林檎に牙を:全5種類
空は青くとも、冷たいガラス窓の外は寂れた景色。
無数の車が忙しなく行き来するばかりで何とも味気ないもの。

どんな季節も居心地が良い店内は別世界だった。
暖房が効いて、誰もがコートを脱いで安らいだ表情。
湯気を立てるコーヒーやピザの焼ける匂い。
真冬の午後、此処には幸福な時間がゆっくりと流れていた。

「……退屈そうにしてないで、こっち見ろよ。」

命令と共に、冷えた指に顎を掴まれる。
そうして引き寄せられた視線の先には、鋭く睨む嵐山。

向かい合わせになったテーブルの下、靴の爪先でも軽く蹴られた。
無理に動かされた首だって少しばかり痛むのに。
相変わらず梅丸は顔に出ない。
そもそも腹など立てておらず、全て受け入れて頷いた。


正月を迎えたばかりの世間は浮かれきって、他のテーブルも騒がしい。
注文は嵐山の好みに合わせてアップルティーとパイが二人分。
今年初めてのデートは喫茶店の「ソフィア」だった。

深夜に家を出る訳に行かず、年越しの瞬間は一緒に居られない。
電話もメールも回線が殺到するので言葉も交わせず。
特別な時間を共に出来なかったのだ。
折角こうして会えたのに上の空では、確かに嵐山も良い気はしないか。

両親も在宅しているので嵐山家で過ごす事も出来ず。
親戚付き合いの宴会を抜け出して、こうして寒い中やって来た。


この店は嵐山と梅丸にとって思い出深い場所。
改めて気持ちを確かめ合って、あれからもうすぐ一年が経つ。
あの日は成人式だったので初詣で着物姿の客も重なる。
何だか時間が戻ったような錯覚すら。

「ん、何かね……去年の事思い出してたんさ。」
「思い出に浸るより今に目を向けろよ。それとも何、後悔してんの?」

懐かしさを共有したかったのだが、それは叶わず。
どうも嵐山は機嫌を損ねがち。
尖った針を立てるハリネズミを思わせる。

いつもは下手に触ると刺さる程度。
最近ときたら、あちらから棘を向けて突進してくるのだ。


我が儘なら可愛いものだが、苛々は嵐山にも良くない。
新年くらい楽しい気持ちで過ごすべきだろうに。
顰め面になってしまう本当の原因は何か。

飽くまで軽く訊いてみると。

「別に……、寒いから機嫌悪いんだよ、冬は嫌いだ。」
「あーね……」

なるほど、そう云う事か。
華奢で肉付きが薄い嵐山は寒さに弱い。
ファーの生え揃ったダッフルコートに首を隠すマフラー。
冬は丸々と着膨れて、重装備が愛らしい。

通学も今日も交通手段はバス。
車内と店がどんなに暖かくとも、数分は寒空を歩く事になるのだ。
白い息に赤い頬、空っ風に耐えなくては辿り着けない。

暑さで苛立つのは夏の風物詩でも、実は冬も同じく。
太陽を浴びなくなったり冷え込んだり、無気力になりがちな季節。
背中を丸めてばかりではマイナス思考ばかり巡ってしまう。
唇や指先だけでなく気持ちまでもささくれる。


現に、ささくれはとうとう傷になったようだ。

嵐山がアップルティーを啜ったのは一口だけ。
すぐにテーブルへ戻してしまう。
頃合いの温度なので熱かった所為ではない。
紅茶の雫を舐めた唇に、真っ赤な血が滲んでいた。

クリームを塗る習慣が無い男はただでさえ荒れがち。
色白で綺麗な中性的な嵐山が流血すると、一滴でも妙に映える。


嵐山の指先に口付けるのは特別なキス。
今日は、梅丸が手を伸ばした。
濡れて柔らかくなった唇に触れて、指先が赤く染まる。

「噛まれたい訳?」

まるで獣のような事を嵐山は言う。
牙を軽く立てられ、それも悪くないと思いながら引っ込める。
血の垂れた指先。
彼がそうするように、梅丸も躊躇いなく舌を這わせた。


「恥ずかしい事するなよ、灯也……」
「何なん、ユウいつもやってるべ。」

相手が自分の体液を味わうのは羞恥的。
流石に嵐山も頬を染めた。
行為の度、容赦なく噛み付いて傷を舐めるのは何処の誰だか。
シャツを脱いだら梅丸は痕だらけなのに。

不機嫌の色は赤に塗り潰された。
キスで治すのは、また後で。



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2017.01.05