| Home |
誰かが寄り添って眠っていても、夢の中は孤独。
自分で作り出した支離滅裂な世界に一人きりで過ごさねばならない。
それが寂しいとは思った事は無いけれど。
低く唸って、目覚めれば放課後の音楽準備室。
滲んだ視界が落ち着かず、手探りのままに眼鏡を掴み取った。
うっかりレンズに触れてしまって少しだけ苦い気分。
押された指紋をシャツの裾で磨いてから、遼二は鼻先のブリッジを押し上げた。
そうして軋む身体を伸ばしたら、すぐ隣の体温に気付いた。
ずっと傍らで馴染んでいたもの。
いつもの話だ、触れ合った後で眠ってしまった流れ。
「お帰り。」
台本から目を上げて、神尾が言葉を掛けてくる。
しかし、まだ寝惚けているのは彼の方ではないだろうか。
「何ですか、お帰りって。」
「だって朝でもないのにおはようじゃ変だし、現実にお帰りって意味で。」
此処で「お帰り」なんて一声も充分に変なのだが。
突拍子もない言動は相変わらず。
そのたび返答に困ってしまう身にもなってほしいものだ。
神尾からすれば、彼なりの道理があろうとも。
聞いてないふりで、持ち込んでいたミニペットの緑茶を手に取る。
気怠さはぬるくなり始めた苦味で洗い流して。
潤いが染み渡れば思考も鮮明になってくる。
いつまでも浸っていたいのは山々でも、そうはいかないのだ。
迫り来る日暮れが帰宅を急かす。
不安定な足取りでは電車にも乗れやしない。
それに、今日のところはあまり良く眠れたとは言い難かった。
暇さえあれば微睡みに身を任せる遼二には珍しく。
「ちょっとうなされてたけど、怖い夢でも見た?」
「どうでしょうね……、覚えてないです。」
神尾の問い掛けに、小さな動揺を呑み込んだ。
寝姿を眺めていたのなら確かに多少は察してもおかしくないが。
居心地が良くてもブランケットがあろうとも、所詮はカーペットの上。
眠りが浅ければ夢くらい嫌でも見る時がある。
それも愉快なものとは限らず。
はっきりと内容を覚えている訳ではない、それは事実だった。
けれど夢の中まで知られたくないのが本音である。
深層心理が剥き出しになり、パレットで混ぜかけた絵具に似た混沌。
既に神尾には恥など幾つも知られて、弱みを握られているようなものなのに。
厄介事は半分眠ってやり過ごし、外面を良くして生きてきた遼二の事。
神尾にだけはどうしても遣り難い。
近付かない方が平穏なのではないかと思いつつ、妙に惹かれる。
「うなされてたの知ってた割りに、起こしたりしないんですね。」
「だって夢って映画観てるようなものだし。」
軽く嫌味を込めてみれば、そうきたか。
なるほど実に役者らしい返答。
「途中で止めちゃったら続きは二度と観られないし、勿体ないでしょ。」
「選べないし、好き好んで観てるものではないですけどね……」
「楽しめば良いのに。」
「寝る事自体は楽しいですけど、それとこれとはまた別ですって。」
惰眠を愛する遼二だが、夢を見る事に対してはそこまででない。
すぐ瞼が重くなるのは単に体質と云うか。
一方、神尾は作られた世界を大切にする。
良いものだけでなく、それが苦くとも狂気に満ちていても等しく。
そして彼にとっては夢も劇も同じ。
幕を閉じれば何も残らず消えてしまう儚さも、また愛しいと。
音楽準備室で眠る理由は二人とも少し違う。
やはり夢の中とは独り。
瞼を落とせば、その暗闇は自分だけのものなのだと。
「怖かったら、おれのこと呼んでもいいのに。」
「それは、お断りします。」
神尾の思いがけない言葉はいつも妙に心音を跳ねさせる。
何でもない表情で短い間に整えるものの、気付かれているかもしれない。
それでもやはり遼二は考えてしまう。
実際に呼んでみたら、神尾は何をしてくれるのだろう。
遼二が頷けなかったのは、心を開き切る事が出来ないから。
これ以上の弱みを晒してしまうのは躊躇われる。
恋人ではない、そもそも好みではない。
そうやって口に出さないまま何度も繰り返してきた言葉。
ああ駄目だ、まだ眠りの欠片が残っていては。
巡り出すおかしな思考に言い訳して、今日も停止する。
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村

小説(BL) ブログランキングへ
自分で作り出した支離滅裂な世界に一人きりで過ごさねばならない。
それが寂しいとは思った事は無いけれど。
低く唸って、目覚めれば放課後の音楽準備室。
滲んだ視界が落ち着かず、手探りのままに眼鏡を掴み取った。
うっかりレンズに触れてしまって少しだけ苦い気分。
押された指紋をシャツの裾で磨いてから、遼二は鼻先のブリッジを押し上げた。
そうして軋む身体を伸ばしたら、すぐ隣の体温に気付いた。
ずっと傍らで馴染んでいたもの。
いつもの話だ、触れ合った後で眠ってしまった流れ。
「お帰り。」
台本から目を上げて、神尾が言葉を掛けてくる。
しかし、まだ寝惚けているのは彼の方ではないだろうか。
「何ですか、お帰りって。」
「だって朝でもないのにおはようじゃ変だし、現実にお帰りって意味で。」
此処で「お帰り」なんて一声も充分に変なのだが。
突拍子もない言動は相変わらず。
そのたび返答に困ってしまう身にもなってほしいものだ。
神尾からすれば、彼なりの道理があろうとも。
聞いてないふりで、持ち込んでいたミニペットの緑茶を手に取る。
気怠さはぬるくなり始めた苦味で洗い流して。
潤いが染み渡れば思考も鮮明になってくる。
いつまでも浸っていたいのは山々でも、そうはいかないのだ。
迫り来る日暮れが帰宅を急かす。
不安定な足取りでは電車にも乗れやしない。
それに、今日のところはあまり良く眠れたとは言い難かった。
暇さえあれば微睡みに身を任せる遼二には珍しく。
「ちょっとうなされてたけど、怖い夢でも見た?」
「どうでしょうね……、覚えてないです。」
神尾の問い掛けに、小さな動揺を呑み込んだ。
寝姿を眺めていたのなら確かに多少は察してもおかしくないが。
居心地が良くてもブランケットがあろうとも、所詮はカーペットの上。
眠りが浅ければ夢くらい嫌でも見る時がある。
それも愉快なものとは限らず。
はっきりと内容を覚えている訳ではない、それは事実だった。
けれど夢の中まで知られたくないのが本音である。
深層心理が剥き出しになり、パレットで混ぜかけた絵具に似た混沌。
既に神尾には恥など幾つも知られて、弱みを握られているようなものなのに。
厄介事は半分眠ってやり過ごし、外面を良くして生きてきた遼二の事。
神尾にだけはどうしても遣り難い。
近付かない方が平穏なのではないかと思いつつ、妙に惹かれる。
「うなされてたの知ってた割りに、起こしたりしないんですね。」
「だって夢って映画観てるようなものだし。」
軽く嫌味を込めてみれば、そうきたか。
なるほど実に役者らしい返答。
「途中で止めちゃったら続きは二度と観られないし、勿体ないでしょ。」
「選べないし、好き好んで観てるものではないですけどね……」
「楽しめば良いのに。」
「寝る事自体は楽しいですけど、それとこれとはまた別ですって。」
惰眠を愛する遼二だが、夢を見る事に対してはそこまででない。
すぐ瞼が重くなるのは単に体質と云うか。
一方、神尾は作られた世界を大切にする。
良いものだけでなく、それが苦くとも狂気に満ちていても等しく。
そして彼にとっては夢も劇も同じ。
幕を閉じれば何も残らず消えてしまう儚さも、また愛しいと。
音楽準備室で眠る理由は二人とも少し違う。
やはり夢の中とは独り。
瞼を落とせば、その暗闇は自分だけのものなのだと。
「怖かったら、おれのこと呼んでもいいのに。」
「それは、お断りします。」
神尾の思いがけない言葉はいつも妙に心音を跳ねさせる。
何でもない表情で短い間に整えるものの、気付かれているかもしれない。
それでもやはり遼二は考えてしまう。
実際に呼んでみたら、神尾は何をしてくれるのだろう。
遼二が頷けなかったのは、心を開き切る事が出来ないから。
これ以上の弱みを晒してしまうのは躊躇われる。
恋人ではない、そもそも好みではない。
そうやって口に出さないまま何度も繰り返してきた言葉。
ああ駄目だ、まだ眠りの欠片が残っていては。
巡り出すおかしな思考に言い訳して、今日も停止する。
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村

小説(BL) ブログランキングへ
スポンサーサイト
2017.10.11 ▲
| Home |