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林檎に牙を:全5種類
リビングの窓に差し込む陽射しが眩しくて、大護は目を閉じた。
昼食を待っている間、ソファーに身を沈めていると眠たくなってくる。
天気の良い3月の休日、普段ならバイクで出掛けるところだが。
こうして緩み切った過ごし方をするのも悪くない。

武田家のペット、ディアナも傍らで寛いでいる気配。
わざわざ瞼を上げなくても分かる。
専用のクッションに爪を立てて、しなやかに長い尻尾を伸ばしている頃。

しかし、彼女は猫などではない。


身体を覆うのは柔らかな毛皮にあらず固い鱗。
伸ばした指先に、棘状のたてがみがちくちくと軽く刺さる。
「月の女神」なんて優美な名前にしては、大変ワイルドな風貌をしていた。
ディアナと呼ばれているのはグリーンイグアナの事である。

一時は日本でもブームが来たとは云え、まだまだペットとしては珍しい。
猫ほどの大きさでも爪も歯も頑丈で外見は恐竜。
それにしては大人しく、簡単な言葉を覚えるくらい賢い面を持っていた。

爬虫類は寒さに弱いので普段は温度調節している飼育部屋。
暖かい時なら生活スペースに連れ出して、こうして共に過ごす事も。
子供の頃、恐竜が好きだった大護は特に可愛がっている。
勿論、家族で相談して決めたペットなので一人で世話している訳ではないが。


ふと、スリッパの足音で意識が浮上した。

それは少し奇妙な光景かもしれない。
見れば足音の正体は弟。
手にしている物が不自然なのだ、青々したキャベツの葉が一枚。


グリーンイグアナは草食、主に新鮮な野菜を与える。
てっきりディアナの餌かと思いきや。

「遥人、そのキャベツ何だよ?くれんの?」
「駄目です。」

不愛想な物言いだが、遥人だって意地悪で返した訳ではない。
よく見れば葉の上には違う種類の緑。
キャベツは飽くまで乗り物、元気に蠢く小さな青虫が居た。

ああ、そう云えば母親が台所で短い悲鳴を上げていたか。


恐竜好きだった兄は爬虫類に進化したが、虫好きな弟はそのまま育った。
来月から高校生だと云うのに子供っぽい。
今も庭へ逃がしに行くのでなく、飼育ケースを探している最中。
羽化するまでの数日間だけ観察する気らしい。

「幼虫の頃に触られ慣れていると、羽化してからも記憶持っているそうですよ。」

キャベツから指先に移して、軽く愛でながらそう言う。
蝶になるのか、それとも蛾だか。
虫は怖くないものの興味が無いので大護には区別がつかず。


「ところで兄さん、今日デートだったんでは。逃げられたんですか。」
「……アコが急にバイト入ったんだよ、フラれたんじゃあない。」

それこそが家に居る本当の理由、痛い所を突かれてしまった。
優等生に見えて口が悪いのは嵐山と似ている。
「デート」だなんてあからさまな単語を使う辺り、まったく嫌味な事だ。

年上の彼女はスケジュールが合わない事が多々。
大人なだけ余裕があり、我の強い大護も軽くあしらわれてしまう。

大護も来年には家を出る予定なので忙しくなるのはお互い様なのだが。
高校生活も今年で最後、思い返せば出来る事が増えたものだ。
アクティブな彼にとっては目まぐるしい変化。
彼女の事だって含まれるが、バイクの免許を取ってから行動範囲も広がった。


弟と云えば、昔から何一つとして変わってない気がする。
碌に身長も伸びておらず、首も腕も細くて生白い。

兄弟は他人の始まり、似ていないのは外見ばかりでないとつくづく思う。
顔も頭も良い筈なのにどうも雰囲気が辛気臭いのだ。
仲が悪い訳ではないが、趣味は合わないので必要以上に干渉しない関係。


「遥人、彼女欲しいとか思った事ないのか。」
「面倒そうですし、そもそも好かれても嬉しくないですし。」

これだ、実に色気が無い言葉を吐く。
思春期なんて異性の事ばかり気になってしまう者も居るのに。
遥人は浮いた話の一つも聞いた事が無い。
やはりまだ子供過ぎるのか、他人に興味が薄いのか。

「兄さんこそ、女の子と付き合うのってそんなに良いものでしょうかね。」

思いがけず、聞き捨てならない発言。
どうしてそんな事を。


「いつもスケジュールが彼女次第なんて不自由そうですけど。」
「お前そんな目で俺を見ていたのか……」
「いえ、皆そうでしょう?べったりしてる割りに壊れやすくて。」
「捻くれているな、随分と。」

苦笑の一つも返したくなる。
クッションで遊ぶディアナを撫でながら、大護は少し考え込んだ。

くっついたり離れたり、確かに世間一般の恋人同士はそんなものだろう。
一人は楽でも、独りでは居たくないのだ。
軽い気持ちの付き合いも経験があるので大護には否定出来ない。

ただ、今の彼女に関しては大護が惚れ込んだ。
最初なんて高校生では弟扱いで相手にもされやしなかった。
飢えるように欲しがって、どんなに苦しんだ事か。
それこそ忌々しい程の熱量。

深い仲になってからは大護から甘える形。
二人の時でしか見せない顔で。
こんな面が自分の中にあったと思い知らされるとは。

良くも悪くも、人は恋愛で変わる。


「…………あ。」
「何ですか、急に。」

そう云えば、今、気付いてしまった。

遥人と愛だの恋だのの話をしたのは初めてだ。
その時点で、もう今までと違うのだと。


「いや……、今度、家に友達連れて来るから。報告する事忘れていた。」
「唐突ですね。僕の許可なんて要らないでしょう、別に。」

全くだ、下手な会話繋ぎだったと大護も我ながら思う。
不意に話題を変えたのは単なる誤魔化し。

このまま話題を続けるのは何となく気が進まなかった。
頭の片隅で「兄弟間で語り合うものではないだろう」と呆れた呟き。
気付いてしまったからには無視出来ず。
くすぐったいような、妙な居心地の悪さで一杯。

続きがあるとしたら、きっと遥人が恋を知った時。


いつまでも青虫のままではいられない。
蛹を開いたら別の生き物。
忍び寄る春に溶かされて、変化は否応なく訪れる。



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2017.09.18