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無防備な素肌は季節の変わり目に敏感である。
例えば蛇口の水を浴びた手だったり、板張りの床に踏み出した裸足だったり。
夏は心地良くとも冬になると厳しいものになる。
容赦なく体温を奪い去り、しばらくすれば芯まで冷えて真っ赤。
そうやって四季を過ごしてきた家だった。
懐かしい場所なのに今となっては、何処か固く感じるくらい。
「叔父さん、こんなとこで何してんの?」
「宴会が億劫なのは分かりますけど、一人で勝手に行かないで下さいよ。」
そこに向けられる丸い目と吊り目。
正月の清浄な空気に満ちる縁側、小柄な甥達の影が落ちた。
日向に居ると、二つ並んだ褐色の頭はもはや眩しいくらいの明るさ。
呼び掛けられた肇は思わず切れ長の目を細めた。
同じく陽射しを浴びていた身だが、此方は烏の濡れ羽と云った黒髪。
クールビューティと評判の冷たく硬い色男だ。
幾ら暖かくとも溶けやしないが、表情は少しだけ物憂げな緩み方。
盆と正月は親戚が集まる機会。
しかし庄子家ではせいぜい姉二人の家族と弟が顔を出す程度だった。
他の血縁者が飛行機の距離なので仕方あるまい。
ご馳走と酒で居間の方は実に賑やか。
明るく軽快に喋り、盛り上げ上手の父が居るのだから当然でもある。
容姿も性格も母親似の肇にはあまり合わない。
脚本家の息子として、受け継いだのは文系の才能くらいか。
肇にとって酒は静かに楽しむ物。
確かに一人で居たのは宴会が苦手と云うか、感傷に浸っていたと云うか。
高校までなので、実家に身を置いていたのは人生の約半分。
姉が結婚して義兄が婿養子になり、甥の公晴が生まれ、自分も大学進学で家を出た。
海外にも行っていた事があり、隣街に住み始めたのはほんの数年前の事。
現在、肇の部屋はすっかり公晴の物である。
移動しても居場所が無いので一人になれる所なら何処でも良かった。
試しに、床も冷え切った真冬に靴下を脱いでの裸足。
実家らしく縁側で膝を崩してみた。
幼い頃、夏に聴いた風鈴や冬に雪の庭を眺めていた記憶を手繰り寄せながら。
当時に戻りたくなった訳でも、また此処で暮らしたい訳でもない。
ただ、忘れていた実家の匂いに酒が回ってきて妙な気分。
「……お年玉でもやろうか。」
ゆっくり振り返って甥達と向かい合い、何となく数秒の間。
無言を破って肇の口から出たのはそんな言葉。
「え、叔父さんの分ならさっき貰ったでしょ。」
「酔ってるんじゃないかな……」
公晴が首を傾げれば、隣の悠輝も眉を顰める。
宴会場にも酔っ払いだらけなのだ。
呑めない者からすれば「これだから大人は仕方ない」と言いたげな様子。
肇にだって分かっている。
酒は口にしたが、意識も記憶も本当は平常。
そうして懐から取り出した「お年玉」の正体。
軽く投げて寄越したら、片手を伸ばした公晴はうまく空中で捕らえる。
ああ、しまった、運動神経の差を忘れていた。
取り損ねた悠輝は慌てて二歩ほど下がり、危うく尻餅未遂。
そんなに大した物ではないのだけど。
「わーい飴玉だー。」
「叔父さん、からかうのもいい加減にして下さいよ。」
「子供にはそれで充分だ。」
当然、二度も金銭を渡すほど肇は太っ腹ではない。
食べ物が何より嬉しい公晴と、冷めた目で睨む悠輝。
怒っている訳ではなく失態を見られたのが恥ずかしいだけ。
対照的な二人の反応に、肇も細く笑った。
彼らが生まれたのはまだ高校生だった頃。
その赤ん坊も当時の肇と同じくらいまで育ったのだから、自分も年を取る筈だ。
離れていた時期も長かっただけ成長は急速なものに感じてしまう。
背は小さいままでも、少女のような顔立ちをしていても。
大人らしく余裕を見せてから、肇も包み紙を破く。
氷の欠片によく似た薄荷飴。
桃味が一番好みなのだが、今は此れが必要。
口へ放れば、たちまち冷たくなる舌。
ぬるま湯に浸っていたような気持ちと身体を凛と引き締めて。
さよなら、おかえり。
この家で肇はもう”お客様”の身なのだと。
過ぎ去った日々に別れを告げる。
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例えば蛇口の水を浴びた手だったり、板張りの床に踏み出した裸足だったり。
夏は心地良くとも冬になると厳しいものになる。
容赦なく体温を奪い去り、しばらくすれば芯まで冷えて真っ赤。
そうやって四季を過ごしてきた家だった。
懐かしい場所なのに今となっては、何処か固く感じるくらい。
「叔父さん、こんなとこで何してんの?」
「宴会が億劫なのは分かりますけど、一人で勝手に行かないで下さいよ。」
そこに向けられる丸い目と吊り目。
正月の清浄な空気に満ちる縁側、小柄な甥達の影が落ちた。
日向に居ると、二つ並んだ褐色の頭はもはや眩しいくらいの明るさ。
呼び掛けられた肇は思わず切れ長の目を細めた。
同じく陽射しを浴びていた身だが、此方は烏の濡れ羽と云った黒髪。
クールビューティと評判の冷たく硬い色男だ。
幾ら暖かくとも溶けやしないが、表情は少しだけ物憂げな緩み方。
盆と正月は親戚が集まる機会。
しかし庄子家ではせいぜい姉二人の家族と弟が顔を出す程度だった。
他の血縁者が飛行機の距離なので仕方あるまい。
ご馳走と酒で居間の方は実に賑やか。
明るく軽快に喋り、盛り上げ上手の父が居るのだから当然でもある。
容姿も性格も母親似の肇にはあまり合わない。
脚本家の息子として、受け継いだのは文系の才能くらいか。
肇にとって酒は静かに楽しむ物。
確かに一人で居たのは宴会が苦手と云うか、感傷に浸っていたと云うか。
高校までなので、実家に身を置いていたのは人生の約半分。
姉が結婚して義兄が婿養子になり、甥の公晴が生まれ、自分も大学進学で家を出た。
海外にも行っていた事があり、隣街に住み始めたのはほんの数年前の事。
現在、肇の部屋はすっかり公晴の物である。
移動しても居場所が無いので一人になれる所なら何処でも良かった。
試しに、床も冷え切った真冬に靴下を脱いでの裸足。
実家らしく縁側で膝を崩してみた。
幼い頃、夏に聴いた風鈴や冬に雪の庭を眺めていた記憶を手繰り寄せながら。
当時に戻りたくなった訳でも、また此処で暮らしたい訳でもない。
ただ、忘れていた実家の匂いに酒が回ってきて妙な気分。
「……お年玉でもやろうか。」
ゆっくり振り返って甥達と向かい合い、何となく数秒の間。
無言を破って肇の口から出たのはそんな言葉。
「え、叔父さんの分ならさっき貰ったでしょ。」
「酔ってるんじゃないかな……」
公晴が首を傾げれば、隣の悠輝も眉を顰める。
宴会場にも酔っ払いだらけなのだ。
呑めない者からすれば「これだから大人は仕方ない」と言いたげな様子。
肇にだって分かっている。
酒は口にしたが、意識も記憶も本当は平常。
そうして懐から取り出した「お年玉」の正体。
軽く投げて寄越したら、片手を伸ばした公晴はうまく空中で捕らえる。
ああ、しまった、運動神経の差を忘れていた。
取り損ねた悠輝は慌てて二歩ほど下がり、危うく尻餅未遂。
そんなに大した物ではないのだけど。
「わーい飴玉だー。」
「叔父さん、からかうのもいい加減にして下さいよ。」
「子供にはそれで充分だ。」
当然、二度も金銭を渡すほど肇は太っ腹ではない。
食べ物が何より嬉しい公晴と、冷めた目で睨む悠輝。
怒っている訳ではなく失態を見られたのが恥ずかしいだけ。
対照的な二人の反応に、肇も細く笑った。
彼らが生まれたのはまだ高校生だった頃。
その赤ん坊も当時の肇と同じくらいまで育ったのだから、自分も年を取る筈だ。
離れていた時期も長かっただけ成長は急速なものに感じてしまう。
背は小さいままでも、少女のような顔立ちをしていても。
大人らしく余裕を見せてから、肇も包み紙を破く。
氷の欠片によく似た薄荷飴。
桃味が一番好みなのだが、今は此れが必要。
口へ放れば、たちまち冷たくなる舌。
ぬるま湯に浸っていたような気持ちと身体を凛と引き締めて。
さよなら、おかえり。
この家で肇はもう”お客様”の身なのだと。
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2018.01.02 ▲
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