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エンドロールが流れれば、夕暮れの部屋はより一層に暗くなった。
映画が始まる前はまだ明るかった空。
灯り点けずに浸っていたものだから、時が経った事は鮮やかに感じる。
梅丸の隣、白い手がひっそりと蠢く。
リモコンを探し当てると音楽すら消えて、完全な闇に包まれる。
「二本目も観るぞ。」
「いや、後にすんべぇ。飯も風呂も遅くなるがね。」
静まり返った中に気丈な声。
ソファーから立ち上がろうとする嵐山を制して、梅丸は伸びを一つ。
まだ制服も着替えない金曜の夕方。
二人きりの週末は始まったばかりなのだ、急く事もあるまい。
実のところ、灯りの事を忘れていた訳ではない。
スイッチはせいぜい数歩の距離なので、面倒なんて怠惰にも程がある。
ただ、嵐山を見ていたらなかなか腰を持ち上げられなかった。
テレビの光で時折浮かび上がる、強張った横顔。
「二本目も」なんてよく言う。
嵐山が虚勢を張っているのは梅丸も見抜いていた。
ほんの短い間でも置いて行くなんて出来ず。
映画「六番目の人形」は若くして亡くなった娘と父親の悲劇。
人形に娘の魂を移す儀式の為、父親は同じ年頃の少女を惨殺していく。
最後の生贄に選ばれてしまったヒロインは、娘の亡霊に助けを求められる。
自分はもう休みたい、父の凶行を止めてほしいと。
儀式から解放された娘は無事に永遠の眠りにつき、ラストシーンは涙。
しかし思い返せば、辿り着くまでの道のりが血塗れだった。
そこを考えると綺麗に終わったとは言い切れない。
それに、ヒロインの前に娘が現れるシーンがどれも心臓に悪かった。
一瞬カメラワークが変わったと思えば”其処”に居る。
娘は必死に意思を伝えようとしているだけ、と判明するのは後半の話だ。
命を狙いに襲い掛かっているとしか見えないうちは恐怖の連続。
映画のDVDを借りて来たと、テレビの前へ誘ってきたのは嵐山から。
あまり表沙汰にはしていないが、彼の祖父は脚本家。
代表作に数えられるので孫として一度は観ておこうと思ったらしい。
エンドロールに記された「荒井新月」の名。
嵐山と改めて付き合い始めた頃、紹介されて梅丸も会った事がある。
褐色の髪と小柄な点は遺伝を感じさせ、少し笑いそうになった程。
ふさふさした毛並みに丸い黒目、仕草も小動物を思わせる老人だった。
顔を知っているからこそ驚かされた。
こんなに粘り気のあるホラーを書くとは、人は見かけによらない。
いや、作品と人柄は別だなんて今更か。
その祖父とよく似た公晴の小説はホラー専門。
嵐山も尖った態度と裏腹に、羊毛フェルトで可愛い動物を作り出す。
不良にも見られがちな梅丸自身だってお菓子作りが得意。
そこを突かれると「こんなものか」と理解せざるを得なくなる。
一人で納得して、今度こそソファーから退いた。
いい加減、腹も減ってきた頃。
「風呂、ユウが先に入るん?」
「え……あー、そうだな……」
夕飯は簡単に済ませた後、湯が沸いたと告げるガイダンス。
着替えを用意しながら訊ねたら一瞬の空白。
確かに頷いたものの、嵐山の態度はどうも曖昧だった。
理由を考えて、すぐに思い出した事。
昔から水場は怪奇と相性抜群。
そう云えば、入浴シーンでも亡霊は姿を見せたか。
不意に湯船からゆっくりと絡み付いてくる、長い黒髪。
耳にこびり付いたヒステリックな悲鳴。
演出自体はありきたりなので展開の予想はついたけれど。
ある程度ヒロインが肌を晒していても、色気より恐怖の方が勝った。
映画がホラーだと云う事くらいDVDジャケットを見た時から丸判り。
当然、事前に嵐山も知っていた筈である。
「幽霊なんて馬鹿馬鹿しい」と一蹴するかと思いきや、それが最も意外。
かと云って、観賞中の様子から察するにそれほど得意でもなさそうだった。
普段、誰にも隙を見せないようにしている嵐山の事。
とげまるの餌に与えているくらいなので、気味の悪い虫すら平気。
そんな彼が少し怯えた雰囲気になったのはとても貴重。
そして、やはり可愛い。
結局のところ行き着くのは愛おしさなのだ。
「あのさユウ、やっぱ一緒に入っても良いか?」
「何だよ、順番くらい守れよ。」
「頼ってくれたって良いがね。椅子になってやるから。」
「ん……、それなら良い。」
「怖い」なんて口が裂けても言えやしない。
そうして意地を張る様が好きなので、此れで良いのだと密かに笑う。
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映画が始まる前はまだ明るかった空。
灯り点けずに浸っていたものだから、時が経った事は鮮やかに感じる。
梅丸の隣、白い手がひっそりと蠢く。
リモコンを探し当てると音楽すら消えて、完全な闇に包まれる。
「二本目も観るぞ。」
「いや、後にすんべぇ。飯も風呂も遅くなるがね。」
静まり返った中に気丈な声。
ソファーから立ち上がろうとする嵐山を制して、梅丸は伸びを一つ。
まだ制服も着替えない金曜の夕方。
二人きりの週末は始まったばかりなのだ、急く事もあるまい。
実のところ、灯りの事を忘れていた訳ではない。
スイッチはせいぜい数歩の距離なので、面倒なんて怠惰にも程がある。
ただ、嵐山を見ていたらなかなか腰を持ち上げられなかった。
テレビの光で時折浮かび上がる、強張った横顔。
「二本目も」なんてよく言う。
嵐山が虚勢を張っているのは梅丸も見抜いていた。
ほんの短い間でも置いて行くなんて出来ず。
映画「六番目の人形」は若くして亡くなった娘と父親の悲劇。
人形に娘の魂を移す儀式の為、父親は同じ年頃の少女を惨殺していく。
最後の生贄に選ばれてしまったヒロインは、娘の亡霊に助けを求められる。
自分はもう休みたい、父の凶行を止めてほしいと。
儀式から解放された娘は無事に永遠の眠りにつき、ラストシーンは涙。
しかし思い返せば、辿り着くまでの道のりが血塗れだった。
そこを考えると綺麗に終わったとは言い切れない。
それに、ヒロインの前に娘が現れるシーンがどれも心臓に悪かった。
一瞬カメラワークが変わったと思えば”其処”に居る。
娘は必死に意思を伝えようとしているだけ、と判明するのは後半の話だ。
命を狙いに襲い掛かっているとしか見えないうちは恐怖の連続。
映画のDVDを借りて来たと、テレビの前へ誘ってきたのは嵐山から。
あまり表沙汰にはしていないが、彼の祖父は脚本家。
代表作に数えられるので孫として一度は観ておこうと思ったらしい。
エンドロールに記された「荒井新月」の名。
嵐山と改めて付き合い始めた頃、紹介されて梅丸も会った事がある。
褐色の髪と小柄な点は遺伝を感じさせ、少し笑いそうになった程。
ふさふさした毛並みに丸い黒目、仕草も小動物を思わせる老人だった。
顔を知っているからこそ驚かされた。
こんなに粘り気のあるホラーを書くとは、人は見かけによらない。
いや、作品と人柄は別だなんて今更か。
その祖父とよく似た公晴の小説はホラー専門。
嵐山も尖った態度と裏腹に、羊毛フェルトで可愛い動物を作り出す。
不良にも見られがちな梅丸自身だってお菓子作りが得意。
そこを突かれると「こんなものか」と理解せざるを得なくなる。
一人で納得して、今度こそソファーから退いた。
いい加減、腹も減ってきた頃。
「風呂、ユウが先に入るん?」
「え……あー、そうだな……」
夕飯は簡単に済ませた後、湯が沸いたと告げるガイダンス。
着替えを用意しながら訊ねたら一瞬の空白。
確かに頷いたものの、嵐山の態度はどうも曖昧だった。
理由を考えて、すぐに思い出した事。
昔から水場は怪奇と相性抜群。
そう云えば、入浴シーンでも亡霊は姿を見せたか。
不意に湯船からゆっくりと絡み付いてくる、長い黒髪。
耳にこびり付いたヒステリックな悲鳴。
演出自体はありきたりなので展開の予想はついたけれど。
ある程度ヒロインが肌を晒していても、色気より恐怖の方が勝った。
映画がホラーだと云う事くらいDVDジャケットを見た時から丸判り。
当然、事前に嵐山も知っていた筈である。
「幽霊なんて馬鹿馬鹿しい」と一蹴するかと思いきや、それが最も意外。
かと云って、観賞中の様子から察するにそれほど得意でもなさそうだった。
普段、誰にも隙を見せないようにしている嵐山の事。
とげまるの餌に与えているくらいなので、気味の悪い虫すら平気。
そんな彼が少し怯えた雰囲気になったのはとても貴重。
そして、やはり可愛い。
結局のところ行き着くのは愛おしさなのだ。
「あのさユウ、やっぱ一緒に入っても良いか?」
「何だよ、順番くらい守れよ。」
「頼ってくれたって良いがね。椅子になってやるから。」
「ん……、それなら良い。」
「怖い」なんて口が裂けても言えやしない。
そうして意地を張る様が好きなので、此れで良いのだと密かに笑う。
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2017.03.20 ▲
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