fc2ブログ
林檎に牙を:全5種類
ささくれた唇を合わせれば互いに棘を刺す。
甘い空気を味わいたかっただけなのに、そこから生まれるものは。

「あーぁ……」
「何なん、退屈そうに。」

思わず嵐山が零した声は、色気どころか食傷気味の響き。
梅丸としては心配にもなるだろう。
別に飽きた訳ではないし、原因は違うところにあるのだけれど。

キスに血の味が絡むようになると、冬の足音が聴こえた気がする。
また苦手な季節が巡って来てしまった実感。


二度目のシャワーを浴びたら、深夜の空気はすっかり穏やかになっていた。
情欲なんて散々吐き出して、汗と一緒に流れた後。
満腹になれば食べ物の事をあまり考えられないのと同じである。

もう肌寒い季節、贅沢に暖房を効かせた部屋で浴衣姿。
紅茶とお菓子を添えての夜更し。


色白で中性的な嵐山に、滲んだ紅はよく映える。
情交の最中でもお馴染なので吸血鬼のように舐め取ってみる様もまた。
しかし、痛みは走らない。
どうやら唇を切ってしまったのは梅丸の方か。

「沁みるなら何か塗っとけば?」
「いや、俺がリップとか持ってる訳ねぇべ。」

男はリップクリームなんてあまり塗らない。
ケアしないので乾燥に弱いのは尚更。

梅丸も手の甲で傷を拭うだけで、至って無造作な後処理。
嵐山からすれば相手の血を舐めるのは性癖の一つ。
治療代わりで自分が舌を這わせても良いのにとすら思いつつ、何もせず。


視線は外さないまま、カップの紅茶を一口。
ノンカフェインのアップルティーは甘い香りで舌にも優しい。

梅丸の分も渡すのは却って意地悪になってしまうか。
冷めているなら傷を洗い流すには丁度良いが、まだ湯気の立つ温度。
刺激が強くては痛みも増すだけ。

そうかと思いきや。

「俺も欲しい。」

此方が気を遣ったと云うのに馬鹿じゃないだろうか。
梅丸に呆れた目を向けつつも、トレイごと押し付けてやった。
もう沁みても知らない意思表示。
中で魚でも跳ねたかのように、カップの水面が一つ揺れる。


しかし、梅丸が欲しかったのは紅茶でなかったらしい。
カップを素通りした手は蜂蜜の瓶へ。

フレーバーティーは甘い方が美味い。
それに林檎にはよく合うからと、砂糖よりも蜂蜜を添える。
固い蓋を開ければ透き通った琥珀色。
華奢なスプーンの先を受け入れて、ゆっくりと沈む。


スプーンに口を付ける訳にもいかず、骨張った指で掬い取ってから。
這うような粘度で垂れる蜂蜜の雫。

単に食べ方が下手なのか、甘い物が好きだからと欲張ってか。
梅丸が唇全体で味わう様は何だか子供じみていた。
蜂蜜くらいで喜ぶなんて安上がりな事だ。
笑ってやりたいところなのに、同時に艶っぽくもあって目が離せず。


「ユウも要るか?」

まだ指先に纏わり付く蜜。
零れ落ちそうになって、嵐山は伸ばした舌で受け止めた。

ブランケットの下で温められていた梅丸の片手はしっとり汗ばんでいる。
そちらで触れられると、痺れに似た感覚。
頬が冷たくなっていた事に初めて気付かされた。

自分よりも硬い指先に舌を絡ませれば、不似合いにも甘い味。
単に蜂蜜の所為と知りながらも妙な感じだった。


「……もう良いよ、喉渇いたし。」

おしゃぶりを離して、戯れは程々で終了。

こうした餌付けの習慣はいつからか染みついてしまったもの。
別の意味でも甘すぎて口腔が気怠いくらいだ。
今更、色気なんて要らないと云うのに。


「ところで灯也、お茶欲しかったんじゃないの?」
「いや、蜂蜜だけで良い。傷に効くって本で読んだんさ。」
「僕は今のでお茶もう一杯欲しくなったよ……、ポットだけ返せ。」
「ん、蜂蜜入れるか?喉にも良いから。」

やたらと蜂蜜を勧めてくるのは何なのだろう。
そんな事しなくても、使うからお茶のトレイに載せたのに。

疲労ならお互い様、受け入れた後なので梅丸は身体にも多少の痛み。
それも素直に啼いて声を嗄らすなら可愛らしいものを。
いつだって耐える為に低く唸るばかり。
蜂蜜で喉を労わったりする必要なんてあるんだか。


ポータブルDVDプレイヤーの画面には、見飽きてしまった映画。
気付かぬうちにエンドロールを迎えたって惜しくもない。

両者ともに映画の内容に触れもせず。
投げ掛けても横目程度。
何となく、物語に意識を裂いてしまうのは勿体なくて。

それで良い。

夜の時間は、スプーンから流れ落ちる蜂蜜と同じ緩やかさ。
絡み付く甘さを持ちつつも一匙で充分。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ


スポンサーサイト



2017.12.01