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「梅さーん、今帰り?」
鞄を下げて昇降口前、肩越しの声に梅丸は振り返る。
昔から友人達にはそう呼ばれてきたので、すっかり耳に馴染んでしまった。
高校に入ってから人数はまたもや増えた事だし。
声の正体は、そのうちの一人。
カラメル系の髪は嵐山に似ていて見慣れた色合い。
しかしふわりと癖がついて、髪だけでなく顔立ちなども全体的に柔らかい。
庄子公晴、嵐山の従兄で演劇部の先輩である。
広い学校なので部活の無い日に顔を合わせるのは珍しい。
「ん、まぁ……ユウ待ってたとこ。」
「時間大丈夫?バス通学だと時計見ながらの行動になるよねぇ。」
「そうだんべねぇ、だから今日は寄り道してから最後のバスに乗るんさ。」
「そっか、放課後デート楽しんできてね。」
そして梅丸と嵐山の関係も知っている。
「デート」なんてあっさりと口にする公晴は何でもない顔。
人柄も柔らかいのは外見通り。
下手に構うと棘を刺す嵐山とは対照的だ。
だからこそ、気難しい彼が心を許す数少ない相手でもある。
「そうだ、梅さん良かったらコレ食べない?」
おやつを持ち歩いている公晴は自分用だけでなく、人にもよく分け与える。
ちょうど小腹も減っていたので梅丸も歓迎。
そうして取り出された今日のお菓子はチョコサンドクッキー。
クマの顔を象ったクッキーにクリームが挟んである。
袋が振られて、気前よく何枚か梅丸の掌にクマが落ちる。
半分は嵐山に残してあげようかと思っていると。
「あ、ユウちゃんが来る前に食べ切っちゃってね。」
見透かすように付け加えられて、少なからず驚いた。
意地悪で言ったのではないだろうけれど、どう云う事なのやら。
「うーん……ユウちゃん、顔の付いてる食べ物苦手なんだよね。」
「何なんそれ?」
梅丸が首を傾げると、公晴が少し抑えた声で昔話を始めた。
それはまだ嵐山も公晴も幼児だった頃。
庄子家に遊びに来ていた時、おやつでひよこ饅頭が振舞われた。
可愛い物が好きな嵐山は大変喜んだ。
愛しげに眺めたり撫でたり、とうとう「飼う」とまで。
しかし残念ながら所詮は食べ物。
その時、食い意地の張った祖父が居合わせたのも悲劇だった。
「要らないのなら」と奪われて、頭から無残に食い千切られた悲劇。
嵐山が号泣した事は言うまでも無し。
「進撃の巨人でエレンが母親食べられた時と同じ顔してたよ。」
飽くまでも深刻そうな口調。
笑わせるつもりで言ったのではないらしい、どうやら。
祖父を恨むまではいかないにしても、幼少期のトラウマとは根深い。
それ以来、目鼻のある食べ物は明らかに避けているらしい。
「食べるのが勿体ない」と「顔が崩れると怖い」が理由。
ずっと親しい付き合いのある公晴が言うだけに、間違いないだろう。
そう云えば、貰ったクマを見ていると分かる気もする。
表面がひび割れて渋い顔が中に一枚。
なるほど、確かに直視していると何となく不気味だ。
言いつけ通り、クマは早めのペースで梅丸の口に消えていく。
噛み砕けばただのクッキー、そんなものだ。
「饅頭怖いって落語みてぇだんべな、意味違うけど。」
「いやー、ユウちゃんが怖いのは他にも……」
そこまで言い掛けて、公晴は口を噤んだ。
プライバシーにも関わる事なので喋り過ぎたと自重して。
何しろ自尊心の高い嵐山だ、知られたら不機嫌になると決まっている。
が、中途半端に切られては梅丸が困る。
恋人の事なら何でも知りたい、そう云うものだ。
「本人に聞くと良いよ、梅さんなら教えてくれるかもしれないし。」
ホラーを愛する公晴の方こそ果たして怖い物なんてあるんだか。
興味があるような無いような、何とも言えない気分。
そうして手を振ると、公晴は靴を履き替えて去って行った。
嵐山家の近所だが自転車なので通学時間が掛かるのだ。
よく食べる分だけ、それなりの距離があっても平気で毎日往復している。
そこも体力の無い嵐山と差が目立つ。
それにしても、難題を提示してくれたものだ。
弱みを見せたくない嵐山が自分から話してくれるとは思えないのに。
「ユウって怖い物とかあるん?」
「は?何だよ急に。」
全くもって予想通りの反応。
睨まれると却って笑いそうになってしまって、ますます訝られる。
合流してから学校の外、並んで歩きながらの会話だった。
街中に門を構えているので周辺を散策するだけで寄り道する店は事欠かない。
実際、お茶している早生学園生の姿は窓ガラス越しに何組も。
敷地は少し離れていても、幼稚園から大学まであるので年齢層が幅広い。
「いや……公先輩に会った時、そんな話になったんさ。」
「あぁ、そう。けどさ、訊ねる前に自分から言うのが筋じゃないの?」
「ん、俺?強いて言うんなら、でけぇカエルはあんまし触りたくないんねぇ。」
「灯也、カエル怖いとか女子かよ……」
「アマガエルとか小さいんは平気でも、サイズオーバーは別物だんべ。」
「まぁ、質感が気持ち悪いのは分からないでもないけど。」
予定を決めず、取り止めのない話を続けながらの足取り。
このまま時間が過ぎて行くのは勿体ない。
最後のバスと決めていても、刻一刻と迫ってきているのだ。
梅丸としては、何でも良いから食べたいのが正直なところ。
クッキーを摘まんだら空腹を呼び覚ましてしまった。
そんな時に視線を引き付けたのが、赤い看板に黄色のマーク。
「マックとかどうかねぇ、腹減ったし。」
「嫌だよ、何でよりによって……!」
軽い気持ちの提案だったのに、対する嵐山の声は思いのほか鋭い。
普段涼しい態度を崩さない梅丸が驚いてしまったほど。
確かに、お坊ちゃんなのでファーストフードは普段から口にしないだろう。
そこを考慮して反対するのは頷けるが、この返答は何かおかしい。
よっぽどハンバーガーが嫌いなのだろうか。
「よりによって、なんて何かあるん?全然分からん。」
「灯也……、本当は公君から聞いたんじゃないのか?」
「ますます分からん。」
「だから、僕が……ピエロ怖いって。」
やっと口籠りながらそう白状した。
恋人の欲目、観念した表情が拗ねた子供のようで可愛い。
溜息の後、嵐山は渋々と理由を話し始める。
嵐山家の近所には大型スーパーがあるのだが、昔はマクドナルドも入っていた。
その店頭には等身大のドナルド人形も。
小さな子供の身長からすると、それはそれは巨大。
見上げるたびに背筋が震えて、なるべく目を閉じて通り過ぎていたらしい。
ハンバーガーまで苦手になってしまったのは大袈裟かもしれないが。
ただでさえピエロはホラー映画でもよく怪物として登場する。
「IT」のペニー・ワイズなんて代表的。
公晴はB級の「キラークラウン」の方が好きらしいが。
面白いからと勧められた時、嵐山は丁重に断りつつ冷や汗ものだった。
此方を窺う嵐山は目に疑惑の色。
心配しなくとも、黙って聞く梅丸は笑ったりしない。
微笑ましいとは思っていても。
「まぁ、怖い物一つ二つあった方が可愛げあるべ。」
「可愛いとか、嬉しくないし。」
憎まれ口を叩いたところで、嵐山の表情にも何処か安堵が混じる。
重い物は吐き出し終えれば気楽。
やっといつもの調子に戻った、それで良いのだ。
まだこんなに明るい往来では繋がれないままの手。
それでも二人で出来る事なら沢山ある。
時間一杯、今日も共に過ごそう。
怖い物が人知れず蠢き出す、夕闇が迫る前に。
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鞄を下げて昇降口前、肩越しの声に梅丸は振り返る。
昔から友人達にはそう呼ばれてきたので、すっかり耳に馴染んでしまった。
高校に入ってから人数はまたもや増えた事だし。
声の正体は、そのうちの一人。
カラメル系の髪は嵐山に似ていて見慣れた色合い。
しかしふわりと癖がついて、髪だけでなく顔立ちなども全体的に柔らかい。
庄子公晴、嵐山の従兄で演劇部の先輩である。
広い学校なので部活の無い日に顔を合わせるのは珍しい。
「ん、まぁ……ユウ待ってたとこ。」
「時間大丈夫?バス通学だと時計見ながらの行動になるよねぇ。」
「そうだんべねぇ、だから今日は寄り道してから最後のバスに乗るんさ。」
「そっか、放課後デート楽しんできてね。」
そして梅丸と嵐山の関係も知っている。
「デート」なんてあっさりと口にする公晴は何でもない顔。
人柄も柔らかいのは外見通り。
下手に構うと棘を刺す嵐山とは対照的だ。
だからこそ、気難しい彼が心を許す数少ない相手でもある。
「そうだ、梅さん良かったらコレ食べない?」
おやつを持ち歩いている公晴は自分用だけでなく、人にもよく分け与える。
ちょうど小腹も減っていたので梅丸も歓迎。
そうして取り出された今日のお菓子はチョコサンドクッキー。
クマの顔を象ったクッキーにクリームが挟んである。
袋が振られて、気前よく何枚か梅丸の掌にクマが落ちる。
半分は嵐山に残してあげようかと思っていると。
「あ、ユウちゃんが来る前に食べ切っちゃってね。」
見透かすように付け加えられて、少なからず驚いた。
意地悪で言ったのではないだろうけれど、どう云う事なのやら。
「うーん……ユウちゃん、顔の付いてる食べ物苦手なんだよね。」
「何なんそれ?」
梅丸が首を傾げると、公晴が少し抑えた声で昔話を始めた。
それはまだ嵐山も公晴も幼児だった頃。
庄子家に遊びに来ていた時、おやつでひよこ饅頭が振舞われた。
可愛い物が好きな嵐山は大変喜んだ。
愛しげに眺めたり撫でたり、とうとう「飼う」とまで。
しかし残念ながら所詮は食べ物。
その時、食い意地の張った祖父が居合わせたのも悲劇だった。
「要らないのなら」と奪われて、頭から無残に食い千切られた悲劇。
嵐山が号泣した事は言うまでも無し。
「進撃の巨人でエレンが母親食べられた時と同じ顔してたよ。」
飽くまでも深刻そうな口調。
笑わせるつもりで言ったのではないらしい、どうやら。
祖父を恨むまではいかないにしても、幼少期のトラウマとは根深い。
それ以来、目鼻のある食べ物は明らかに避けているらしい。
「食べるのが勿体ない」と「顔が崩れると怖い」が理由。
ずっと親しい付き合いのある公晴が言うだけに、間違いないだろう。
そう云えば、貰ったクマを見ていると分かる気もする。
表面がひび割れて渋い顔が中に一枚。
なるほど、確かに直視していると何となく不気味だ。
言いつけ通り、クマは早めのペースで梅丸の口に消えていく。
噛み砕けばただのクッキー、そんなものだ。
「饅頭怖いって落語みてぇだんべな、意味違うけど。」
「いやー、ユウちゃんが怖いのは他にも……」
そこまで言い掛けて、公晴は口を噤んだ。
プライバシーにも関わる事なので喋り過ぎたと自重して。
何しろ自尊心の高い嵐山だ、知られたら不機嫌になると決まっている。
が、中途半端に切られては梅丸が困る。
恋人の事なら何でも知りたい、そう云うものだ。
「本人に聞くと良いよ、梅さんなら教えてくれるかもしれないし。」
ホラーを愛する公晴の方こそ果たして怖い物なんてあるんだか。
興味があるような無いような、何とも言えない気分。
そうして手を振ると、公晴は靴を履き替えて去って行った。
嵐山家の近所だが自転車なので通学時間が掛かるのだ。
よく食べる分だけ、それなりの距離があっても平気で毎日往復している。
そこも体力の無い嵐山と差が目立つ。
それにしても、難題を提示してくれたものだ。
弱みを見せたくない嵐山が自分から話してくれるとは思えないのに。
「ユウって怖い物とかあるん?」
「は?何だよ急に。」
全くもって予想通りの反応。
睨まれると却って笑いそうになってしまって、ますます訝られる。
合流してから学校の外、並んで歩きながらの会話だった。
街中に門を構えているので周辺を散策するだけで寄り道する店は事欠かない。
実際、お茶している早生学園生の姿は窓ガラス越しに何組も。
敷地は少し離れていても、幼稚園から大学まであるので年齢層が幅広い。
「いや……公先輩に会った時、そんな話になったんさ。」
「あぁ、そう。けどさ、訊ねる前に自分から言うのが筋じゃないの?」
「ん、俺?強いて言うんなら、でけぇカエルはあんまし触りたくないんねぇ。」
「灯也、カエル怖いとか女子かよ……」
「アマガエルとか小さいんは平気でも、サイズオーバーは別物だんべ。」
「まぁ、質感が気持ち悪いのは分からないでもないけど。」
予定を決めず、取り止めのない話を続けながらの足取り。
このまま時間が過ぎて行くのは勿体ない。
最後のバスと決めていても、刻一刻と迫ってきているのだ。
梅丸としては、何でも良いから食べたいのが正直なところ。
クッキーを摘まんだら空腹を呼び覚ましてしまった。
そんな時に視線を引き付けたのが、赤い看板に黄色のマーク。
「マックとかどうかねぇ、腹減ったし。」
「嫌だよ、何でよりによって……!」
軽い気持ちの提案だったのに、対する嵐山の声は思いのほか鋭い。
普段涼しい態度を崩さない梅丸が驚いてしまったほど。
確かに、お坊ちゃんなのでファーストフードは普段から口にしないだろう。
そこを考慮して反対するのは頷けるが、この返答は何かおかしい。
よっぽどハンバーガーが嫌いなのだろうか。
「よりによって、なんて何かあるん?全然分からん。」
「灯也……、本当は公君から聞いたんじゃないのか?」
「ますます分からん。」
「だから、僕が……ピエロ怖いって。」
やっと口籠りながらそう白状した。
恋人の欲目、観念した表情が拗ねた子供のようで可愛い。
溜息の後、嵐山は渋々と理由を話し始める。
嵐山家の近所には大型スーパーがあるのだが、昔はマクドナルドも入っていた。
その店頭には等身大のドナルド人形も。
小さな子供の身長からすると、それはそれは巨大。
見上げるたびに背筋が震えて、なるべく目を閉じて通り過ぎていたらしい。
ハンバーガーまで苦手になってしまったのは大袈裟かもしれないが。
ただでさえピエロはホラー映画でもよく怪物として登場する。
「IT」のペニー・ワイズなんて代表的。
公晴はB級の「キラークラウン」の方が好きらしいが。
面白いからと勧められた時、嵐山は丁重に断りつつ冷や汗ものだった。
此方を窺う嵐山は目に疑惑の色。
心配しなくとも、黙って聞く梅丸は笑ったりしない。
微笑ましいとは思っていても。
「まぁ、怖い物一つ二つあった方が可愛げあるべ。」
「可愛いとか、嬉しくないし。」
憎まれ口を叩いたところで、嵐山の表情にも何処か安堵が混じる。
重い物は吐き出し終えれば気楽。
やっといつもの調子に戻った、それで良いのだ。
まだこんなに明るい往来では繋がれないままの手。
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2017.07.14 ▲
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