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ブザーを合図に幕が開けば魔法の始まり。
暗闇から浮かび上がる舞台の上は、切り取られた別世界。
たとえ作り物だとしてもそこに憧れた。
演劇部を選んだ切っ掛けは何だったか。
部員達に訊けば皆それぞれ違う回答、今でこそ部長なんて務めている白部も。
彼にとってのスターはただ一人。
舞台に立っていた宍戸帝一の姿が、今も焼き付いているから。
親が芝居好きなので、劇場なら幼い頃から連れられたものである。
勿論、子供には退屈なものも多いので毎回が賭け。
やれやれと思いつつ、白部自身もそれなりに楽しんではいた。
なので、観賞自体はすっかり慣れ親しんでいたのだ。
転機は明確にあの時、あの舞台。
童話をモチーフにした話で、宍戸帝一が演じたのは悪役のライオン。
名の通り彼はまさに帝王だった。
スポットライトを浴びた金色の髪に、威風堂々とした姿。
あんなにも麗しいと感じた男性は初めてで。
「だからオレからしたら、武田の立場って羨ましくもあるけどさ。」
「そりゃあ役者としての話だろ、父親としてはどうだか。」
そう白部が溜息を吐くと、大護は緩く横に首を振る。
帝王の息子は実に冷めた表情と返事。
学校から徒歩数分、ファーストフード店での会話である。
大護とは一緒に来た訳でも待ち合わせしていた訳でもない。
小腹が空いた放課後、バスを一本遅らせた白部はふらりと立ち寄っただけ。
夕暮れが近付きつつある店内は賑やか。
見渡せば他に空席も幾つかあったが、何となくの相席になった。
食べ盛りの上に二人ともよく食べる方。
セットメニューを頼んでおいて、帰宅後は夕食も平らげるのだ。
横から大護を見ると、口を開けた時に牙が目立つ。
狼を思わせる白部と、例のライオンによく似た大護。
並んでハンバーガーを齧っているとますます肉食獣じみて可笑しい。
白部が小学校の頃に転校して来てから約10年、大護とは何度か同じクラスになった。
顔を合わせれば軽いお喋りくらいはする仲である。
一貫校は顔馴染みが多い、付いたり離れたりと波のような人間関係。
父親の話題を出すと不機嫌になるのは知っていた。
だからずっと避けるようにしていたのに。
今日ばかりは何故だか、舌から言葉が滑り落ちて始まった。
大護が付き合ってくれているのも意外だが。
苦い顔をしつつも逃げず、だらだらと会話は続いている。
それに憧れは強くても、白部も宍戸帝一を目にしたのは舞台上や画面でのみ。
同じ地元に住んでいるとは云え、そうそうプライベートで逢えるものか。
ばったり出くわすほど街は狭くない。
大護に頼み込むなんて恐れ多い事も出来やせず。
イメージなんて人それぞれ。
白部にとって宍戸帝一はライオンだが、大護にはただの父親。
そして他のファンからしても、どのキャラクターを思い浮かべるかは違う。
何しろ仕事を選ばない役者なので出演作は非常に多いのだ。
若くて細身だった頃の恋愛ドラマでは気怠げに微笑む美しい青年。
また特撮では子供を泣かせの冷酷非道な中ボス。
更にホラー映画では、気性が激しくエキセントリックなゾンビの王。
それでも全体を通してみればやはり悪役が多い。
白部も勿論影響を強く受けたもので、舞台では憎まれ役を買って出てきた。
赤頭巾ちゃんの狼だとか、ピーターパンのフック船長だとか。
悪役は演技力が高くなければ務まらないと云われる。
白部の教科書は宍戸帝一、どれだけ作品を繰り返し観て勉強したやら。
「俺は親父の番組ほとんど観た事ないからピンと来ないけどな。」
「いや、応援くらいはしてやれよ……」
「この俺とほぼ同じ顔してるってだけでむず痒いわ。」
「そこは別として、面白い作品も多いんだぜ?」
なんて白部は言いつつも、あの恋愛ドラマは特に見難いだろうと思い直す。
どれだけ名作でも父親のラブシーンと云うだけで理由は充分だ。
考えてみれば、今の自分達とそう変わらない年でデビューしていたのだ。
尤も、バイクを乗り回して野性味が強い大護とは全く重ならない。
顔立ちは兎も角として、確かに別人。
耽美な雰囲気のキャラクターと現実の高校生を比べるのも不毛な話だろう。
ハンバーガーで最後の一口はソースまみれの大きめ。
少し無理に詰め込んだ白部が頬を膨らませて咀嚼している隙の事。
ふと横から大護の手が伸びて、袋のポテトを一本盗んでいった。
悪戯小僧の表情で此処に居るのは、同級生。
だからこそ友人になれた。
「そうだ……、ホラー映画の方なら親父のサイン付きDVDやるよ。」
「んんん!」
「何だよ、首横に振って。遠慮する事ないじゃあないか。」
「うぐ……」
白部の怖がりを知っていて、この仕打ちである。
口に物が一杯で喋れない事も。
最初から言葉で勝てないのは分かっているのだが。
どうしたものかと思いつつ、そうして甘んじてきたので今更の話か。
呑み込んだところで白部が返すのは反論でなく、ただの苦笑。
こんな意地悪も何処かのドラマで見たような気がして。
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暗闇から浮かび上がる舞台の上は、切り取られた別世界。
たとえ作り物だとしてもそこに憧れた。
演劇部を選んだ切っ掛けは何だったか。
部員達に訊けば皆それぞれ違う回答、今でこそ部長なんて務めている白部も。
彼にとってのスターはただ一人。
舞台に立っていた宍戸帝一の姿が、今も焼き付いているから。
親が芝居好きなので、劇場なら幼い頃から連れられたものである。
勿論、子供には退屈なものも多いので毎回が賭け。
やれやれと思いつつ、白部自身もそれなりに楽しんではいた。
なので、観賞自体はすっかり慣れ親しんでいたのだ。
転機は明確にあの時、あの舞台。
童話をモチーフにした話で、宍戸帝一が演じたのは悪役のライオン。
名の通り彼はまさに帝王だった。
スポットライトを浴びた金色の髪に、威風堂々とした姿。
あんなにも麗しいと感じた男性は初めてで。
「だからオレからしたら、武田の立場って羨ましくもあるけどさ。」
「そりゃあ役者としての話だろ、父親としてはどうだか。」
そう白部が溜息を吐くと、大護は緩く横に首を振る。
帝王の息子は実に冷めた表情と返事。
学校から徒歩数分、ファーストフード店での会話である。
大護とは一緒に来た訳でも待ち合わせしていた訳でもない。
小腹が空いた放課後、バスを一本遅らせた白部はふらりと立ち寄っただけ。
夕暮れが近付きつつある店内は賑やか。
見渡せば他に空席も幾つかあったが、何となくの相席になった。
食べ盛りの上に二人ともよく食べる方。
セットメニューを頼んでおいて、帰宅後は夕食も平らげるのだ。
横から大護を見ると、口を開けた時に牙が目立つ。
狼を思わせる白部と、例のライオンによく似た大護。
並んでハンバーガーを齧っているとますます肉食獣じみて可笑しい。
白部が小学校の頃に転校して来てから約10年、大護とは何度か同じクラスになった。
顔を合わせれば軽いお喋りくらいはする仲である。
一貫校は顔馴染みが多い、付いたり離れたりと波のような人間関係。
父親の話題を出すと不機嫌になるのは知っていた。
だからずっと避けるようにしていたのに。
今日ばかりは何故だか、舌から言葉が滑り落ちて始まった。
大護が付き合ってくれているのも意外だが。
苦い顔をしつつも逃げず、だらだらと会話は続いている。
それに憧れは強くても、白部も宍戸帝一を目にしたのは舞台上や画面でのみ。
同じ地元に住んでいるとは云え、そうそうプライベートで逢えるものか。
ばったり出くわすほど街は狭くない。
大護に頼み込むなんて恐れ多い事も出来やせず。
イメージなんて人それぞれ。
白部にとって宍戸帝一はライオンだが、大護にはただの父親。
そして他のファンからしても、どのキャラクターを思い浮かべるかは違う。
何しろ仕事を選ばない役者なので出演作は非常に多いのだ。
若くて細身だった頃の恋愛ドラマでは気怠げに微笑む美しい青年。
また特撮では子供を泣かせの冷酷非道な中ボス。
更にホラー映画では、気性が激しくエキセントリックなゾンビの王。
それでも全体を通してみればやはり悪役が多い。
白部も勿論影響を強く受けたもので、舞台では憎まれ役を買って出てきた。
赤頭巾ちゃんの狼だとか、ピーターパンのフック船長だとか。
悪役は演技力が高くなければ務まらないと云われる。
白部の教科書は宍戸帝一、どれだけ作品を繰り返し観て勉強したやら。
「俺は親父の番組ほとんど観た事ないからピンと来ないけどな。」
「いや、応援くらいはしてやれよ……」
「この俺とほぼ同じ顔してるってだけでむず痒いわ。」
「そこは別として、面白い作品も多いんだぜ?」
なんて白部は言いつつも、あの恋愛ドラマは特に見難いだろうと思い直す。
どれだけ名作でも父親のラブシーンと云うだけで理由は充分だ。
考えてみれば、今の自分達とそう変わらない年でデビューしていたのだ。
尤も、バイクを乗り回して野性味が強い大護とは全く重ならない。
顔立ちは兎も角として、確かに別人。
耽美な雰囲気のキャラクターと現実の高校生を比べるのも不毛な話だろう。
ハンバーガーで最後の一口はソースまみれの大きめ。
少し無理に詰め込んだ白部が頬を膨らませて咀嚼している隙の事。
ふと横から大護の手が伸びて、袋のポテトを一本盗んでいった。
悪戯小僧の表情で此処に居るのは、同級生。
だからこそ友人になれた。
「そうだ……、ホラー映画の方なら親父のサイン付きDVDやるよ。」
「んんん!」
「何だよ、首横に振って。遠慮する事ないじゃあないか。」
「うぐ……」
白部の怖がりを知っていて、この仕打ちである。
口に物が一杯で喋れない事も。
最初から言葉で勝てないのは分かっているのだが。
どうしたものかと思いつつ、そうして甘んじてきたので今更の話か。
呑み込んだところで白部が返すのは反論でなく、ただの苦笑。
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2017.08.29 ▲
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