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林檎に牙を:全5種類
「さよなら三角、また来て四角……」
「四角は豆腐、豆腐は白い。」

無意識だった歌は独り言として唇から零れていたらしい。
続きは何でもない空気で神尾に拾われる。
大袈裟だがまさか思いもよらず、繋げられると気恥ずかしさは尚更。
小さく笑ってしまった遼二は俯いて顔を隠した。

息を合わせる必要なんて無いのに、恋人でもあるまいし。


紅玉駅ビルは数多くの店や人で賑わう。
寄り道に最適なファストフード店、一角のテーブル席ではお茶の時間。
紙コップとジャンクなスイーツでは優雅さと程遠いが。
男子高校生ではこんなもので充分か。

むしろ、これでも今日は特別だ。
いつもなら秘密基地に持ち寄りの品でだらだら済ませるところ。
此処に寄った理由は目当ての物があって。

「ところで急にどうしたの、さっきの。」
「いえ、昔CMで歌ってたなと。」

遼二が指先だけで器用に開いてみせた、油の滲んだ紙ケース。
今年も限定発売の三角チョコパイ。
寒さは苦手でも、此れを食べに行く事が冬の楽しみ。

注文で迷いがちな黒と白。
二人分なので今日は両方ともテーブルに並んだ。


別に、パイを食べるだけなら一人でも良かったのだけれど。
神尾とは二人きりでもデートではない、決して。
単に劇団稽古前の腹ごなしで着いて来ただけ。

音楽準備室の外では飽くまでも友人として、指一本触れないまま。
共に過ごす時間が増えていく事自体は絆されそうな危機感がありつつも。


いや、無駄な事に思考を巡らせている場合ではなかった。
折角お茶の時間だと云うのに。
こんな妙な気分を味わう為などではない。
気を取り直して、まずは黒い三角形に遼二が歯を立てる。

一口齧ればパイが崩れた鳴き声。
幾重にもなる層に、熱々のチョコレートが流れ出した。
濃厚で粘り気のある甘味が舌を灼く。


「おれ初めて食べた、すごく甘い。」
「チョコですからね。」

神尾も白の三角形を頬張り、零れたチョコレートを舐める。
初めての味は予想外に甘かったようで、少しだけ驚いた目をしていた。

明らかに高カロリーなので一口で参ってしまう者も居るだろう。
遼二からすれば中毒になりそうな味だが。
歯科医の親を持つので甘い物を制限されて育った子供。
今でこそ自由に食べられるからこそ、こうして反動は確かに現れていた。

身にならないからと調子に乗るのは厳禁。
しかし食べる量が多いので、涼しげな風貌の遼二も食事時は年相応に少年らしい。
そう見えるのは、神尾が向かいに居るだけ色濃く対比。


神尾の唇に纏わり付く、細かなパイの欠片。
剥がれれば舞い落ちる白雪。

美しい顔立ちをしているだけ、こんな仕草すら様になる。
遼二もそれなりに整ってはいるが種類が違う。
黙っていると神尾はまるで端正に作り上げられた人形じみているのだ。
それだけに、物を食うとやはり生き物かと納得する。


「早未はあんまり好きな物言わないから、今日は珍しいね。」
「……そうですか?」

取り止めの無い会話、若しくは重くない沈黙。
春からの付き合いで二人の間に流れていたのはそんな空気だった。
相手の事などよくは知らないまま。

かと云って、わざわざ交換するような情報なんてあっただろうか。

チョコパイも今日は成り行き、好きだとか教える程の事でも。
思い出やそういった物だって特にない。
ただ毎年欠かさずに食べていたから、半分は義務感でもあり。


「僕だって神尾の好きな物とかよく知りませんけど。」
「ん、知りたい?」
「いえ、別に……そう云う訳でも。」
「おれは早未と過ごすの好きだけどね。」

ああ、力加減を間違えた。
腹を押してしまったパイからチョコレートが溢れ出す。


時折、こうして口説く台詞を混ぜてくる。
踏み込まれたら困るくせに。
神尾からすれば無意識だからこそ何でもない顔なのだろうけれど。
動揺してしまった遼二の方が変ではないか。

苛立ちを隠して、チョコレートを味わう。
ベタつくものの甘さで気を落ち着けるには丁度良い。


「……神尾のそういう所は好きじゃないです、僕。」
「どういう所?」

説明してやるなんて面倒の極み。
遼二が答える訳もなく、パイの残りを口に詰め込んだ。

チープなトレイに点々と散った、黒と白の雫。
それぞれ色で違うチョコレートの香りは誘惑によく似ている。
裏表なんて知りたくもない。

触れたら最後、きっと指先から泥沼への始まりだから。



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2017.12.16