ち、別人。

変化に圧倒される間も神尾は台詞を続ける。
台本を片手で開いているが、覗き込む気配は見せない。
彼の意識はきっと数ヶ月後の未来。
大勢の観客を前にした舞台へと向いているのだろう。


「さぁ、お前の傷を見せて御覧。」

最後の台詞、その流し目に背筋が震えた。
視線は遼二自身に向けられた訳ではないのに、刺される錯覚。
呑み込まれる迫力は確かにあった。

そうして唇は閉ざされて、一つの場面が終わる。


「治療してあげる、って感じではないですよね。」
「ん、むしろ逆だよ。」

この舞台は決して明るい物語ではないらしい。
神尾の役は主人公を誘惑する悪魔。
過去を覗き、心に負った傷を探り、容赦なく抉り出す。
果たして悪魔に魅入られた主人公の運命や如何に。

とは云え、遼二が知るのはそこまで。

こう説明すれば神尾の演じる悪魔はメインのようだが、そうでもない。
重要な場面では登場しても実のところ数える程度。
出番の台詞だけは一通り聞いたが、断片的で話全体は見えてこなかった。
詳しく教えて貰えず、台本を他人に見せるのも禁止だと。

「だから、早未も本番は観に来てよ。」
「そうですね……、覚えていたら。」


初めて顔を合わせてから数日。
警戒は解けて、こんな会話をするようになっていた。

神尾が練習している時は邪魔せずに、ただ観ているだけ。
客に居てもらった方が良いからと。
追い出されるかと思っていたのは杞憂だった。
休憩では何か飲み食いしたり、昼寝したりと好きに過ごす。


遼二の家も神尾の劇団も紅玉街。
放課後から練習する時は、駅まで一緒の日もあった。

行動を共にするのは友達ならば普通の事。
しかし、何だか神尾とは妙な関係だと遼二は感じていた。
日中の学校では顔を合わせもしないし、他に共通の友達も居ない。
最初なんて、此の部屋にだけ現れる幽霊のような存在だった。

遼二自身、他の誰かに神尾と仲良くなった事を話していない。
クラスでも友達と呼べる相手は数人出来たのに。
一ノ助には口を開きかけたが、あの時は別の話題で誤魔化した。

秘密と云うか、何だか説明自体が面倒で。
突っ込んだ所まで喋ると音楽準備室の存在を明かす事にもなる。
こんな居心地の良い場所を教えるのは気が引けた。
若しかしたら他に利用者は居るかもしれないが、なるべく秘密が良い。

こうして隠し事が出来てしまった。
疚しい訳でもないのに。


一方、神尾がどう思っているのかは定かではない。
「何を考えているのか分からない」と昔馴染み達に言われるだけある。
或いは本当に何も考えていないのかもしれない。
流れに身を任せるまま、のんびりと。

芝居をしていない時はどうも芯が抜けた状態。
今も、ペットボトルの緑茶を啜る様は御隠居じみていた。
ピアスなんかしている癖に。

事実、神尾の事はまだよく知らない。
ペースが緩すぎて会話がいまいち噛み合わないのだ。


「明日からGWですけど……、神尾は何処か行くんですか?」
「ん、ネバーランドに。」

こんな調子の変な奴だ。

遼二も聞き返さず、相槌で受け流した。
愛想笑いでもタイミングを逃した冗談は気まずくなるだけ。
だから深くは踏み込まないつもりだったのに。

「もし良かったら、早未も行く?」

流石に、続けられた言葉には驚いた。
伏しがちの目で遼二を捕らえて。

頷いたら、何処へ連れて行かれるのやら。



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2016.11.13