林檎に牙を:全5種類
物語は進み、やがてピーターパンとフック船長の一騎打ち。
剣を振るうたびにエメラルドとワインの裾が翻る。
対照的な衣装の色は遠目にも鮮やか。

「みんなー!ピーターパンに元気を分けてー!」

ティンカーベルが拳を振り上げたのが合図。
「頑張れピーターパン!」とホール中から子供達が声援を送る。
決闘シーンはまるでヒーローショー。


そこまで一緒に熱くなれない遼二は取り残された感覚である。
観ているだけで照れ臭い、何となく。
周囲の席に居る中高生は役者達の顔見知りなのだろう。
馬鹿にしている訳ではなくとも笑いを堪えている。

此れも子供達を愉しませる工夫か。
エンターテイメントになりきっている姿勢は見事。

大人の目線で見れば違う楽しみ方がある。
単純な話、ピーターパンとフック船長に感心していた。
滑らかな殺陣はまるでダンス。
勝敗なら分かっているので緊迫まではしないが、動きが素晴らしい。


もう一度、横目で神尾を窺った。

相変わらず口が半開きの間抜け面。
今に限っては、集中して観ている所為なのだろう。
考えは読めずともそれだけは確かだった。



「神尾、毎年来てるんですか?」
「目当ての役者が居るから……今回も観れて良かった。」

こうして拍手喝采で幕は閉じられる。
夢から覚めて、誰もが席を立った時の事。

観劇中は邪魔しちゃ悪いかと口を噤んでいた。
少し気になって質問してみれば、神尾は一つ頷いてみせる。
誰の事を指しているかは訊くまでもなかった。


紺青のブレザー姿が並んだ出口。
客を見送るまでが劇、制服の集団は早生学園演劇部か。
そして色鮮やかに夢の名残も。
ピーターパンやティンカーベル達も並び、子供達と握手を交わす。

やはりピーターパンは女子か。
席からでは掌サイズだったので、近くで見るとまた違う。


けれど、会釈する程度で神尾は主役達を通り抜ける。
真っ直ぐに向かった先。
いっぱいに提げていたお菓子の袋を丸ごと差し出して。

「フック船長に。」

ワインレッドのコートを纏った男子が驚いた表情になる。
ああ、フック船長はこんな顔だったか。
切れのあるアーモンド形の目で眼力が強い。
それでも受け取ったのを見届けると、神尾はするりと立ち去った。


「船長目当てだったんですね、何となく分かってましたけど。」
「そりゃ、一番輝いてたし。」

妖精の粉を浴びたピーターパン達を差し置いて、神尾は答える。
「輝いてた」なんて恥ずかしい誉め言葉。
それも、物語の上では忌まれる大人の役に向かって。
絶賛する理由は分からなくもないけれど。

流石に肉声ではホールの端まで届かないので役者はマイクを付けていた。
お陰で顔立ちまでは判別できずとも、台詞だけでも楽しめた。

あのフック船長は殺陣も勿論巧かったが、何より耳で惹き付けられた。
声に特徴のある男子だった、確かに。
テンションの高いコミカルな悪役でくすくすと笑いを誘う。
早口気味なのに聴き取れるのも技量が高い。


それにしても、そこまで好きなら一言くらい付け加えれば良いのに。
わざわざ渡す為のお菓子を用意していたくらいだ。

千切られた綿あめの欠片を舐めながら遼二は考える。
口の中が甘ったるくなったからと、神尾からのお裾分け。
こうして寄越された物とは訳が違う。

「感想もあった方が演じていた方だって喜ぶんじゃないですか?」
「ん、でもおれのことは印象に残らない方が……」
「は?意味がよく分からないんですけど、何でまた。」
「あぁ……それね、もしかしたら早未も聞いたかもしれないけど……」

そこから先は聞き取れなかった。
呼び声は、いつも突然に。


「……早未、こんな所で何してるん?」

賑わう雑踏、落ち着いた低音に肩を叩かれた。
独特の訛りは聞き覚えがある。


振り返った遼二が驚かされたなんて言うまでもなかった。
子供ばかりの中、高い位置に赤毛があると目立つ。
こんな所に居るなんて此方の台詞だ。

三月まで同じ教室で合わせていた顔。
思わぬ再会を果たしたのは、中学校の同級生だった。



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2016.11.21