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illustration by ういちろさん
苺の甘ったるさは胸に火を灯す。
蕩ける感覚に軽い眩暈。
チョコレートはこんな使い方もあったか。
食べ物を差し出すと素直に齧る様が可愛くて、俺の方も癖だった。
それに美味い物は一緒に分け合いたい。
別に深い企みがあっての行動ではなかったのに、決して。
条件反射で喰い付いた辺り、今はパブロフの犬。
首輪をして大人しく躾けられている類などではありえない。
常々、ユウは小型の猛獣みたいだと思う。
気を抜けば唇を噛み千切られる。
牙を立てられて、血が絡むキスしか知らなかった頃を思い出す。
抵抗もせずにされるがまま。
勿論、今も時々は敢えてそれを味わう事もあるが同じじゃない。
あの頃はそれだけで満足していたのに。
甘いのも苦いのも全部知りたい、もっと欲しい。
「……ちょっ、待て、おあずけ。」
不意に縺れ合った舌が解ける。
掠れ声の訴えに、上目遣いで睨まれた。
他人を黙らせる迫力を持った目。
それすら可愛いと感じるので、俺には効かない。
元々こうも余熱で溶けかけでは尚更か。
「まだ、灯也のチョコ貰ってないだろ。」
「後じゃ駄目なん?」
「僕は今欲しいんだよ……、何か文句でも?」
「いや、そんなんじゃねぇけど。」
精一杯に冷静を装いながらユウは強がってみせる。
キスを止める言い訳じゃない。
甘い気分に浸っていたかったのはお互い様。
ただ、相手のペースを呑まれるようで癪なんだろう。
分かっているから大人しく従った。
ユウは凶暴な獣でもあるが、俺の手綱を引く主人でもある。
ひっそりと息を整えるのも見ないふり。
名残惜しく一歩下がって、用意してきた袋を差し出した。
中には綺麗な藤色のギフトボックス。
箱だけはきちんとした造りの良い物を選んできた。
チョコレートは食べたらお終い。
去年のバレンタインで贈った缶も裁縫箱に再利用してくれている。
此れもきっとユウの宝箱になるだろう。
蓋の下、肝心の贈り物は四角く並んだチョコレート。
華やかなピンクと比べれば外見はシンプル。
それで良い、違いは食べれば分かる。
「ん、どうぞ。」
今度も摘まみ取って、ユウの前に運ぶ。
二回目なので流石に警戒混じり。
食べない訳にもいかず、少し迷ってから口は開かれた。
指にも牙の先を突き立てながら。
口腔の熱で溶け出すチョコレート。
カルヴァドスが香る。
「……林檎の味がする。」
「当たり。」
チョコレートはスイートとホワイトを合わせた。
細かく砕いた林檎チップ、温めた生クリーム、洋酒でガナッシュ。
バットで冷やし固めたら一口ずつに切り分ける。
溶かしたチョコレートでコーティングして出来上がり。
林檎が好きなユウの舌には合う筈。
感想は訊くまでもない。
頬張ってゆっくりと味わう表情に、俺も少し口許が緩んだ。
痛いくらいだった熱は少し落ち着いて、今は温かい時間。
胸の火は弱くなってしまったが悪くない。
俺の胸にユウが背を預けて、立てた膝は割られて肘掛け。
椅子にされるお馴染の格好。
もうチョコレートと紅茶で寛ぐ事にしたらしい。
先程と違う甘さが漂う。
「あのさ、何で灯也はバレンタインにこだわったりする訳?」
紅茶を啜ると、溜息混じりに質問される。
ああ、訊ねられるだろうとは思っていたのだ。
去年まで「バレンタインなんか下らない」と認識していたユウの事。
女子が苦手なので貰っても軒並み断っていたらしいし。
俺の方は甘い物が好きだから、と云うのもあるが全てじゃない。
言葉に纏めると難しいけれど。
「そうだんべねぇ……、ずっと続くとは限らないから、と云うか。」
言い方を間違えたと自分でも思う。
弾かれるように振り向いたユウの目は刃物の鋭さ。
別れるかもしれない、なんて意味では断じてなかったのに。
そうではない。
バレンタインだけの話ではなかった。
毎年こうして一緒に過ごせるとは限らない事。
現に、お互いの両親だってわざわざ記念日を祝わなくなった。
時間や仕事や様々な都合。
夫婦として誓い合った男女ですらそうなのだ。
想いが通じ合ったら”その先”を考える時期。
いつぞや進路についても話した。
もう同じ制服で毎日会えるのは高校生まで。
ユウと気持ちが離れなくても、別々に過ごす日も増えていくだろう。
だから、今のうち出来る事はなるべく実行したい。
いつか後悔しない為。
それは種を撒くように。
会えない日があったとしても、思い出は花として残る。
ガラスケースに咲く薔薇と薊はまるでその象徴。
よく出来た偶然だった。
プリザーブドなら枯れたりしない訳だし。
「……来年も交換しない訳にはいかなくなったじゃないか。」
そう伝えたらユウは項垂れてしまった。
呆れたり怒ったりするかと思えば、予想外の反応。
「そりゃ、まぁ何貰っても嬉しいし、僕だってなるべく一緒に過ごしたいけど。」
「嫌じゃないんなら良いがね。」
「買いに行くのどんだけ恥ずかしいと思ってるんだよ?」
「でも用意しといてくれたんね、ありがとな。」
感謝を述べたのに、何故かユウは赤い顔で奥歯を噛む。
腹立たしげで乱暴な手つき。
今度は俺が林檎のチョコレートを口に突っ込まれた。
二種類のチョコレートを使っているので、口当たりは滑らか。
散々味見をしたので舌に慣れた風味だった。
けれど、一人で食べた時よりももっと甘い。
向かい合わせ、ゆっくりと首に回される腕。
先程の仕返しみたいに唇も重ねられた。
チョコレートだけでは口寂しくなっていたのだろう。
華奢な腰を抱き寄せて、俺も味わう事にした。
苺も林檎も、目を閉じるうちに溶けていく。
媚薬じみた香りだけ残して。

illustration by ういちろさん
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2017.02.14 ▲
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