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ただでさえ不機嫌な表情ばかりの嵐山に苦味が増す事はある。
梅丸に関しては勿論だが、他にも事例なら幾つか。
例えば一つ挙げるとするなら、朝の時間帯だとか。
寝起きが良くない上に、寒さにも弱い。
肌寒い季節はなかなか暖かい布団から出られずに居た。
少なくとも顔を洗うまでは半覚醒、眉間に皺が寄ったまま鏡に向かう。
だったら、いつまででも寝ていられる休日ならましか。
かと思えばそうでもない。
と云うのも、やはり原因は。

illustration by ういちろさん
さらさらした褐色の髪は寝癖が付くとどうも直りにくい。
洗面所で冷たい水を大雑把に頭から浴びて、嵐山は顔を上げた。
俯いたままタオルに手を伸ばすと、小さな容器が目に入る。
梅丸が置きっぱなしにしていたワックス。
使ってみるかと訊かれた事もあったが、あの時は素っ気なく断った。
それは何だか相手に染められるようで。
滴る雫をタオルで吸い取り、左右に跳ねていた髪は元通り。
頬に張りつく毛先が冷たくてもこれで良い。
起きた時に見られてはいるだろうけれど、あまり隙を晒したくない。
梅丸の前ではなるべく格好を付けていたかった。
「可愛い」と言われるのはむず痒くても、彼になら嫌ではないのだ。
身支度を整えてから、リビングに通じるドアを開けた。
廊下で嗅いだパンの焼ける匂いが濃くなる。
嵐山の気配には気付いていたのか、それとも今初めてだか。
トースターの前で梅丸が振り返った。
「おはよ、ユウ。」
「ん……お前は相変わらず早いな……」
緩く頷いても、挨拶は返さず。
嵐山の言葉は感心と云うよりも柔らかい棘。
規則正しい生活が身についている梅丸は習慣が乱れない。
休日でもそれほど夜更しは出来ないし、起きる時間も平日と同じ。
どんなに嵐山が激しく甚振っても。
切り替えが早いのは長所だろうけれど、相手からすれば拍子抜け。
目が覚めた時に一人きりは少し寂しい。
此方はまだ浸っていたいのに、体温や匂いだけ置き去り。
寝惚け半分で絡まっても良いのではないだろうか、恋人同士なら。
「朝飯できるまで寝てて良いんに。」
「灯也こそ寝てろよ、一応お前の方が客なんだから。」
「ん、でもこれくらいはやんねぇと悪ぃし。」
「別に良いって、そんなの……」
真意が伝わらないので、やはり棘は刺さらなかった。
朝食の事より自分を構って欲しいのに。
なんて、そんな我が儘はとても言えやしない。
聞き分けの無い子供じゃあるまいし。
それに梅丸が台所に立つのは嵐山の為だ、結局のところ。
文句をつけるのは好意を無下にする事になるだろう。
お菓子に限らず、料理は苦にならず好きな方。
なので泊まりに来る日は梅丸がよく腕を振るってくれる。
朝食のメニューは簡単な物。
昨夜の野菜スープにふんわり焼けた卵、カップには紅茶。
食が細い方の嵐山にとっては充分すぎる。
前から思っていたが、梅丸が作る物は少し量が多い。
二人で分け合うので何とか完食できるのだが、いつも満腹。
アップルパイだって毎回ホールサイズ。
此ればかりは残したくないので頑張って平らげている。
「ユウも早く来なね、冷めるべ?」
やはり梅丸が腹を空かせているだけかもしれない。
一足先に着席して、しっかり食べ始める用意をしている。
手には、良い色とも焦げかけともつかないトースト。
しかし裏面は真っ白なまま。
そこに気付いて、嵐山は内心慌てて声を掛けた。
「……ちょっと待てよ、ジャム塗らないの?」
「見つかんねぇし、あんまし他所の冷蔵庫漁るのも良くねぇから。」
「簡単に諦めるなよ。」
「えっ、何なん?」
それでは意味が無いのだ。
構わずトーストを齧ろうとする梅丸を制して、嵐山が冷蔵庫を開ける。
負けたような、観念したような、そんな心境で。
やがて食卓に置かれる瓶は二つ。
使いかけのブルーベリーと、まだ封が開いてない苺。
本当は梅丸が見つけて喜ぶところを眺めてやろうと思っていたのに。
「苺の方が好きだって言ってたろ、前に。」
「わざわざ買ってきといてくれたん?」
半分失敗した気がするサプライズは妙に照れ臭い。
いざとなると直視できなくて、嵐山は黙々と自分のパンを取った。
トーストはブルーベリーとクリームチーズに限る。
甘ったるい苺は梅丸専用。
白い皿に卵の黄、トーストの茶、ジャムは赤と紫。
眠かった目に今朝の食卓は鮮やかな色が並ぶ。
梅丸と一緒に住んだら毎日の物になるだろう、きっと。
そう考えているのは嵐山だけではないと思いたい。
何も気兼ねなく、好きなものに囲まれて過ごせる事を焦がれているのは。
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梅丸に関しては勿論だが、他にも事例なら幾つか。
例えば一つ挙げるとするなら、朝の時間帯だとか。
寝起きが良くない上に、寒さにも弱い。
肌寒い季節はなかなか暖かい布団から出られずに居た。
少なくとも顔を洗うまでは半覚醒、眉間に皺が寄ったまま鏡に向かう。
だったら、いつまででも寝ていられる休日ならましか。
かと思えばそうでもない。
と云うのも、やはり原因は。

illustration by ういちろさん
さらさらした褐色の髪は寝癖が付くとどうも直りにくい。
洗面所で冷たい水を大雑把に頭から浴びて、嵐山は顔を上げた。
俯いたままタオルに手を伸ばすと、小さな容器が目に入る。
梅丸が置きっぱなしにしていたワックス。
使ってみるかと訊かれた事もあったが、あの時は素っ気なく断った。
それは何だか相手に染められるようで。
滴る雫をタオルで吸い取り、左右に跳ねていた髪は元通り。
頬に張りつく毛先が冷たくてもこれで良い。
起きた時に見られてはいるだろうけれど、あまり隙を晒したくない。
梅丸の前ではなるべく格好を付けていたかった。
「可愛い」と言われるのはむず痒くても、彼になら嫌ではないのだ。
身支度を整えてから、リビングに通じるドアを開けた。
廊下で嗅いだパンの焼ける匂いが濃くなる。
嵐山の気配には気付いていたのか、それとも今初めてだか。
トースターの前で梅丸が振り返った。
「おはよ、ユウ。」
「ん……お前は相変わらず早いな……」
緩く頷いても、挨拶は返さず。
嵐山の言葉は感心と云うよりも柔らかい棘。
規則正しい生活が身についている梅丸は習慣が乱れない。
休日でもそれほど夜更しは出来ないし、起きる時間も平日と同じ。
どんなに嵐山が激しく甚振っても。
切り替えが早いのは長所だろうけれど、相手からすれば拍子抜け。
目が覚めた時に一人きりは少し寂しい。
此方はまだ浸っていたいのに、体温や匂いだけ置き去り。
寝惚け半分で絡まっても良いのではないだろうか、恋人同士なら。
「朝飯できるまで寝てて良いんに。」
「灯也こそ寝てろよ、一応お前の方が客なんだから。」
「ん、でもこれくらいはやんねぇと悪ぃし。」
「別に良いって、そんなの……」
真意が伝わらないので、やはり棘は刺さらなかった。
朝食の事より自分を構って欲しいのに。
なんて、そんな我が儘はとても言えやしない。
聞き分けの無い子供じゃあるまいし。
それに梅丸が台所に立つのは嵐山の為だ、結局のところ。
文句をつけるのは好意を無下にする事になるだろう。
お菓子に限らず、料理は苦にならず好きな方。
なので泊まりに来る日は梅丸がよく腕を振るってくれる。
朝食のメニューは簡単な物。
昨夜の野菜スープにふんわり焼けた卵、カップには紅茶。
食が細い方の嵐山にとっては充分すぎる。
前から思っていたが、梅丸が作る物は少し量が多い。
二人で分け合うので何とか完食できるのだが、いつも満腹。
アップルパイだって毎回ホールサイズ。
此ればかりは残したくないので頑張って平らげている。
「ユウも早く来なね、冷めるべ?」
やはり梅丸が腹を空かせているだけかもしれない。
一足先に着席して、しっかり食べ始める用意をしている。
手には、良い色とも焦げかけともつかないトースト。
しかし裏面は真っ白なまま。
そこに気付いて、嵐山は内心慌てて声を掛けた。
「……ちょっと待てよ、ジャム塗らないの?」
「見つかんねぇし、あんまし他所の冷蔵庫漁るのも良くねぇから。」
「簡単に諦めるなよ。」
「えっ、何なん?」
それでは意味が無いのだ。
構わずトーストを齧ろうとする梅丸を制して、嵐山が冷蔵庫を開ける。
負けたような、観念したような、そんな心境で。
やがて食卓に置かれる瓶は二つ。
使いかけのブルーベリーと、まだ封が開いてない苺。
本当は梅丸が見つけて喜ぶところを眺めてやろうと思っていたのに。
「苺の方が好きだって言ってたろ、前に。」
「わざわざ買ってきといてくれたん?」
半分失敗した気がするサプライズは妙に照れ臭い。
いざとなると直視できなくて、嵐山は黙々と自分のパンを取った。
トーストはブルーベリーとクリームチーズに限る。
甘ったるい苺は梅丸専用。
白い皿に卵の黄、トーストの茶、ジャムは赤と紫。
眠かった目に今朝の食卓は鮮やかな色が並ぶ。
梅丸と一緒に住んだら毎日の物になるだろう、きっと。
そう考えているのは嵐山だけではないと思いたい。
何も気兼ねなく、好きなものに囲まれて過ごせる事を焦がれているのは。
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2017.04.28 ▲
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