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薄闇が落ちる夕暮れは、女王が鏡に向かう時間。
息を整えて静寂が張り詰める。
そして今日も、何度となく交わした問い掛けを。
「鏡よ鏡、暗闇の底から出ておいで。世界で一番美しい女は誰?」
「それは白雪姫です。」
「何ですって?」
「髪は烏の濡れ羽、唇は薔薇、そして肌は雪。白雪姫は世界で一番美しい。」
“鏡”の声はそう淡々と告げる。
しかし最後の方は確かに、微かな震えが混じっていた。
それはやがて、凛と冴えた空気を壊す。
「……裏声やめろよ!笑かすなって灯也!」
「何なん、ユウが台詞合わせしろって言ったんだがね。女役なんか出来ねぇよ。」
先程までの無機質さは何処へやら、鏡は感情的に怒鳴った。
笑いを含んでいるもので全く怖くないが。
女王も雑な仮面を放り出し、首を傾げながら地声で返す。
練習にならず、それぞれ手元の台本を置いた。
何度も読み込んだりマーカーを引いたりページはよれよれ。
自分のパートだけならもう暗記しているのだ、本当なら読む必要はない。
芝居は掛け合い。
梅丸が女王になるのも、嵐山の為であって今だけの話。
外では桜の蕾が膨らみ、花を咲かせた枝もまばらに。
新生活を控えた春休みの事だった。
GWに演じる劇に備え、嵐山家に来ている時も自主練習。
この劇で早生学園の演劇部には伝統がある。
演目は童話、出演者は10人以上、そして新二年生に限られた。
普段なら裏方担当の生徒も、一つは希望の役でオーディションを受ける事。
今回に限りチャンスは平等に与えられるのだ。
三学期中から準備は始まり、嵐山は鏡の役。
台詞だけで舞台に上がらなくて済むから、なんて理由の希望だ。
要するに、あまり乗り気でなく駄目元のつもりだったのに。
「中性的でよく通る声が良い」と選ばれてしまい、面倒な事になった。
「それはそうと、次は俺のパート付き合ってもらえるん?」
「僕が白雪姫役?冗談やめろって。」
「だから、ユウから言い出したんだがね……」
「嫌なものは嫌だよ。」
梅丸も狩人役の方で選ばれたのは、少しばかり驚いた。
確かに彼が希望しそうなのはそれくらい。
普段は大道具係なので、演技が出来るなんて思いもよらず。
一方の嵐山と云うと衣装係。
配役が与えられているのである程度なら免除されるが、兼任で仕事していた。
正直なところ、梅丸の衣装だけは誰かに任せたくなくて。
和裁の方が得意でもミシンだって使える。
ちなみに白雪姫と女王も中学校の同級生だったが、どうでも良かった。
嵐山は他人に興味が薄いので顔や名前を覚えない。
鏡も狩人も邪悪なる女王の手下。
そこを考えると、演技でも何となく腹立たしい気分になる。
狩人なんて命令に背いてまで白雪姫を助けるのだ。
ただ美しい少女だからと、それだけの理由で。
梅丸は自分の物なのに。
嵐山が森の場面での台詞読みを断ったのも、そう云う事。
白雪姫役をやりたくないだけじゃなかった。
「お逃げなさい」なんて梅丸の優しい声、聞きたくもない。
「ユウもよく嫉妬するけど「他人が羨ましい」とは違うんね。」
「そうだね……、僕はただお前が取られるのが嫌なだけだよ。」
嫉妬には二つの種類がある。
独占欲が強い事と、自分より優れている者を羨む事。
嵐山は前者であり女王は後者。
梅丸が情を向ける相手になりたいなんて、考えた事も無かった。
とげまると遊んでいる時だって。
どちらも自分の物なのに、仲間外れにされるようで面白くないだけ。
梅丸の掌に収まりたいとか、とげまるに指を舐められたいとか。
そんな甘え方をしたい訳ではないのだ。
少し意地悪するのが嵐山にとっての愛情表現。
「それはそうと、腹減ってきたんね。アップルパイ作るべぇか。」
「ん、毒入りじゃなければ。」
今度こそ本は閉じられて、そろそろお話も終わり。
夢から覚めるように現実へ戻る頃。
眠れる毒なんて入っていなくとも、アップルパイは媚薬。
梅丸が腕を振るってくれるのは嵐山だけなのだ。
自分の為に焼いてくれるなんて、それだけで胃だけでなく心まで掴まれる。
腹が膨れ切ったって共有するのは二人だけ。
誰にもあげない、それは特別な甘味。
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息を整えて静寂が張り詰める。
そして今日も、何度となく交わした問い掛けを。
「鏡よ鏡、暗闇の底から出ておいで。世界で一番美しい女は誰?」
「それは白雪姫です。」
「何ですって?」
「髪は烏の濡れ羽、唇は薔薇、そして肌は雪。白雪姫は世界で一番美しい。」
“鏡”の声はそう淡々と告げる。
しかし最後の方は確かに、微かな震えが混じっていた。
それはやがて、凛と冴えた空気を壊す。
「……裏声やめろよ!笑かすなって灯也!」
「何なん、ユウが台詞合わせしろって言ったんだがね。女役なんか出来ねぇよ。」
先程までの無機質さは何処へやら、鏡は感情的に怒鳴った。
笑いを含んでいるもので全く怖くないが。
女王も雑な仮面を放り出し、首を傾げながら地声で返す。
練習にならず、それぞれ手元の台本を置いた。
何度も読み込んだりマーカーを引いたりページはよれよれ。
自分のパートだけならもう暗記しているのだ、本当なら読む必要はない。
芝居は掛け合い。
梅丸が女王になるのも、嵐山の為であって今だけの話。
外では桜の蕾が膨らみ、花を咲かせた枝もまばらに。
新生活を控えた春休みの事だった。
GWに演じる劇に備え、嵐山家に来ている時も自主練習。
この劇で早生学園の演劇部には伝統がある。
演目は童話、出演者は10人以上、そして新二年生に限られた。
普段なら裏方担当の生徒も、一つは希望の役でオーディションを受ける事。
今回に限りチャンスは平等に与えられるのだ。
三学期中から準備は始まり、嵐山は鏡の役。
台詞だけで舞台に上がらなくて済むから、なんて理由の希望だ。
要するに、あまり乗り気でなく駄目元のつもりだったのに。
「中性的でよく通る声が良い」と選ばれてしまい、面倒な事になった。
「それはそうと、次は俺のパート付き合ってもらえるん?」
「僕が白雪姫役?冗談やめろって。」
「だから、ユウから言い出したんだがね……」
「嫌なものは嫌だよ。」
梅丸も狩人役の方で選ばれたのは、少しばかり驚いた。
確かに彼が希望しそうなのはそれくらい。
普段は大道具係なので、演技が出来るなんて思いもよらず。
一方の嵐山と云うと衣装係。
配役が与えられているのである程度なら免除されるが、兼任で仕事していた。
正直なところ、梅丸の衣装だけは誰かに任せたくなくて。
和裁の方が得意でもミシンだって使える。
ちなみに白雪姫と女王も中学校の同級生だったが、どうでも良かった。
嵐山は他人に興味が薄いので顔や名前を覚えない。
鏡も狩人も邪悪なる女王の手下。
そこを考えると、演技でも何となく腹立たしい気分になる。
狩人なんて命令に背いてまで白雪姫を助けるのだ。
ただ美しい少女だからと、それだけの理由で。
梅丸は自分の物なのに。
嵐山が森の場面での台詞読みを断ったのも、そう云う事。
白雪姫役をやりたくないだけじゃなかった。
「お逃げなさい」なんて梅丸の優しい声、聞きたくもない。
「ユウもよく嫉妬するけど「他人が羨ましい」とは違うんね。」
「そうだね……、僕はただお前が取られるのが嫌なだけだよ。」
嫉妬には二つの種類がある。
独占欲が強い事と、自分より優れている者を羨む事。
嵐山は前者であり女王は後者。
梅丸が情を向ける相手になりたいなんて、考えた事も無かった。
とげまると遊んでいる時だって。
どちらも自分の物なのに、仲間外れにされるようで面白くないだけ。
梅丸の掌に収まりたいとか、とげまるに指を舐められたいとか。
そんな甘え方をしたい訳ではないのだ。
少し意地悪するのが嵐山にとっての愛情表現。
「それはそうと、腹減ってきたんね。アップルパイ作るべぇか。」
「ん、毒入りじゃなければ。」
今度こそ本は閉じられて、そろそろお話も終わり。
夢から覚めるように現実へ戻る頃。
眠れる毒なんて入っていなくとも、アップルパイは媚薬。
梅丸が腕を振るってくれるのは嵐山だけなのだ。
自分の為に焼いてくれるなんて、それだけで胃だけでなく心まで掴まれる。
腹が膨れ切ったって共有するのは二人だけ。
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2017.04.03 ▲
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