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金曜日の夕暮れは楽しい夜更かしの幕開け。
溜まった一週間の疲れを抱き込んで、街は茜空に染まり始めていた。
それでも退勤ラッシュには少しだけ早い時間帯。
まだ余裕がある道路では無数の車が忙しなく駆けて行く。
まるでライトの目を光らせる猛獣の群れ。
そんな中、早生学園のスクールバスは大型の草食獣を思わせる。
猛獣に追い抜かされながら、緩めの速度で移動する巨体。
車内も暖房が効いて眠くなりそうな平穏。
ふと、カーブで重心が左に振り切れる。
ただでさえアスファルトが荒れて縦にも揺れるのに。
「しっかりしろよ。」
「あ、悪ぃんね。」
ぼんやりと立っていた梅丸も軽くバランスを崩してしまう。
踏み止まった時、右から強く引っ張られる。
隣から握ってきた嵐山の手。
誰にも見られやしない一瞬の事だった。
位置が逆でなくて良かったと思う。
体格差が大きい為、小柄な彼は押し潰される形になっただろうから。
否、倒れ込んだのが嵐山なら支える事も出来たのだが。
そうなったらきっと照れ隠しもあって怒るのが目に見えている。
可愛くてもあまり機嫌を損ねるのは良くない。
何しろ、まだ明日の予定を決めていないのだ。
嵐山家には梅丸の宿泊セットが揃っており、いつでも行ける。
しかし、今日は両親が居るらしいので駄目。
デートするなら停留所までに話し合わなければならなかった。
そうこうする間にタイムリミットは残り少なくなる。
「明日、何処行くべぇか?」
「別に、何処でも。」
どちらもお喋りな方ではないのだ。
会話をする時間はわざわざ作らなければならない。
演劇部でも嵐山は衣装、梅丸は大道具。
所属は同じだろうと、担当場所が違うのであまり顔を合わせないし。
それに、一緒に出掛けるよりは家で過ごす方が好きな所為もある。
嵐山に至っては完全なインドア。
映画のDVDを観たり、とげまると遊んだり、あの時間が愛しい。
梅丸としては、時々は何処かへ出掛けるのも楽しいけれど。
嵐山と付き合ってから外で遊ぶ事が減った。
中学生の頃までは友人達と過ごす休日もあったのに。
彼らも彼らで、違う人間関係も築いているので仕方ない部分もあるが。
それに、同じ付き合い方と云う訳にいかなかった。
歌が苦手なのでカラオケは嫌い。
人混みも絶叫マシンも避けがちなので、遊園地は駄目。
そう云う意味でも嵐山との過ごし方は特別だった。
“友達”ではないのだから。
窓から流れて行く景色はゆっくりと速度を落とした。
コンビニの近くでバスが足を止める。
梅丸が降りる場所から、もう一つ手前の停留所。
考えている間にバスは進み、家が近付いて来た訳だ。
話し合うには本当に時間が無い。
さて困ったものだ。
どうしたものかと思っていると、強い力。
また嵐山に手を握られた。
今度は支える為でなく、引き寄せる為に。
「行きたい所、一つあった。コンビニ寄りたい。」
「ん、俺も行くん?」
此れは「付いて来い」の意味。
そのまま連れられて、他の生徒達と一緒にバスから流れ出た。
梅丸の方はコンビニに用は無くとも拒否などしない。
考えるまでもなく足が動いた。
後を考えるのは事が終わってからだった。
去り行く草食獣の背中を見送って、少しだけ途方に暮れる。
スクールバスなので逃すと同じ物は来ない。
梅丸でも少し骨が折れる距離だ。
もっと遠い嵐山なんて、歩いて帰るには少し無理がある。
違うバスなら30分ほど待てば来るけれど。
「帰る事ばっかり考えるなよ。」
「いや、帰りたい訳じゃねぇよ。むしろ逆なんさ、本当は。」
「そんなの、僕だって同じだし。」
「そうだんべねぇ……」
嵐山はどうやら意識しないまま言葉を零してしまったらしい。
気付いた時には遅く、口許を押さえて赤い顔。
しかし睨むかと思えば、此方を見ないままでも再び素直に。
「あのさ、次のバス……街とか山の方まで走るらしいんだけど。」
「ん……、俺も何処でも良い。」
嵐山の提案を読み取って、梅丸が了承する。
交わす言葉はそれだけで良かった。
斯くして急遽、今日の進路は変更。
二人で行き先の見えないバスに乗る事にした。
寂しくない懐なら夜も朝も越せるだろう。
このまま君とならば。
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溜まった一週間の疲れを抱き込んで、街は茜空に染まり始めていた。
それでも退勤ラッシュには少しだけ早い時間帯。
まだ余裕がある道路では無数の車が忙しなく駆けて行く。
まるでライトの目を光らせる猛獣の群れ。
そんな中、早生学園のスクールバスは大型の草食獣を思わせる。
猛獣に追い抜かされながら、緩めの速度で移動する巨体。
車内も暖房が効いて眠くなりそうな平穏。
ふと、カーブで重心が左に振り切れる。
ただでさえアスファルトが荒れて縦にも揺れるのに。
「しっかりしろよ。」
「あ、悪ぃんね。」
ぼんやりと立っていた梅丸も軽くバランスを崩してしまう。
踏み止まった時、右から強く引っ張られる。
隣から握ってきた嵐山の手。
誰にも見られやしない一瞬の事だった。
位置が逆でなくて良かったと思う。
体格差が大きい為、小柄な彼は押し潰される形になっただろうから。
否、倒れ込んだのが嵐山なら支える事も出来たのだが。
そうなったらきっと照れ隠しもあって怒るのが目に見えている。
可愛くてもあまり機嫌を損ねるのは良くない。
何しろ、まだ明日の予定を決めていないのだ。
嵐山家には梅丸の宿泊セットが揃っており、いつでも行ける。
しかし、今日は両親が居るらしいので駄目。
デートするなら停留所までに話し合わなければならなかった。
そうこうする間にタイムリミットは残り少なくなる。
「明日、何処行くべぇか?」
「別に、何処でも。」
どちらもお喋りな方ではないのだ。
会話をする時間はわざわざ作らなければならない。
演劇部でも嵐山は衣装、梅丸は大道具。
所属は同じだろうと、担当場所が違うのであまり顔を合わせないし。
それに、一緒に出掛けるよりは家で過ごす方が好きな所為もある。
嵐山に至っては完全なインドア。
映画のDVDを観たり、とげまると遊んだり、あの時間が愛しい。
梅丸としては、時々は何処かへ出掛けるのも楽しいけれど。
嵐山と付き合ってから外で遊ぶ事が減った。
中学生の頃までは友人達と過ごす休日もあったのに。
彼らも彼らで、違う人間関係も築いているので仕方ない部分もあるが。
それに、同じ付き合い方と云う訳にいかなかった。
歌が苦手なのでカラオケは嫌い。
人混みも絶叫マシンも避けがちなので、遊園地は駄目。
そう云う意味でも嵐山との過ごし方は特別だった。
“友達”ではないのだから。
窓から流れて行く景色はゆっくりと速度を落とした。
コンビニの近くでバスが足を止める。
梅丸が降りる場所から、もう一つ手前の停留所。
考えている間にバスは進み、家が近付いて来た訳だ。
話し合うには本当に時間が無い。
さて困ったものだ。
どうしたものかと思っていると、強い力。
また嵐山に手を握られた。
今度は支える為でなく、引き寄せる為に。
「行きたい所、一つあった。コンビニ寄りたい。」
「ん、俺も行くん?」
此れは「付いて来い」の意味。
そのまま連れられて、他の生徒達と一緒にバスから流れ出た。
梅丸の方はコンビニに用は無くとも拒否などしない。
考えるまでもなく足が動いた。
後を考えるのは事が終わってからだった。
去り行く草食獣の背中を見送って、少しだけ途方に暮れる。
スクールバスなので逃すと同じ物は来ない。
梅丸でも少し骨が折れる距離だ。
もっと遠い嵐山なんて、歩いて帰るには少し無理がある。
違うバスなら30分ほど待てば来るけれど。
「帰る事ばっかり考えるなよ。」
「いや、帰りたい訳じゃねぇよ。むしろ逆なんさ、本当は。」
「そんなの、僕だって同じだし。」
「そうだんべねぇ……」
嵐山はどうやら意識しないまま言葉を零してしまったらしい。
気付いた時には遅く、口許を押さえて赤い顔。
しかし睨むかと思えば、此方を見ないままでも再び素直に。
「あのさ、次のバス……街とか山の方まで走るらしいんだけど。」
「ん……、俺も何処でも良い。」
嵐山の提案を読み取って、梅丸が了承する。
交わす言葉はそれだけで良かった。
斯くして急遽、今日の進路は変更。
二人で行き先の見えないバスに乗る事にした。
寂しくない懐なら夜も朝も越せるだろう。
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2017.02.23 ▲
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