林檎に牙を:全5種類
紅茶のカップを両手で抱えれば、凍った指先の芯が溶かされる。
湯気で包まれて深呼吸一つ。
甘い林檎の香りを味わって、嵐山は珍しく表情を緩めた。

「……公君の家で飲むと、何か違う気がする。」
「そう?ユウちゃんちで貰ったのと同じ茶葉だけど。」

今日も冷たい夕闇が足早に迫り来る。
小さめの炬燵で背中を丸めて、寒がり二人は向かい合わせ。


制服からルームジャケットに着替えた公晴はすっかり寛いでいる。
ふわふわした素材はまるで冬毛。
胡桃のクッキーを齧っている様がますます小動物じみていた。
だとすれば、此処はきっと春を待つ巣。
庄子家では眠たくなる程の安堵で満ちていた。

お茶とは雰囲気も大事。
“違い”の理由ならそこにあるのだ、嵐山も本当は分かっている。


稼ぎ頭が在宅の仕事なので、いつ訪問しても誰かしら居る。
そして生活の匂いがしていて暖かい。
真っ白でふさふさした飼い猫は我が物顔で闊歩する。
今も公晴の手で撫で回されて、気怠そうな顔。

両親が多忙で留守がちの嵐山家とは違う空気。
一人の方が気楽なので寂しいと感じる事は滅多に無い。
それでも人恋しくなる時は昔から通っていた。


「もうすぐ夕飯だけどDVDでも観る?」
「いや、公君が持ってるのってどうせホラーでしょ……」

別に苦手ではないにしろ、申し出は丁重に断った。
後で暗がりを歩いて帰らねばならない嵐山としては気分が良いものではない。

柔らかい褐色の髪に、大きな黒目が愛らしく童顔。
そんな公晴がこよなく愛しているものの一つが怪異である。
少女漫画の方がよっぽど似合いそうなのだが、人は見かけによらない。

白目を剥いた長い黒髪の女や、ナイフを構えた血塗れの人形。
ドアの横にある棚には不気味な本やDVDだらけ。
自室は彼の城だけにポスターまで壁を占領している始末。
単純にデザインが良い物もあるので、確かに一見するとお洒落ではあるが。

男子高生らしいラインナップの本が無い訳ではない。
ただ、居心地の良い巣の中でそこだけがどうにも異質だった。
やたらと薄暗いオーラすら感じる。


嵐山をクッキー一つ、とても渋い顔で歯を立てた。
それでも棚から視線を外さない理由は。

「今日は観ないにしても……、どれか借してほしいんだけど。」
「うん、勿論。どーゆーのが良いの?」
「荒井新月の脚本、ホラー系の方はまだ観てないから。」
「ああ、やっぱりね。」

嵐山の返答に公晴は納得した声。
炬燵で重たくなった腰をゆっくり持ち上げて、棚の前へ移動する。
目当てのタイトルを目で追って探しながら会話は続く。

「まだ観てないって意外だね、ユウちゃんちにもDVD揃ってると思ってた。」
「そりゃあ荒井作品は何本かあるけど。数多いから全部は持ってないよ、流石に。」

“荒井新月”は約40年の経歴を持つ小説家兼、脚本家。
軽快なコメディやエッセイで人気を集めた。
かと思えば、時には粘りつくような恐怖も描くので作風は幅広い。

映画やドラマなど作品のタイトルを挙げた時、連想する名は何か。
大抵は役者や原作者、若しくはせいぜい主題歌のアーティストだろう。
よほど有名でなければ脚本家なんて出てこない。
にも関わらず、作品を選ぶ理由がそこにあるとするのは。

要するに特別なのだ、嵐山と公晴にとって。


そうして悩んだ後、公晴が選び取ったのはとりあえず二本。
ジャケットの写真はやはり不穏な気分になってくるような物だった。
豪奢なフリルの服を着て俯いた人形。
ビルの屋上に散乱した複数の靴と、フェンスの上で伏し目がちに笑う少女。

「えっと「6番目の人形」と「世界は魔女を愛さない」、オススメはこの二つかな。」
「タイトルくらいは聞いた事ある、どんな内容だっけ。」
「人情系の泣けるホラーと、最後スカッとするサイコホラー。」
「あざとい感動系とか長時間観てるの辛いんだけど、僕。」
「でも梅さんと観るんでしょ、カップルでなら前者だけど。」
「……うるさいな。」

不意打ちで恋人の名を挙げられて、嵐山は不愛想に一言だけ。
公晴の口にクッキーを突っ込んで黙らせた。

これでもかなり優しい対応である。
もし他人だったら、冷たく睨んで強制終了するところだ。
嵐山が棘を持たない相手は非常に貴重。


「からかうくらいなら黙っててよ。」

梅丸の事なら公晴も知っている。
むしろ、そう紹介したのは嵐山の方からなのだ。

同性と交際しているなんて、胸で大事に抱えていた秘密。
最初に打ち明ける相手として嵐山は公晴を選んだ。
愛の告白よりずっと重くて息苦しくとも。
彼なら大丈夫だと信じていたから。

「いや、恋愛は同性でしても良いものだなんて、知ってるよ。」

言葉を塞ぐ固い胡桃は噛み砕かれる。
あの時と同じように公晴が答えた、何でもない軽さで。


「神は愛し合う者を守る、って言うじゃない。」
「それって映画の台詞か何か?」
「そうだけど、映画の中に限った話じゃないよ。」
「…………ふーん。」

曖昧な相槌で嵐山は受け流した。
睨んで相手を黙らせる彼は、自身もあまり多くを語らない。
手先と違って感情表現が不器用なのだ。

公晴が拒絶しないでくれた事。
今までと変わりなく接してくれる事に感謝していても。

同級生と関わらない嵐山は周囲から孤高として扱われてきた。
学校で友人と呼べる者もとても少ない。
しかし自分で望んだ事であり、決して独りではなかった。
昔から公晴が居たから。

「オレは「キラーコンドーム」観て、感動で泣いた男だよ。」
「何その阿呆なタイトル……」

ああ、けれど、どの映画の台詞かは明かさないでほしかった。

訊き返したが最後、勝手に映画の紹介が始まってしまう。
右耳から左の耳へと流しながら、嵐山は紅茶を味わう事にした。
此れさえ無ければ良い奴なのに。


「それから、ユウちゃん達を見て納得した例があるというか。」
「……何の話?」

ふと漏らされた独り言。
拾おうとしたが、それは叶わなかった。

短いノックに、来訪者は突然。

「鍋の用意できたって、ママ呼んでるよ。」

ドアは「どうぞ」と声を掛ける前に開かれる。
小柄な老人が顔を覗かせた。

年中和服なので、着物に半纏を合わせた姿が様になっている。
黒々と丸い目に大きめの前歯、年の割りに毛量が多いので齧歯類に似ていた。
もさもさした髪は嵐山と公晴より少し濃いが、同系の褐色。
少年達と並べば、血の繋がりは鮮やか。

尖った嵐山と柔らかい公晴の共通点。
「お爺ちゃん似だね」とは何度も言われてきたのだ、幼い頃から。

斯くして、胡桃を口に詰め込む時間は終わり。
暖かい巣から這い出ると、祖父と孫達は団欒へ向かった。



「ところで「6番目の人形」って評価どうなの、荒井先生。」
「設定が仮面ライダーウィザードと似てるって、最近ツイッターで粘着された話聞く?」
「あの映画、オレ達が生まれる前の作品なのにね。」

“荒井新月”として世に知られる老人は苦笑した。



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2017.02.05