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林檎に牙を:全5種類
顔を売り物にする人生と云うのはプライバシーが犠牲になる。
当人なら覚悟の上だ、自己責任。
しかし、血縁者の身からすれば堪ったものではなかった。


真面目な話、武田大護は自分の顔にコンプレックスを抱えていた。
思春期にありがちな悩みとかではなくて。

不細工と云う訳でもない、むしろ逆である。
シャープな眉に猫科の獣に似た吊り目、大きめの口許には目立つ牙。
華のある顔立ちに身長も高く、集団の中でも目を引く存在。

それは彼の父親によく似ているのだ。
「宍戸帝一」の名でカメラの前に立つ、俳優である父親に。

若い頃から美形が勿体ないほど仕事を選ばず、多様な活動で知られる。
必要とあれば全裸すら晒し、またある時は派手なメイクに奇抜な衣装までも。
仕事熱心と云うか、サービス精神と云うか。
ベテランとして売れている今現在でも変わらないので大したものである。

お陰で生活は豊かでも、顔が売れるほど複雑な心境なのは血を分けた息子だ。
弟も居るが、そうした言葉を掛けられるのは自分だけ。
あちらは母親似なので回避出来ているのが何となく狡いとすら思ってしまう。

どうやっても父親の影がついて回るのだ。
何処へ行っても「似ている」と言われるのが、大護にとって一番忌々しい。


「ダイ、お前は父親ほどガチムチじゃないだろ。似てるとかおこがましいな。」
「ちびもやしのユウちゃんに言われたくねぇわ。」
「ユウちゃんもダイちゃんもさ、いびり合うよりお菓子でも食べなって。」

作家「荒井新月」の孫達は、そうやって愚痴をさらりと受け流す。

幼馴染の公晴と、家へ遊びに行くと鉢合わせる確率が高かった嵐山。
そうして何やかんやで細く長く三人で過ごす仲である。
二人とも小柄で色素が薄く、髪は煮詰めた砂糖を連想させる褐色。
一見すると兄弟のようだが従兄同士。

それらの点も間違いなく祖父譲りだ、昔馴染みなので大護も逢った事がある。
ふんわりした毛並みに丸々した目の公晴は特に似ていた。
老齢の荒井氏も、きっと昔々はさぞ可愛らしい少年だったのだろう。

俳優と作家では立場が少し違うけれど。
そもそも、あちらは物書きなのでメディアに顔を晒さない主義。
仕事の時以外で関心を持たれるのは煩わしいそうだ。
街を歩いても騒がれない辺り、大護には羨ましい限りである。


とは云え、学校生活の方は意外と平和なのだが。

彼らだけに限らず、早生学園は著名人の血縁者がひっそりと在籍している。
幼稚園から一貫している生徒も多く、顔馴染みばかりで居心地が良い。
下手に騒ぎ立てる輩はむしろ「見苦しい」と一蹴される。
からかわれたとしても必要最低限、環境に恵まれたとは自分でも思う。

そうして狭い世界で暮らしている分には良いが、大護には窮屈でもある。
行動力がある性分なので小さく纏まってはいられない。
バイクで遠出もしたいし、いっそ海外にも行ってみたい気持ちも。


「そりゃ僕も賛成、もう帰って来なくて良いよ。」
「俺だってお前の顔見なくて済むけど、腹立つなオイ。」
「そもそも何しに行きたいんだよ、田舎者が都会とかに憧れてるだけ?」
「待て待て、田舎者はブーメランだろ。俺ら地元育ちなんだから。」

甘い顔立ちの嵐山だが、切れ長気味の吊り目で口が悪い。
手厳しい軽口なんてお茶請け代わり。
ペットボトルのジュースを煽りながら、いつもの打ち合いは続く。
空気は決して張り詰めず、だらだらと緩んだままで。

公晴で繋がりが生まれなければ、きっと嵐山とは口を利く事も無かっただろう。
友人だなんて称するのは互いにお断り。
それでも、知人と呼ぶよりはもう少し近いと感じる。

そして二人と一人に分かれても、すぐ側の公晴は呑気なものだ。
止めもせずに何か食べながら傍観者。


「そーいやダイちゃんお父さんさ、仕事あるなら都会に住んだ方が良くない?」
「田舎っちゃ田舎でも関東圏だから通えるし、芸能人ってそんなもんらしい。」

そう云う事で父親は仕事で留守も多いが、家族揃って紅玉街に住んでいる。
反発はしているものの嫌っている訳ではない。
幼い頃なんて、兄弟二人とも愛情不足を感じるどころか過保護だった。
むしろ放任でちょうど良いと思っていたくらい。

父親も此処で育ったので、学生だった頃は地元劇団に居た事もある。
「宍戸帝一が所属していた」と云う宣伝によりそこそこ有名。
芸能界入りした後輩も数人らしいが、大護には関係のない話だった。


にも関わらず、芝居の勧誘をされるのが鬱陶しい。
二番目に忌々しい事。

無責任に二世タレントを勧められる冗談なら昔から浴びせられ続けてきた。
全く笑えない話である。
父親が俳優でも、息子は演技に興味があるとは限らないだろうに。
大護の好きな物はバイクと爬虫類、遊び程度でギターだ。


早生学園にも演劇部はあるが見ないふりで通り過ぎてきた。
人気の高い部活なので、舞台に立ちたい生徒なら幾らでも居る事だし。

公晴と自分が違うと感じるのも、この辺り。
文章を書くのが得意なのも祖父からの遺伝か、脚本担当で演劇部。
プレッシャーなどは感じないのかとも思うが杞憂か。
第一、「似ている」と言われても彼の場合は嫌な気分にならないのだし。

「その血の運命ってやつじゃないかな。」
「ジョジョかよ。」

苦笑いを返して、そこから先の言葉は呑み込んだ。
遺伝の話なんてもう何度も繰り返してきた。
とっくに飽きてしまった事をやる必要なんて無いだろう。

一方で誘われた形で嵐山も演劇部だが、脚本には関わらず衣装係。
好きな事の為だ、誰に言われるまでもなく。

道はそれぞれ、それで良い。


「GWは白雪姫やるから観に来てよ、ユウちゃん舞台デビューだよ。」
「あぁ、小人役か。」
「毒林檎でも食べてろ。」

打ち合った言葉は掠り傷一つ付かずに流される。
そこから生まれる平穏。



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2017.08.20