林檎に牙を:全5種類
薄闇が落ちる夕暮れは、女王が鏡に向かう時間。
息を整えて静寂が張り詰める。
そして今日も、何度となく交わした問い掛けを。

「鏡よ鏡、暗闇の底から出ておいで。世界で一番美しい女は誰?」
「それは白雪姫です。」
「何ですって?」
「髪は烏の濡れ羽、唇は薔薇、そして肌は雪。白雪姫は世界で一番美しい。」

“鏡”の声はそう淡々と告げる。
しかし最後の方は確かに、微かな震えが混じっていた。

それはやがて、凛と冴えた空気を壊す。


「……裏声やめろよ!笑かすなって灯也!」
「何なん、ユウが台詞合わせしろって言ったんだがね。女役なんか出来ねぇよ。」

先程までの無機質さは何処へやら、鏡は感情的に怒鳴った。
笑いを含んでいるもので全く怖くないが。
女王も雑な仮面を放り出し、首を傾げながら地声で返す。

練習にならず、それぞれ手元の台本を置いた。
何度も読み込んだりマーカーを引いたりページはよれよれ。
自分のパートだけならもう暗記しているのだ、本当なら読む必要はない。

芝居は掛け合い。
梅丸が女王になるのも、嵐山の為であって今だけの話。



外では桜の蕾が膨らみ、花を咲かせた枝もまばらに。
新生活を控えた春休みの事だった。
GWに演じる劇に備え、嵐山家に来ている時も自主練習。

この劇で早生学園の演劇部には伝統がある。

演目は童話、出演者は10人以上、そして新二年生に限られた。
普段なら裏方担当の生徒も、一つは希望の役でオーディションを受ける事。
今回に限りチャンスは平等に与えられるのだ。

三学期中から準備は始まり、嵐山は鏡の役。
台詞だけで舞台に上がらなくて済むから、なんて理由の希望だ。
要するに、あまり乗り気でなく駄目元のつもりだったのに。
「中性的でよく通る声が良い」と選ばれてしまい、面倒な事になった。


「それはそうと、次は俺のパート付き合ってもらえるん?」
「僕が白雪姫役?冗談やめろって。」
「だから、ユウから言い出したんだがね……」
「嫌なものは嫌だよ。」

梅丸も狩人役の方で選ばれたのは、少しばかり驚いた。
確かに彼が希望しそうなのはそれくらい。
普段は大道具係なので、演技が出来るなんて思いもよらず。

一方の嵐山と云うと衣装係。
配役が与えられているのである程度なら免除されるが、兼任で仕事していた。
正直なところ、梅丸の衣装だけは誰かに任せたくなくて。
和裁の方が得意でもミシンだって使える。


ちなみに白雪姫と女王も中学校の同級生だったが、どうでも良かった。
嵐山は他人に興味が薄いので顔や名前を覚えない。

鏡も狩人も邪悪なる女王の手下。
そこを考えると、演技でも何となく腹立たしい気分になる。
狩人なんて命令に背いてまで白雪姫を助けるのだ。
ただ美しい少女だからと、それだけの理由で。

梅丸は自分の物なのに。

嵐山が森の場面での台詞読みを断ったのも、そう云う事。
白雪姫役をやりたくないだけじゃなかった。
「お逃げなさい」なんて梅丸の優しい声、聞きたくもない。


「ユウもよく嫉妬するけど「他人が羨ましい」とは違うんね。」
「そうだね……、僕はただお前が取られるのが嫌なだけだよ。」

嫉妬には二つの種類がある。
独占欲が強い事と、自分より優れている者を羨む事。
嵐山は前者であり女王は後者。
梅丸が情を向ける相手になりたいなんて、考えた事も無かった。

とげまると遊んでいる時だって。
どちらも自分の物なのに、仲間外れにされるようで面白くないだけ。

梅丸の掌に収まりたいとか、とげまるに指を舐められたいとか。
そんな甘え方をしたい訳ではないのだ。
少し意地悪するのが嵐山にとっての愛情表現。


「それはそうと、腹減ってきたんね。アップルパイ作るべぇか。」
「ん、毒入りじゃなければ。」

今度こそ本は閉じられて、そろそろお話も終わり。
夢から覚めるように現実へ戻る頃。

眠れる毒なんて入っていなくとも、アップルパイは媚薬。
梅丸が腕を振るってくれるのは嵐山だけなのだ。
自分の為に焼いてくれるなんて、それだけで胃だけでなく心まで掴まれる。

腹が膨れ切ったって共有するのは二人だけ。
誰にもあげない、それは特別な甘味。



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2017.04.03