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鎧を脱ぎ捨てるとなんて身軽なのだろうか。
そう実感しながら、嵐山は午後の空を見上げる。
ロング丈のコートばかり着ていた冬はいつの間にか過ぎ去った。
もう太陽の下では要らなくなって、クローゼットの中。
眠たくなるほど麗らかな春の到来だ。
枯れたような並木道にも花が咲き、初めて桜だと思い出した。
視界一杯、見事に施された薄紅の化粧。
枝の伸びた上空だけでなく、零れた花弁で足元までも色付いている。
花を眺めているとつい無言になりがち。
そんな中、ふと視線を戻した嵐山は意地悪に笑った。
「間抜け面。」
とは云え、隣の梅丸に投げ掛けた声は冷たくない。
当人だって否定は出来ず。
よほど見惚れているのだか、緩み切っていた口許。
嵐山が下から手を添えて閉じさせた。
「閉じてろよ、誰も見てないからって気ぃ抜け過ぎ。」
「ん、上向くと口開いちまうもんだべ。」
言い訳一つの後、忠告通りに梅丸は口を引き結んだ。
クールそうに見えて意外と素直。
特に嵐山の言うことはよく聞くのだ、最初からそう云う関係。
二人きりの週末、ちょっとそこのコンビニまで。
いつか夏の深夜に浴衣で来た道。
季節が巡って距離も近付いて、今はとても穏やかな気持ちで歩いている。
春の陽光は後ろ暗かった物すら溶かし去ってしまう。
暖かくなって梅丸も軽装になったが、ワイン色のストールは外さない。
お気に入りだとかお洒落だとかは建前。
嵐山が首筋や鎖骨に刻んだ痕を隠す為だ、本当は。
こんな心地良い暖かさも束の間。
明日からは雨の予報、また肌に沁みる寒さが戻って来る。
桜もすっかり洗い流されてしまうだろう。
見頃は今日まで、コンビニまでの散歩は花見も兼ねて。
確かに桜の名所もあるが、わざわざ遠出するほどでもあらず。
実のところ嵐山はそこまで好きと云う訳ではなかった。
同時期に咲く桃も、あまり見ないふりをして素通りしてきた。
花自体に罪は無いが、嵐山にとっては仕方あるまい。
三月三日の雛祭り生まれ。
コンプレックスが刺激されて、負の感情が湧いてしまうのだ。
「木に咲く花より、僕はもっと小さい花の方が良いな。」
誰もが見上げてばかりになりがちな季節、そっと視線を下げた。
春は何も桜だけのものではないのだ。
木々の根元にはタンポポやシロツメクサなど野花も。
薄紅で埋め尽くされた土の上、違う色彩を持つ。
「葡萄に似てるんね、それ。」
「食べ物から離れろって。」
青や紫が好きな嵐山のお気に入りはムスカリ。
小さな花は丸々した鈴の形。
一本に沢山実っていると、梅丸が言う通り葡萄を思わせる。
それから。
「ユウ、これも好きだんべ?」
どうして分かるのだか。
ふと梅丸が足を止めて、呼び寄せて指差した花。
肩を寄せ合うように咲いていても、雑草なのでささやかなもの。
それこそ注意しなくては見落としてしまうほど。
これまたとても小さくて愛らしい水色の花。
ミニチュア版の忘れな草と云ったところで、よく似ている。
尖った性格とは裏腹に、可愛い物が好きな事。
知り尽くされているのは嬉しい反面、気恥ずかしさもある。
嵐山は素直に頷けなかったのはそう云う理由。
「そりゃ好きだけどさ……これ何だっけ。」
「キュウリ草な、葉っぱ揉むとキュウリの匂いするから。」
「安易っていうか可愛くない名前だね。」
「いや、まぁ、ハルジオンの貧乏草よりマシだがね。」
桜の根元、揃ってしゃがみ込む。
雑草をまじまじ見つめるなんて小学生の頃以来か。
いつもなら一人で行く、通い慣れた道。
こうして足を止めるのは梅丸と二人だからだろう。
何でもない事すら談笑の種。
友達なら少なかったけれど、嵐山はそれまで孤独でなかった。
昔から近所には和磨も居たし、公晴の家だって。
ただし、後者は「桜の下には死体」なんて怪談を始めそうだ。
都市伝説でなく立派な文学作品が始まりらしいけれど。
真下に居るので、降りしきる薄紅の雪を浴びる。
そうしていると花弁が一片。
やはり口を開けていたものだから、梅丸の口に舞い落ちた。
「だから閉じろって言っただろ。」
「ん、でも甘い気がする。」
慌てたり吐き出したりせず梅丸は呟く。
確かに桜にも蜜はある、鳥が寄って来るのはその為だ。
濃桃をした舌の先、柔らかな花弁。
そのまま梅丸の体温で溶けてしまいそうな儚さ。
妙に艶っぽくて心臓が鳴る。
「あ。」
一呼吸の間に、梅丸は花を呑んでしまった。
嵐山も味わってみたくて密かに落ち着かなくなっていた矢先。
その舌ごと絡め取ってしまいたかったのに。
キスしたい気持ちは置き去り。
やり場を失っては、どうすれば良いのか。
「ユウも桜食べたかったん?」
「別に……、それに外じゃキスとか出来ないだろ。」
「機嫌直しなね、コンビニで団子買ってやるから。」
「最初から買うつもりだったろ。」
疚しいような、苛立つような。
何となく梅丸の顔を直視できなくて立ち上がった。
急なものだから脚が痺れるのも構わず。
そんな嵐山を宥めて、梅丸は袖を引く。
実に手慣れた仕草で。
子供じみているが、引かれるまま歩くのは悪くない。
眩しい日差しと花吹雪の中では目を細めずにはいられず。
誰かに見られたってどうでも良い気分。
キスは家に着くまで取っておこう。
もう桜なんて消えて、団子の味だろうけれど。
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そう実感しながら、嵐山は午後の空を見上げる。
ロング丈のコートばかり着ていた冬はいつの間にか過ぎ去った。
もう太陽の下では要らなくなって、クローゼットの中。
眠たくなるほど麗らかな春の到来だ。
枯れたような並木道にも花が咲き、初めて桜だと思い出した。
視界一杯、見事に施された薄紅の化粧。
枝の伸びた上空だけでなく、零れた花弁で足元までも色付いている。
花を眺めているとつい無言になりがち。
そんな中、ふと視線を戻した嵐山は意地悪に笑った。
「間抜け面。」
とは云え、隣の梅丸に投げ掛けた声は冷たくない。
当人だって否定は出来ず。
よほど見惚れているのだか、緩み切っていた口許。
嵐山が下から手を添えて閉じさせた。
「閉じてろよ、誰も見てないからって気ぃ抜け過ぎ。」
「ん、上向くと口開いちまうもんだべ。」
言い訳一つの後、忠告通りに梅丸は口を引き結んだ。
クールそうに見えて意外と素直。
特に嵐山の言うことはよく聞くのだ、最初からそう云う関係。
二人きりの週末、ちょっとそこのコンビニまで。
いつか夏の深夜に浴衣で来た道。
季節が巡って距離も近付いて、今はとても穏やかな気持ちで歩いている。
春の陽光は後ろ暗かった物すら溶かし去ってしまう。
暖かくなって梅丸も軽装になったが、ワイン色のストールは外さない。
お気に入りだとかお洒落だとかは建前。
嵐山が首筋や鎖骨に刻んだ痕を隠す為だ、本当は。
こんな心地良い暖かさも束の間。
明日からは雨の予報、また肌に沁みる寒さが戻って来る。
桜もすっかり洗い流されてしまうだろう。
見頃は今日まで、コンビニまでの散歩は花見も兼ねて。
確かに桜の名所もあるが、わざわざ遠出するほどでもあらず。
実のところ嵐山はそこまで好きと云う訳ではなかった。
同時期に咲く桃も、あまり見ないふりをして素通りしてきた。
花自体に罪は無いが、嵐山にとっては仕方あるまい。
三月三日の雛祭り生まれ。
コンプレックスが刺激されて、負の感情が湧いてしまうのだ。
「木に咲く花より、僕はもっと小さい花の方が良いな。」
誰もが見上げてばかりになりがちな季節、そっと視線を下げた。
春は何も桜だけのものではないのだ。
木々の根元にはタンポポやシロツメクサなど野花も。
薄紅で埋め尽くされた土の上、違う色彩を持つ。
「葡萄に似てるんね、それ。」
「食べ物から離れろって。」
青や紫が好きな嵐山のお気に入りはムスカリ。
小さな花は丸々した鈴の形。
一本に沢山実っていると、梅丸が言う通り葡萄を思わせる。
それから。
「ユウ、これも好きだんべ?」
どうして分かるのだか。
ふと梅丸が足を止めて、呼び寄せて指差した花。
肩を寄せ合うように咲いていても、雑草なのでささやかなもの。
それこそ注意しなくては見落としてしまうほど。
これまたとても小さくて愛らしい水色の花。
ミニチュア版の忘れな草と云ったところで、よく似ている。
尖った性格とは裏腹に、可愛い物が好きな事。
知り尽くされているのは嬉しい反面、気恥ずかしさもある。
嵐山は素直に頷けなかったのはそう云う理由。
「そりゃ好きだけどさ……これ何だっけ。」
「キュウリ草な、葉っぱ揉むとキュウリの匂いするから。」
「安易っていうか可愛くない名前だね。」
「いや、まぁ、ハルジオンの貧乏草よりマシだがね。」
桜の根元、揃ってしゃがみ込む。
雑草をまじまじ見つめるなんて小学生の頃以来か。
いつもなら一人で行く、通い慣れた道。
こうして足を止めるのは梅丸と二人だからだろう。
何でもない事すら談笑の種。
友達なら少なかったけれど、嵐山はそれまで孤独でなかった。
昔から近所には和磨も居たし、公晴の家だって。
ただし、後者は「桜の下には死体」なんて怪談を始めそうだ。
都市伝説でなく立派な文学作品が始まりらしいけれど。
真下に居るので、降りしきる薄紅の雪を浴びる。
そうしていると花弁が一片。
やはり口を開けていたものだから、梅丸の口に舞い落ちた。
「だから閉じろって言っただろ。」
「ん、でも甘い気がする。」
慌てたり吐き出したりせず梅丸は呟く。
確かに桜にも蜜はある、鳥が寄って来るのはその為だ。
濃桃をした舌の先、柔らかな花弁。
そのまま梅丸の体温で溶けてしまいそうな儚さ。
妙に艶っぽくて心臓が鳴る。
「あ。」
一呼吸の間に、梅丸は花を呑んでしまった。
嵐山も味わってみたくて密かに落ち着かなくなっていた矢先。
その舌ごと絡め取ってしまいたかったのに。
キスしたい気持ちは置き去り。
やり場を失っては、どうすれば良いのか。
「ユウも桜食べたかったん?」
「別に……、それに外じゃキスとか出来ないだろ。」
「機嫌直しなね、コンビニで団子買ってやるから。」
「最初から買うつもりだったろ。」
疚しいような、苛立つような。
何となく梅丸の顔を直視できなくて立ち上がった。
急なものだから脚が痺れるのも構わず。
そんな嵐山を宥めて、梅丸は袖を引く。
実に手慣れた仕草で。
子供じみているが、引かれるまま歩くのは悪くない。
眩しい日差しと花吹雪の中では目を細めずにはいられず。
誰かに見られたってどうでも良い気分。
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2017.04.16 ▲
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