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お菓子の始まりは、ボールにたっぷりのバターと砂糖。
力一杯に掻き混ぜれば白いクリーム、溶いた卵が加わればふわふわ。
そして特別な日を祝うならただ甘ったるいだけじゃ物足りない。
ジンジャー、シナモン、ナツメグの量は慎重に。
昔、スパイスは魔法の材料だったと云う。
一匙ずつ振れば、少しだけ魔法使いの気分を味わう。
「なぁ、今日は何作ってきた?」
「白ちゃん、良い鼻を持ってるね。」
その前に「おはよう」の挨拶だろうに。
朝一で白部に呼び留められて、伊東は思わず笑ってしまった。
12月の朝、始業チャイムを前にした教室はまだエアコンが動き始めたばかり。
一晩掛けてよく冷えていた空気を温めるには時間が必要。
そんな中でも嗅ぎ当てられたらしい。
姿は隠されていようと、微かに混じった焼き菓子の香り。
それに愛用の赤いパーカーは暖かいが、スパイスも吸い込んでいたようだ。
首元を防御するフードに鼻先を埋めてみると伊東も納得した。
食べ物を狙う時、白部の尖った目はさながら狼。
良識は弁えているので他者から無理に奪うなんてしないけれど。
童話の悪役じゃあるまいし。
そもそも、最初からそんな必要など無いのだ。
好きで与えるのは伊東の方から。
こうして今日も大人しくお菓子の袋は白部の手へと渡った。
普通よりも浅黒い色の人形や動物の型。
真っ白なアイシングで描かれた顔やボタンがよく映える。
開封されれば、もっと強くなったスパイスの存在。
クリスマスで定番の一つに数えられる、ジンジャークッキー。
料理部の活動は週に一度と気楽なもの。
毎回、上級生が数人で話し合ってから何を作るか決める。
ただし同じ料理でもレシピは色々。
部活で取り組む前、実際にはどんな味か家で作ってみてからの採用。
部員達へ持って行く試食はまだあるので、白部に一袋くらい問題無し。
新生徒会長に決まったばかりで伊東も忙しいのだが。
部活も責任があるのだ、お菓子作りは気分転換になるからと引き受けた。
人形や動物のクッキーはメルヘンチックな愛らしさ。
アイシングを絞って模様をつけるのも、きっと楽しめるだろう。
寄せ合った机に広がるクッキーに、ペットボトルのカフェラテ。
授業が始まるまで残すところ10分。
お茶の時間としては短く、あまり優雅にとはいくまい。
それでも昼食まで待つなんて出来やしないのだ、白部には。
まず一つ、摘ままれるクッキーの坊や。
狼に噛み付かれれば、乾いた音で折れて頭と胴が真っ二つ。
「甘いんだか辛いんだか、何か不思議な感じの味だな。」
「美味しいって言ってよぉ……」
クッキーの肌が浅黒いのもスパイスの所為。
辛さが効いている分、甘いアイシングとのコントラストが舌にも鮮やか。
お供にはミルキーな飲み物がよく合う。
アイシングの層で厚い分、少し硬めのクッキーは噛み応えがある。
ゆっくりする間は無い筈なのに一枚ずつ味わって、朝の一時。
悪役が似合う外見の白部だが、これでも可愛い物好き。
猫のクッキーを翳すと、確かに頬が緩んだ。
しかし口に運ぶ様子は無し。
歯を立てれば崩れてしまうので、早く食べたい気持ちと葛藤もあるのだろう。
「ね、要らないならボクが貰うけど。」
少し意地悪をしてみたくて、伊東が横から手を伸ばす。
笑いを堪えた素知らぬ顔は此方も役者。
そうして指先を掛けた瞬間、阻まれた。
慌て半分で白部にクッキーごと包んで握られた手。
ああ、ある意味とても情熱的。
そんなに強く掴まれたら割れてしまうのに。
「オレに、くれたんだろ?」
「そんな必死にならなくても。」
スパイスの香り立つ唇。
牙を見せ、もう虜になって欲しがる。
魔法は確かに効いていた。
白部の方から離れたりしないように。
その為なら、昔から幾らでも与えてきたのだから。
今日も赤を纏っていようと、伊東はサンタクロースでない。
赤ずきんだっていつまでも少女でいられないのだ。
成長して、知恵を付けて、魔法を覚える事も。
合わせた掌の熱で溶けかけたアイシング。
真白を舐め取って、魔法使いは飽くまでも無邪気な表情。
疚しい物は全部甘さの下に隠して。
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力一杯に掻き混ぜれば白いクリーム、溶いた卵が加わればふわふわ。
そして特別な日を祝うならただ甘ったるいだけじゃ物足りない。
ジンジャー、シナモン、ナツメグの量は慎重に。
昔、スパイスは魔法の材料だったと云う。
一匙ずつ振れば、少しだけ魔法使いの気分を味わう。
「なぁ、今日は何作ってきた?」
「白ちゃん、良い鼻を持ってるね。」
その前に「おはよう」の挨拶だろうに。
朝一で白部に呼び留められて、伊東は思わず笑ってしまった。
12月の朝、始業チャイムを前にした教室はまだエアコンが動き始めたばかり。
一晩掛けてよく冷えていた空気を温めるには時間が必要。
そんな中でも嗅ぎ当てられたらしい。
姿は隠されていようと、微かに混じった焼き菓子の香り。
それに愛用の赤いパーカーは暖かいが、スパイスも吸い込んでいたようだ。
首元を防御するフードに鼻先を埋めてみると伊東も納得した。
食べ物を狙う時、白部の尖った目はさながら狼。
良識は弁えているので他者から無理に奪うなんてしないけれど。
童話の悪役じゃあるまいし。
そもそも、最初からそんな必要など無いのだ。
好きで与えるのは伊東の方から。
こうして今日も大人しくお菓子の袋は白部の手へと渡った。
普通よりも浅黒い色の人形や動物の型。
真っ白なアイシングで描かれた顔やボタンがよく映える。
開封されれば、もっと強くなったスパイスの存在。
クリスマスで定番の一つに数えられる、ジンジャークッキー。
料理部の活動は週に一度と気楽なもの。
毎回、上級生が数人で話し合ってから何を作るか決める。
ただし同じ料理でもレシピは色々。
部活で取り組む前、実際にはどんな味か家で作ってみてからの採用。
部員達へ持って行く試食はまだあるので、白部に一袋くらい問題無し。
新生徒会長に決まったばかりで伊東も忙しいのだが。
部活も責任があるのだ、お菓子作りは気分転換になるからと引き受けた。
人形や動物のクッキーはメルヘンチックな愛らしさ。
アイシングを絞って模様をつけるのも、きっと楽しめるだろう。
寄せ合った机に広がるクッキーに、ペットボトルのカフェラテ。
授業が始まるまで残すところ10分。
お茶の時間としては短く、あまり優雅にとはいくまい。
それでも昼食まで待つなんて出来やしないのだ、白部には。
まず一つ、摘ままれるクッキーの坊や。
狼に噛み付かれれば、乾いた音で折れて頭と胴が真っ二つ。
「甘いんだか辛いんだか、何か不思議な感じの味だな。」
「美味しいって言ってよぉ……」
クッキーの肌が浅黒いのもスパイスの所為。
辛さが効いている分、甘いアイシングとのコントラストが舌にも鮮やか。
お供にはミルキーな飲み物がよく合う。
アイシングの層で厚い分、少し硬めのクッキーは噛み応えがある。
ゆっくりする間は無い筈なのに一枚ずつ味わって、朝の一時。
悪役が似合う外見の白部だが、これでも可愛い物好き。
猫のクッキーを翳すと、確かに頬が緩んだ。
しかし口に運ぶ様子は無し。
歯を立てれば崩れてしまうので、早く食べたい気持ちと葛藤もあるのだろう。
「ね、要らないならボクが貰うけど。」
少し意地悪をしてみたくて、伊東が横から手を伸ばす。
笑いを堪えた素知らぬ顔は此方も役者。
そうして指先を掛けた瞬間、阻まれた。
慌て半分で白部にクッキーごと包んで握られた手。
ああ、ある意味とても情熱的。
そんなに強く掴まれたら割れてしまうのに。
「オレに、くれたんだろ?」
「そんな必死にならなくても。」
スパイスの香り立つ唇。
牙を見せ、もう虜になって欲しがる。
魔法は確かに効いていた。
白部の方から離れたりしないように。
その為なら、昔から幾らでも与えてきたのだから。
今日も赤を纏っていようと、伊東はサンタクロースでない。
赤ずきんだっていつまでも少女でいられないのだ。
成長して、知恵を付けて、魔法を覚える事も。
合わせた掌の熱で溶けかけたアイシング。
真白を舐め取って、魔法使いは飽くまでも無邪気な表情。
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2017.12.24 ▲
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