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林檎に牙を:全5種類
GWの始まりは青空によって迎えられた。
心地良い春の下、見渡す限り幼児達がはしゃぎ回っている。
あまりにも元気で遼二だけが場違いに感じる程。
子供の楽園「ネバーランド」の表現は確かに合っているか。

とは云っても、何も大人が居ない訳じゃない。

傍らには保護者達の姿もあり、はぐれないように手を引く。
祝日なので子供に合わせて家族サービス。
疲れた顔も見せず、大人も一緒に楽しんでいる。


神尾に連れられて来たのは、広場とホールを有する姫ふじ公園。
毎年、此処はこどもの日に因んだ祭りがある。
食べ物や玩具の出店、ご当地キャラの着ぐるみ撮影会。
他にも様々なイベントが連日によって開かれ、沢山の子供が集まった。

あと10歳幼ければ遼二も遊べたと思う。
紅玉街に引っ越してきたのは中学の頃なので、祭り自体知らなかった。


「……でかい子供が居ますね。」
「店のおっちゃんから見れば、おれも子供だろうけどね。」

神尾の方は祭りを謳歌している真っ最中。
飛び出したかと思えば、カラフルな綿あめを頬張りながら帰って来た。
他にもお菓子の袋を幾つも提げて。

チャコールグレーのニットカーディガンと細いデニム。
制服も真っ黒な学ランなので、相変わらず神尾は地味にも見える。
そんな格好でも色彩なら一つ。
あの青いピアスが揺れると、妙に目を引かれてしまう。


ネバーランドの正体が気になり、結局こうして休日まで共にしている。
距離を詰められるような、自ら近付いてしまうような。
何とも言い難い不思議な感覚だった。

そう云えば、去年の春は何をしていたっけ。
球技大会とカラオケの練習でいつの間にか終わっていた。
中学校の小さな世界を飛び立ったら別世界。
メンバーの誰ともすっかり離れてしまって、遼二は此処居る。

同じ学校に進んだ一ノ助ですらそうなのだ。
ただでさえ無精者なので、他の面々とは連絡すらしなくなった。


五月の公園はあまりにも賑やか。
子供達の中、一人で突っ立っていると浮いてしまっている気がする。
何も若者は遼二達だけに限った話ではないのだが。
よく見れば、意外と中高生らしい男女はちらほらと混ざっていた。

「早未、こっち。」

訝しんでいると腕を軽く取られた。
神尾が指したのは、広場の先にある多目的ホール。

そこら中に貼ってあるポスターにはイベントの一覧。
言葉の意味なら此処にあった。
今の時刻と合わせて、今開かれる演目は。



「いざ、ネバーランドへ!」

エメラルドグリーンの衣装が舞台の上で翻った。
朗々と声を張り上げて、踊るような軽さの身振り手振り。

彼と共に、三姉弟は子供部屋から異世界へ羽ばたいて行く。
空を飛ぶ事が出来ると云う妖精の粉。
頭からたっぷり浴びたので、一歩踏み出しただけで金色が舞った。

妖精を連れた永遠の少年。
ヒーローの名は、ピーターパン。


五月晴れをカーテンで閉ざした暗闇のホール。
スポットライトを浴びながら、ピーターパンは笑顔を見せる。
こうしたイベントでは子供達に前を譲るのがマナー。
親子連れで埋まった席の後方、遼二達はひっそりと混ざっていた。

眼鏡をしていても、近眼には少しばかり辛い距離。
映画と違って大画面でもあるまいし、役者の顔立ちまでは見えない。
中性的なピーターパンは男女かどうかも判別できず。


正直「子供向け」と舐めていたが、思ったよりは楽しめそうだ。
と云うのも、ポスターには「早生学園演劇部」の明記。
確かに、舞台に立つ役者達はあまりにも年若い印象である。
高校生の手作り劇にしては質が良い。

イベントに児童ばかりでなく中高生が来ている理由も理解した。
あの学校は幼稚舎から大学まで一貫。
演劇部だけでなく、先輩後輩の繋がりがあるのも当然か。

此処へ誘った神尾と云えば、隣の席で熱心に観ている。
身体ばかり大きいくせに子供達と同じような目。
舞台に立つ身なら観劇も好きなのだろう。
同年代の演技を眺めるのも勉強にもなるだろうし。


「今日こそ倒してやるぞ、ピーターパン!」

思わず遼二が笑いそうになった時、その声は響いた。
呼ばれた訳でもないのに舞台へ引き寄せられる。


ネバーランドに近付く、禍々しい髑髏の海賊船。
手下たちを引き連れるのは一人の男だった。
派手なワインレッドの帽子にロングコート、片目に眼帯。
そしてホールを震わせる高笑い。

ヒーローが在る所に悪の華も在り。
さあ、フック船長のお出ましだ。



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2016.11.18