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物語は進み、やがてピーターパンとフック船長の一騎打ち。
剣を振るうたびにエメラルドとワインの裾が翻る。
対照的な衣装の色は遠目にも鮮やか。
「みんなー!ピーターパンに元気を分けてー!」
ティンカーベルが拳を振り上げたのが合図。
「頑張れピーターパン!」とホール中から子供達が声援を送る。
決闘シーンはまるでヒーローショー。
そこまで一緒に熱くなれない遼二は取り残された感覚である。
観ているだけで照れ臭い、何となく。
周囲の席に居る中高生は役者達の顔見知りなのだろう。
馬鹿にしている訳ではなくとも笑いを堪えている。
此れも子供達を愉しませる工夫か。
エンターテイメントになりきっている姿勢は見事。
大人の目線で見れば違う楽しみ方がある。
単純な話、ピーターパンとフック船長に感心していた。
滑らかな殺陣はまるでダンス。
勝敗なら分かっているので緊迫まではしないが、動きが素晴らしい。
もう一度、横目で神尾を窺った。
相変わらず口が半開きの間抜け面。
今に限っては、集中して観ている所為なのだろう。
考えは読めずともそれだけは確かだった。
「神尾、毎年来てるんですか?」
「目当ての役者が居るから……今回も観れて良かった。」
こうして拍手喝采で幕は閉じられる。
夢から覚めて、誰もが席を立った時の事。
観劇中は邪魔しちゃ悪いかと口を噤んでいた。
少し気になって質問してみれば、神尾は一つ頷いてみせる。
誰の事を指しているかは訊くまでもなかった。
紺青のブレザー姿が並んだ出口。
客を見送るまでが劇、制服の集団は早生学園演劇部か。
そして色鮮やかに夢の名残も。
ピーターパンやティンカーベル達も並び、子供達と握手を交わす。
やはりピーターパンは女子か。
席からでは掌サイズだったので、近くで見るとまた違う。
けれど、会釈する程度で神尾は主役達を通り抜ける。
真っ直ぐに向かった先。
いっぱいに提げていたお菓子の袋を丸ごと差し出して。
「フック船長に。」
ワインレッドのコートを纏った男子が驚いた表情になる。
ああ、フック船長はこんな顔だったか。
切れのあるアーモンド形の目で眼力が強い。
それでも受け取ったのを見届けると、神尾はするりと立ち去った。
「船長目当てだったんですね、何となく分かってましたけど。」
「そりゃ、一番輝いてたし。」
妖精の粉を浴びたピーターパン達を差し置いて、神尾は答える。
「輝いてた」なんて恥ずかしい誉め言葉。
それも、物語の上では忌まれる大人の役に向かって。
絶賛する理由は分からなくもないけれど。
流石に肉声ではホールの端まで届かないので役者はマイクを付けていた。
お陰で顔立ちまでは判別できずとも、台詞だけでも楽しめた。
あのフック船長は殺陣も勿論巧かったが、何より耳で惹き付けられた。
声に特徴のある男子だった、確かに。
テンションの高いコミカルな悪役でくすくすと笑いを誘う。
早口気味なのに聴き取れるのも技量が高い。
それにしても、そこまで好きなら一言くらい付け加えれば良いのに。
わざわざ渡す為のお菓子を用意していたくらいだ。
千切られた綿あめの欠片を舐めながら遼二は考える。
口の中が甘ったるくなったからと、神尾からのお裾分け。
こうして寄越された物とは訳が違う。
「感想もあった方が演じていた方だって喜ぶんじゃないですか?」
「ん、でもおれのことは印象に残らない方が……」
「は?意味がよく分からないんですけど、何でまた。」
「あぁ……それね、もしかしたら早未も聞いたかもしれないけど……」
そこから先は聞き取れなかった。
呼び声は、いつも突然に。
「……早未、こんな所で何してるん?」
賑わう雑踏、落ち着いた低音に肩を叩かれた。
独特の訛りは聞き覚えがある。
振り返った遼二が驚かされたなんて言うまでもなかった。
子供ばかりの中、高い位置に赤毛があると目立つ。
こんな所に居るなんて此方の台詞だ。
三月まで同じ教室で合わせていた顔。
思わぬ再会を果たしたのは、中学校の同級生だった。
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剣を振るうたびにエメラルドとワインの裾が翻る。
対照的な衣装の色は遠目にも鮮やか。
「みんなー!ピーターパンに元気を分けてー!」
ティンカーベルが拳を振り上げたのが合図。
「頑張れピーターパン!」とホール中から子供達が声援を送る。
決闘シーンはまるでヒーローショー。
そこまで一緒に熱くなれない遼二は取り残された感覚である。
観ているだけで照れ臭い、何となく。
周囲の席に居る中高生は役者達の顔見知りなのだろう。
馬鹿にしている訳ではなくとも笑いを堪えている。
此れも子供達を愉しませる工夫か。
エンターテイメントになりきっている姿勢は見事。
大人の目線で見れば違う楽しみ方がある。
単純な話、ピーターパンとフック船長に感心していた。
滑らかな殺陣はまるでダンス。
勝敗なら分かっているので緊迫まではしないが、動きが素晴らしい。
もう一度、横目で神尾を窺った。
相変わらず口が半開きの間抜け面。
今に限っては、集中して観ている所為なのだろう。
考えは読めずともそれだけは確かだった。
「神尾、毎年来てるんですか?」
「目当ての役者が居るから……今回も観れて良かった。」
こうして拍手喝采で幕は閉じられる。
夢から覚めて、誰もが席を立った時の事。
観劇中は邪魔しちゃ悪いかと口を噤んでいた。
少し気になって質問してみれば、神尾は一つ頷いてみせる。
誰の事を指しているかは訊くまでもなかった。
紺青のブレザー姿が並んだ出口。
客を見送るまでが劇、制服の集団は早生学園演劇部か。
そして色鮮やかに夢の名残も。
ピーターパンやティンカーベル達も並び、子供達と握手を交わす。
やはりピーターパンは女子か。
席からでは掌サイズだったので、近くで見るとまた違う。
けれど、会釈する程度で神尾は主役達を通り抜ける。
真っ直ぐに向かった先。
いっぱいに提げていたお菓子の袋を丸ごと差し出して。
「フック船長に。」
ワインレッドのコートを纏った男子が驚いた表情になる。
ああ、フック船長はこんな顔だったか。
切れのあるアーモンド形の目で眼力が強い。
それでも受け取ったのを見届けると、神尾はするりと立ち去った。
「船長目当てだったんですね、何となく分かってましたけど。」
「そりゃ、一番輝いてたし。」
妖精の粉を浴びたピーターパン達を差し置いて、神尾は答える。
「輝いてた」なんて恥ずかしい誉め言葉。
それも、物語の上では忌まれる大人の役に向かって。
絶賛する理由は分からなくもないけれど。
流石に肉声ではホールの端まで届かないので役者はマイクを付けていた。
お陰で顔立ちまでは判別できずとも、台詞だけでも楽しめた。
あのフック船長は殺陣も勿論巧かったが、何より耳で惹き付けられた。
声に特徴のある男子だった、確かに。
テンションの高いコミカルな悪役でくすくすと笑いを誘う。
早口気味なのに聴き取れるのも技量が高い。
それにしても、そこまで好きなら一言くらい付け加えれば良いのに。
わざわざ渡す為のお菓子を用意していたくらいだ。
千切られた綿あめの欠片を舐めながら遼二は考える。
口の中が甘ったるくなったからと、神尾からのお裾分け。
こうして寄越された物とは訳が違う。
「感想もあった方が演じていた方だって喜ぶんじゃないですか?」
「ん、でもおれのことは印象に残らない方が……」
「は?意味がよく分からないんですけど、何でまた。」
「あぁ……それね、もしかしたら早未も聞いたかもしれないけど……」
そこから先は聞き取れなかった。
呼び声は、いつも突然に。
「……早未、こんな所で何してるん?」
賑わう雑踏、落ち着いた低音に肩を叩かれた。
独特の訛りは聞き覚えがある。
振り返った遼二が驚かされたなんて言うまでもなかった。
子供ばかりの中、高い位置に赤毛があると目立つ。
こんな所に居るなんて此方の台詞だ。
三月まで同じ教室で合わせていた顔。
思わぬ再会を果たしたのは、中学校の同級生だった。
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2016.11.21 ▲
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