林檎に牙を:全5種類
ブザーを合図に幕が開けば魔法の始まり。
暗闇から浮かび上がる舞台の上は、切り取られた別世界。
たとえ作り物だとしてもそこに憧れた。


演劇部を選んだ切っ掛けは何だったか。
部員達に訊けば皆それぞれ違う回答、今でこそ部長なんて務めている白部も。
彼にとってのスターはただ一人。
舞台に立っていた宍戸帝一の姿が、今も焼き付いているから。

親が芝居好きなので、劇場なら幼い頃から連れられたものである。
勿論、子供には退屈なものも多いので毎回が賭け。
やれやれと思いつつ、白部自身もそれなりに楽しんではいた。

なので、観賞自体はすっかり慣れ親しんでいたのだ。
転機は明確にあの時、あの舞台。

童話をモチーフにした話で、宍戸帝一が演じたのは悪役のライオン。
名の通り彼はまさに帝王だった。
スポットライトを浴びた金色の髪に、威風堂々とした姿。
あんなにも麗しいと感じた男性は初めてで。



「だからオレからしたら、武田の立場って羨ましくもあるけどさ。」
「そりゃあ役者としての話だろ、父親としてはどうだか。」

そう白部が溜息を吐くと、大護は緩く横に首を振る。
帝王の息子は実に冷めた表情と返事。


学校から徒歩数分、ファーストフード店での会話である。

大護とは一緒に来た訳でも待ち合わせしていた訳でもない。
小腹が空いた放課後、バスを一本遅らせた白部はふらりと立ち寄っただけ。
夕暮れが近付きつつある店内は賑やか。
見渡せば他に空席も幾つかあったが、何となくの相席になった。

食べ盛りの上に二人ともよく食べる方。
セットメニューを頼んでおいて、帰宅後は夕食も平らげるのだ。
横から大護を見ると、口を開けた時に牙が目立つ。

狼を思わせる白部と、例のライオンによく似た大護。
並んでハンバーガーを齧っているとますます肉食獣じみて可笑しい。


白部が小学校の頃に転校してから約10年、大護とは何度か同じクラスになった仲。
顔を合わせると軽いお喋りくらいはする。
一貫校は顔馴染みが多い、付いたり離れたりと波のような人間関係。

父親の話題を出すと不機嫌になるのは知っていた。
だからずっと避けるようにしていたのに。

今日ばかりは何故だか、舌から言葉が滑り落ちて始まった。
大護が付き合ってくれているのも意外だが。
苦い顔をしつつも逃げず、だらだらと会話は続いている。

それに憧れは強くても、白部も宍戸帝一を目にしたのは舞台上や画面でのみ。
同じ地元に住んでいるとは云え、そうそうプライベートで逢えるものか。
ばったり出くわすほど街は狭くない。
大護に頼み込むなんて恐れ多い事も出来やせず。


イメージなんて人それぞれ。
白部にとって宍戸帝一はライオンだが、大護にはただの父親。

そして他のファンからしても、どのキャラクターを思い浮かべるかは違う。
何しろ仕事を選ばない役者なので出演作は非常に多いのだ。
若くて細身だった頃の恋愛ドラマでは気怠げに微笑む美しい青年。
また特撮では子供を泣かせの冷酷非道な中ボス。
更にホラー映画では、気性が激しくエキセントリックなゾンビの王。

それでも全体を通してみればやはり悪役が多い。
白部も勿論影響を強く受けたもので、舞台では憎まれ役を買って出てきた。
赤頭巾ちゃんの狼だとか、ピーターパンのフック船長だとか。

悪役は演技力が高くなければ務まらないと云われる。
白部の教科書は宍戸帝一、どれだけ作品を繰り返し観て勉強したやら。


「俺は親父の番組ほとんど観た事ないからピンと来ないけどな。」
「いや、応援くらいはしてやれよ……」
「この俺とほぼ同じ顔してるってだけでむず痒いわ。」
「そこは別として、面白い作品も多いんだぜ?」

なんて白部は言いつつも、あの恋愛ドラマは特に見難いだろうと思い直す。
どれだけ名作でも父親のラブシーンと云うだけで理由は充分だ。

考えてみれば、今の自分達とそう変わらない年でデビューしていたのだ。
尤も、バイクを乗り回して野性味が強い大護とは全く重ならない。
顔立ちは兎も角として、確かに別人。
耽美な雰囲気のキャラクターと現実の高校生を比べるのも不毛な話だろう。


ハンバーガーで最後の一口はソースまみれの大きめ。
少し無理に詰め込んだ白部が頬を膨らませて咀嚼している隙の事。
ふと横から大護の手が伸びて、袋のポテトを一本盗んでいった。

悪戯小僧の表情で此処に居るのは、同級生。
だからこそ友人になれた。


「そうだ……、ホラー映画の方なら親父のサイン付きDVDやるよ。」
「んんん!」
「何だよ、首横に振って。遠慮する事ないじゃあないか。」
「うぐ……」

白部の怖がりを知っていて、この仕打ちである。
口に物が一杯で喋れない事も。
最初から言葉で勝てないのは分かっているのだが。
どうしたものかと思いつつ、そうして甘んじてきたので今更の話か。

呑み込んだところで白部が返すのは反論でなく、ただの苦笑。
こんな意地悪も何処かのドラマで見たような気がして。



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2017.08.29