林檎に牙を:全5種類
お互い手の中で爆ぜて、遼二は声を呑み込んだ。
誰にも聴こえたりしないのに。
ただでさえ防音完備の音楽準備室、廊下だって無人。
堪える必要なんて何処にも無い。

いつもの癖だと片付けても良いが、本当は違う。
理由があるとしたら一つ。
身体を預ける相手にすら聴かれたくなかったから。

今更のようでもそれは譲れない。
此れ以上、弱みを晒すのは何となく嫌だった。


「どうせなら声出した方が気持ち良いのに。」

見透かすようにそう言って、神尾が濡れた指を舐める。
遼二を見もせず飽くまで自然な仕草で。

陽の差す窓辺、白濁に汚れ切った手は光る糸を紡ぐ。
目を細めたのは眩しいからだけではなかった。
こんな穏やかな午後には不似合いで、少なからず背徳感。
ガラス一枚向こうの世界は平和な放課後なのだ。

神尾の吐き出した物で染まった手。
翳してみれば、此方も同じ。

真似てと云うか、強がり半分で遼二も舌を這わせた。
特筆すべき味なんてないまま絡み付く。
残っているのは、確かな匂いと体温だけだった。


一度沸点まで達した身体は冷めるのが早い。
勢いに任せて二度三度、なんて立て続けにする気分にはならなかった。

物心ついた時から焦がれていた、同性の肌。
もし妄想だけでなく、本当に触れる事が出来たらとは何度も考えていた。
きっと止まらなくなるとばかり思っていたのに。
熱くはなったが、頭の片隅で「こんなものか」と冷静に受け止めた。

恋愛感情が間に無い所為だろうか。
ふと過ぎったが、答えなんて出やしない。


ゆっくりと余韻も冷めれば、気怠さが身体を重くする。
そもそも昼寝の為に通っていた部屋だ。
どうしてこんな事をしているのだろうか、本当に。

汗ばんだ顔から滑り、下がってきた眼鏡を直す。
視界が明瞭になってから初めて気付いた。
此方に丸めた背中を向けた神尾。
その手元、広げた手帳にペンを走らせている。

「……で、早未はキスの他に何がNGなの?」

振り向いて、至って何でもないように訊いてくる。
大方の察しはついた。
手帳に書かれている文章が遼二に関する事ならば。

「わざわざ一人ずつメモしてるんですか。」
「遊びって何でもルールあるでしょ、事前に決めないと揉め事の元だよ。」

いよいよ反応に困ってしまった。
その手帳の中身など、見るのも恐ろしい。


「メモしなきゃいけないくらい人数居る訳ですか……」
「ん、そんな事もないけど。公平なら要望には応じるし、忘れたらマズいし。」
「ああ、一応ルールは公平なんですね……それで、破った場合は?」
「そりゃ一発でレッドカードだよ、その場で終わり。」

ルールに則った上で、相手とは公平に遊ぶ。
違反した場合はお別れ。
それ自体、神尾の定めた決め事と云う訳か。

舞台の練習をしていた彼がふと重なる。
同じ場所であの時に見せた、別人じみた流し目。

何だか悪魔の契約みたいだ。
物語に登場する奴らもまた、掟を決めた上で人間を甘やかす。
此の場合、相手が求めるのは快楽に限られてはいるが。


「僕は……本命が出来るまでって事にします、君とは。」
「ん、それが良いよ。ベッドインしても、しれっと初めてのフリしとけば。」

とうとう瞼まで重くなってきて、遼二も毛布に寝そべった。
見上げれば、部屋に漂う埃が陽射しで儚く輝いている。
初めて目にした訳でもないのに綺麗だった。
夢の中を錯覚するくらい。

シャツに袖を通してから神尾も隣で横になる。
距離を置かなくても良いのだ、もう。


交わしたのが悪魔の契約だとしたら、きっと神尾は夢魔だ。
現実から切り離れされた場所で精液を吸う。
遼二が"王子様"とキスするまでは。

此れは、彼が目を覚ますまでの物語。


*end


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2016.12.27