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ブリキ缶を開ける瞬間はいつも密かに心が躍る。
綺麗な絵柄が多いので可愛い物が好きな嵐山には正に宝箱。
台所のガラス棚に幾つも並んでいた紅茶やお菓子の缶を思い出す。
それらはどれも少し上等で、特別な味がした。
今もまた、此処にはレトロな赤いクッキー缶が一つ。
よく見れば少し色褪せて年季が窺えるが、状態は綺麗なものだった。
細かな擦り傷すら歴史を感じさせて温かみがある。
冷静を装って蓋を開ければ、今まで封じられていたバターの香り。
そうして守られていた中身は、可愛らしい動物達のクッキー。
まるで何処かの絵本を開いたような光景である。
「なんか古めかしい缶だな。」
「あぁ、クッキー作る時にいつも入れるんさ。」
此れらが梅丸の手作りだと云うのだから、人は見かけによらない。
赤毛に涼しい強面、容貌だけは不良じみているくせに。
今日はハロウィン。
お菓子は欠かせないと、嵐山家に来る際の手土産だった。
うちで作っても良いのに。
焼き立てが食べたかったと云うより、過程も楽しんでみたかった。
嵐山も手先が器用なのでこうした作業は苦にならない。
しかし決して言葉にはせず。
男子二人でクッキー作りなんて、想像するとどうにも可笑しくて。
誰が見ている訳でもあるまいし。
中性的な容姿がコンプレックスの嵐山は、その辺りを気にしすぎ。
お菓子には季節感も大事だと、今日のクッキーはきちんとハロウィン仕様。
フクロウとコウモリはココア味、ジャックランタンはカボチャ味。
その二つをバター生地に点々と落として三毛猫。
ただ可愛いだけでなく、尻尾を膨らませて威嚇しているポーズ。
そして忘れずに、ハリネズミのクッキーも。
近年、嵐山だけでなくハリネズミを飼う者は少しずつ増えてきた。
それに伴ってモチーフの雑貨もよく見掛ける。
ふと二人で立ち寄った店、キッチン用品の中で抜型を見つけたのは最近の話。
梅丸がクッキー作りを思い付いたのもその時らしい。
ややずんぐりしたシルエットが何とも愛らしい。
背中のトゲトゲは白黒の胡麻で再現。
「あ、でもユウ、顔の付いた食い物って苦手なんだべか……」
「公君に聞いたな?あんなの昔の話だってば。」
恥ずかしい思い出を知られていても、怯んだりせず睨み付けておいた。
そんなの弱味のうちに入るものかと。
可愛らしい食べ物は口にするのが勿体ない、確かに。
歯を立てれば一気に崩れてしまう。
それでもバターの香りは甘い誘惑、食欲には勝てやせず。
「見えなきゃ良いんなら、ユウ目ぇ閉じとくか?食わせてやっから。」
「また餌付けしてるつもり?」
嵐山が皮肉っぽい言い方をしても、こうなる事は決まっていた。
クッキーを持ってきた時点で逆らえない。
特別な甘党でもなかったのに、梅丸のお菓子を楽しみにしているのだから。
自分の為に作られた物を味わう瞬間は至福。
とりあえず一つ、と梅丸が缶からハリネズミをつまみ取る。
差し出されたら拒否など出来ないじゃないか。
仕方なさそうに嵐山は目を閉じて、尖った歯で食い付く。
甘いカボチャのクッキーとローストされた香ばしい胡麻。
何とも優しい味に、今日だけはもう少し柔らかく接してやろうと思った。
クッキー缶を開ければ、小さなハロウィンパーティの始まり。
あれもまた梅丸にとって思い出を詰めてきた物か。
宝箱を見せてくれたのは、耳打ちで明かす秘密にも似ている。
それなら嵐山も答えなければ。
「紅茶淹れてやるよ、とっておきのやつ。」
「ん、それなん?良い缶なんね。」
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*おまけ

作中のクッキーが此方。
ちょうど作ったところだったので、画像もあった方がイメージしやすいかと。
綺麗な絵柄が多いので可愛い物が好きな嵐山には正に宝箱。
台所のガラス棚に幾つも並んでいた紅茶やお菓子の缶を思い出す。
それらはどれも少し上等で、特別な味がした。
今もまた、此処にはレトロな赤いクッキー缶が一つ。
よく見れば少し色褪せて年季が窺えるが、状態は綺麗なものだった。
細かな擦り傷すら歴史を感じさせて温かみがある。
冷静を装って蓋を開ければ、今まで封じられていたバターの香り。
そうして守られていた中身は、可愛らしい動物達のクッキー。
まるで何処かの絵本を開いたような光景である。
「なんか古めかしい缶だな。」
「あぁ、クッキー作る時にいつも入れるんさ。」
此れらが梅丸の手作りだと云うのだから、人は見かけによらない。
赤毛に涼しい強面、容貌だけは不良じみているくせに。
今日はハロウィン。
お菓子は欠かせないと、嵐山家に来る際の手土産だった。
うちで作っても良いのに。
焼き立てが食べたかったと云うより、過程も楽しんでみたかった。
嵐山も手先が器用なのでこうした作業は苦にならない。
しかし決して言葉にはせず。
男子二人でクッキー作りなんて、想像するとどうにも可笑しくて。
誰が見ている訳でもあるまいし。
中性的な容姿がコンプレックスの嵐山は、その辺りを気にしすぎ。
お菓子には季節感も大事だと、今日のクッキーはきちんとハロウィン仕様。
フクロウとコウモリはココア味、ジャックランタンはカボチャ味。
その二つをバター生地に点々と落として三毛猫。
ただ可愛いだけでなく、尻尾を膨らませて威嚇しているポーズ。
そして忘れずに、ハリネズミのクッキーも。
近年、嵐山だけでなくハリネズミを飼う者は少しずつ増えてきた。
それに伴ってモチーフの雑貨もよく見掛ける。
ふと二人で立ち寄った店、キッチン用品の中で抜型を見つけたのは最近の話。
梅丸がクッキー作りを思い付いたのもその時らしい。
ややずんぐりしたシルエットが何とも愛らしい。
背中のトゲトゲは白黒の胡麻で再現。
「あ、でもユウ、顔の付いた食い物って苦手なんだべか……」
「公君に聞いたな?あんなの昔の話だってば。」
恥ずかしい思い出を知られていても、怯んだりせず睨み付けておいた。
そんなの弱味のうちに入るものかと。
可愛らしい食べ物は口にするのが勿体ない、確かに。
歯を立てれば一気に崩れてしまう。
それでもバターの香りは甘い誘惑、食欲には勝てやせず。
「見えなきゃ良いんなら、ユウ目ぇ閉じとくか?食わせてやっから。」
「また餌付けしてるつもり?」
嵐山が皮肉っぽい言い方をしても、こうなる事は決まっていた。
クッキーを持ってきた時点で逆らえない。
特別な甘党でもなかったのに、梅丸のお菓子を楽しみにしているのだから。
自分の為に作られた物を味わう瞬間は至福。
とりあえず一つ、と梅丸が缶からハリネズミをつまみ取る。
差し出されたら拒否など出来ないじゃないか。
仕方なさそうに嵐山は目を閉じて、尖った歯で食い付く。
甘いカボチャのクッキーとローストされた香ばしい胡麻。
何とも優しい味に、今日だけはもう少し柔らかく接してやろうと思った。
クッキー缶を開ければ、小さなハロウィンパーティの始まり。
あれもまた梅丸にとって思い出を詰めてきた物か。
宝箱を見せてくれたのは、耳打ちで明かす秘密にも似ている。
それなら嵐山も答えなければ。
「紅茶淹れてやるよ、とっておきのやつ。」
「ん、それなん?良い缶なんね。」
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作中のクッキーが此方。
ちょうど作ったところだったので、画像もあった方がイメージしやすいかと。
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2017.10.31 ▲
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