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林檎に牙を:全5種類
「物に触る時って、指より先に爪が当たることない?」
「……何ですか急に。」

神尾が話を振って来るのは、いつだって脈略が無い。
こんな返答なんて今更。
問い掛けの中身はとりあえず無視して、遼二が顔を上げる。


今日初めて、小さな音楽準備室で交わされた言葉だった。
触れ合うか眠る時以外はそれぞれ好きな事をして過ごす場所である。
入室した時だって会釈する程度。
だと云うのに、神尾から繋がりを求めた理由は。

「あぁ、紙で切ったんですね。」

静かに台本を読み込んでいると思ったら。
それも指でなく、爪の間を。
三日月に似た白い部分が赤く染まって、見ているだけで痛々しい。

それにしても、怪我した時くらい顔を歪めたって良いのに。
紙で指を切ると下手な刃物より痛む筈。

神尾は変わらず、乱れ気味の髪に呆けたような無表情。
ぼんやりしているからだ、全く。
そう思いつつも言葉で伝えるのはやめておいた。
塩を塗り込むのは流石に遼二も気が咎めて。


「早未、絆創膏取って。サイドポケットに入ってるから。」
「え、僕ですか……」

血の滲む指を咥えながら、もう片手で神尾が自分のリュックを差す。
確かに両手が自由な遼二に頼む方が良いだろうけど。
許可を得ていても、他人の鞄を開けるのはあまり気が進まない。

それも神尾はやたらと荷物が多いのだ。
何をそんなに持ち歩く必要があるのか、背中がすっぽり覆われるリュック。
サイドポケットなんて三つも四つもある。
探れば探るほど可笑しな物ばかりで、遼二も一苦労。


しかし肝心の絆創膏はなかなか出てこないので苛立ちも加わる。
荷物を引っ繰り返す手が少々荒くなった頃、やっと発見。

渡して終わりかと思えば、今度は傷付いた指を差し出された。
貼るまでが頼み事と云うらしい。
そのくらい自分でやってくれないだろうか。

「水で洗ってからの方が良くないですか?」
「だって、水道遠いし。」
「舐めた後に絆創膏って菌が繁殖するんじゃ。」
「別に良いよ、なんか早未に貼ってほしい気分だから。」

恥ずかしげも無く真っ直ぐに言ってくれる。
恐らく何も意図が無い故に。
こんな形でも、甘えられると遼二の方が困惑してしまう。

断ったら大人しく引き下がるとは思う。
その理由を考えたら「何となく」としか答えられないが。

それはそれで気持ち悪い物が残りそうで、遼二は溜息を吐いた。
面倒事なんてさっさと済ませるに限る。
神尾の傷が後で痛んだって知った事ではないのだ。
そう考え直すと、絆創膏の紙を剥がした。


「コレ見るたびに早未のこと思い出しそう。」
「僕が傷付けたみたいに言わないで下さいよ。」

保護された指先を眺めながら、神尾が聞き捨てならない事を呟く。
その言葉にはきっと意味など無いくせに。

とは云え、含みがあったとしてもどうせ変わらず。
恋人同士だったら嬉しかったかもしれない。
聞こえようによっては甘い言葉。

けれど付き合っている訳でもなく、恋愛感情も無いのはお互い様。
遼二の事を想われても、だから如何だと。
冷たいようだがそんな感想しか出てこないのだ。
それに、神尾だって他に触れる相手は居るくせにとも。


「近くで見て気付いたけど、早未も爪短いんだね。」
「まぁ、飲食店でバイトしてますし。」
「駅ビルのカフェだっけ、今度おれ行っても良い?」
「遊び相手とも来たって良いですけど、僕とは他人のフリして下さいね。」

近付いた手を改めて見比べてみた。
男同士でも幾つもの差。

神尾の方が身長もあって一回りほど大きい。
水仕事で荒れ気味の遼二よりも潤い、造り物じみて綺麗。
そう云えばお坊ちゃんでもあったか。
苦労なんて知らなそうな手。

此れだから人形と云うか悪魔と云うか、人ではない雰囲気があるのだ。
そんな中に巻かれた絆創膏。
一度は舐め取った後でも、ガーゼ部分には赤い染み。

彼にも赤い血が流れているのだと、何となく関心した。
当たり前の筈なのに。


「神尾も人間だったんですね。」
「あー、たまに言われる。」

本気でそう思っている訳ではないが、冗談でもなく。
少しだけ笑って空気が解けた。

切り口から流出した物に、名前はまだ無い。



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2017.03.13