林檎に牙を:全5種類
金曜日の夕暮れは楽しい夜更かしの幕開け。
溜まった一週間の疲れを抱き込んで、街は茜空に染まり始めていた。
それでも退勤ラッシュには少しだけ早い時間帯。
まだ余裕がある道路では無数の車が忙しなく駆けて行く。
まるでライトの目を光らせる猛獣の群れ。

そんな中、早生学園のスクールバスは大型の草食獣を思わせる。
猛獣に追い抜かされながら、緩めの速度で移動する巨体。
車内も暖房が効いて眠くなりそうな平穏。

ふと、カーブで重心が左に振り切れる。
ただでさえアスファルトが荒れて縦にも揺れるのに。

「しっかりしろよ。」
「あ、悪ぃんね。」

ぼんやりと立っていた梅丸も軽くバランスを崩してしまう。
踏み止まった時、右から強く引っ張られる。
隣から握ってきた嵐山の手。
誰にも見られやしない一瞬の事だった。


位置が逆でなくて良かったと思う。
体格差が大きい為、小柄な彼は押し潰される形になっただろうから。

否、倒れ込んだのが嵐山なら支える事も出来たのだが。
そうなったらきっと照れ隠しもあって怒るのが目に見えている。
可愛くてもあまり機嫌を損ねるのは良くない。

何しろ、まだ明日の予定を決めていないのだ。

嵐山家には梅丸の宿泊セットが揃っており、いつでも行ける。
しかし、今日は両親が居るらしいので駄目。
デートするなら停留所までに話し合わなければならなかった。
そうこうする間にタイムリミットは残り少なくなる。


「明日、何処行くべぇか?」
「別に、何処でも。」

どちらもお喋りな方ではないのだ。
会話をする時間はわざわざ作らなければならない。
演劇部でも嵐山は衣装、梅丸は大道具。
所属は同じだろうと、担当場所が違うのであまり顔を合わせないし。

それに、一緒に出掛けるよりは家で過ごす方が好きな所為もある。
嵐山に至っては完全なインドア。
映画のDVDを観たり、とげまると遊んだり、あの時間が愛しい。


梅丸としては、時々は何処かへ出掛けるのも楽しいけれど。
嵐山と付き合ってから外で遊ぶ事が減った。
中学生の頃までは友人達と過ごす休日もあったのに。
彼らも彼らで、違う人間関係も築いているので仕方ない部分もあるが。

それに、同じ付き合い方と云う訳にいかなかった。
歌が苦手なのでカラオケは嫌い。
人混みも絶叫マシンも避けがちなので、遊園地は駄目。

そう云う意味でも嵐山との過ごし方は特別だった。
“友達”ではないのだから。


窓から流れて行く景色はゆっくりと速度を落とした。
コンビニの近くでバスが足を止める。
梅丸が降りる場所から、もう一つ手前の停留所。

考えている間にバスは進み、家が近付いて来た訳だ。
話し合うには本当に時間が無い。
さて困ったものだ。


どうしたものかと思っていると、強い力。

また嵐山に手を握られた。
今度は支える為でなく、引き寄せる為に。

「行きたい所、一つあった。コンビニ寄りたい。」
「ん、俺も行くん?」

此れは「付いて来い」の意味。
そのまま連れられて、他の生徒達と一緒にバスから流れ出た。
梅丸の方はコンビニに用は無くとも拒否などしない。
考えるまでもなく足が動いた。


後を考えるのは事が終わってからだった。
去り行く草食獣の背中を見送って、少しだけ途方に暮れる。

スクールバスなので逃すと同じ物は来ない。
梅丸でも少し骨が折れる距離だ。
もっと遠い嵐山なんて、歩いて帰るには少し無理がある。
違うバスなら30分ほど待てば来るけれど。


「帰る事ばっかり考えるなよ。」
「いや、帰りたい訳じゃねぇよ。むしろ逆なんさ、本当は。」
「そんなの、僕だって同じだし。」
「そうだんべねぇ……」

嵐山はどうやら意識しないまま言葉を零してしまったらしい。
気付いた時には遅く、口許を押さえて赤い顔。

しかし睨むかと思えば、此方を見ないままでも再び素直に。

「あのさ、次のバス……街とか山の方まで走るらしいんだけど。」
「ん……、俺も何処でも良い。」

嵐山の提案を読み取って、梅丸が了承する。
交わす言葉はそれだけで良かった。


斯くして急遽、今日の進路は変更。
二人で行き先の見えないバスに乗る事にした。
寂しくない懐なら夜も朝も越せるだろう。

このまま君とならば。



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2017.02.23