林檎に牙を:全5種類
*R指定描写(♂×♀)
貧しさから乱世ばかりと声の限りに叫ぶ者は、決して数多い訳ではない。
国が少しずつ治安を取り戻しつつある?

否。

飢餓も苦困も、此処に住む者達にとって、『当り前』のものとなっているからだ。


食べたければ、どんなに辛い事であっても働かなくてはならない。
其れもまた、当り前の事。

しかし幼い子供を雇ってくれる所など、其れはほんの一握り。
身寄りのない者が稼げるほど甘くはなく、実際、盗みに走るのは子供の方がやや多い。

危険ではあるものの、一度に大きく稼げる仕事というのは――やはり身売りだ。
「売春は世界最古の職業」と昔の誰かの言うように、其れなりに存在理由というものが在る。
だが、乱れた街だからこそ縄張りやら何やら、勝手に作られた規律は厳しい。

そして、子供が独りで身体を売ろうなんて……、先ず無理な話。

そんな事しようものならば、壊されて路地で冷たくなっていることなど目に見えている。
只でさえ、屍が転がっている事など特別珍しくもない街だというのに。
其れを処分するのを仕事としている貧民も居るなど、なんと皮肉なのだろう。

子供を性対象にするような者達を探す事自体は、割に容易くもあるが。
この世の中、人間など其れこそ多種多様、性癖も同じく。

だからこそ、少女娼婦と客の間には『仲介人』という者が要るのだ。



「おう、珍しいな……、お前が起こされねェで降りてくるなんざ。」
「んー……、起きたのはさっき。部屋から見えたのってやっぱりクロだったんだ、」

ほわりとあくびばかり繰り返して古びた階段を下りる足、
目を擦って、リンファは玄関スペースに立っている男をぼんやり見た。

今は適当にも櫛を通している黒い髪。
先ほど窓から路地で発見した其れと、確かに同じものだ。
午後の光が上から射し込んで、やや褐色がかっているのが判る。

1階は荒れが酷くてとても居住には向かない。
無機質な其の中、外と同じ程の冴えた空気に、錆を含んだ低い声はよく通った。

小奇麗にした身なりで仲介人が訪ねて来るのは、仕事の時。

顔だけ見せると、リンファもまたのろのろと部屋に引っ込んだ。
仕事着の中から最初に目についた物に袖を通して、
其の分という訳でもないのだが、髪は丁寧に。
だが、其処は客の為ではなく、彼女自身の勝手であって自己満足と云ったところ。



「ねぇ、今日はちょっと早いのね?」

一連の身支度はさっさと済ませ、リンファは車の助手席のドアを閉めた。
先に乗り込んでいたクロスはハンドルに手を伸ばして、少し難しい表情を作る。

「此間ちっと遅れたのはマズかったからな……
 まァ、客はお前の事気に入ったみてェだからまた指名はあるだろうが、」
「あぁそう……、それで今日は何処?」

始めた説教はあっさり流される。
口を閉じて間が空けば、時間は長いだけリンファのペースとなって此方の敗け。
まぁ、聞き流されるのは彼女にとって都合の悪い事に限らず。
人の話など参考程度にしか聞いてない節があるのだ、この娘は。
もういい加減クロスも判ってるので、問いに答える。

「お前のお得意さん、だ。」
「……フィセル?」

挙げた名前にも隣の男は無言のままではあったが、
当たり、らしい。


子供しか抱けないなど、技術に自信がない、若しくは大人の女は怖いとかの理由だろう。
実際、今までのお客にも明らかな其の類は居り、
今日の客――アーネスト・フィセルもそうではないかと、リンファは踏んでいる。

世の乱れはまだまだ治まりそうもない。
この街で名の通った資産家の息子が少女愛好趣味だと云うのだから。
確かに、頻繁に買うなど余程羽振りが良くなければ出来る事ではないが。
少女娼婦は非合法なだけに通常相場よりも高い。
その為、春を売っている少女はスラム街に何人も潜んでいる。

クロスが言った通り指名の多い客なので、もう何度目なのかも判らない。
別に、其れは娼婦にとってはどうでもいい事ではあるが。
取り合えず、ここ2~3年は他の客よりも相手をする事が確率的に高い。

だが子供とは言ってもリンファは今年で17歳、もう女性に近い。

それでもそう云った客からも指名があるのは、小柄な上にやや幼い顔立ちの為だろう。
身体のラインも、守られた環境で生活している同世代の少女達に比べて未発達。
成長期に餓えを経験した事も起因しており、此処で育った子供は大抵がそうだった。
――もっとも、其の全てが年頃を迎えるとは限らないが。

それでいてベッドでのリンファが纏う空気を濡らす、深く絡みつくような甘さ。
少し眠たげな眼も、歳不相応な艶を感じさせた。



いつも指定してくるこの宿は隠れるように建ち、昼も夜もほとんど人目には付かない。
歓楽街の方ならば専用の宿は幾らでも在るのに。
そこは、余程に世間体という人目を気にしてのことなのだろう。

する事は同じだから何処であっても大して構わない。
それに、内部は其れなりにちゃんとしていて居心地の良さを感じる。

シャワーを済ませた後でベッドに並んで腰掛け、
濡れた金色の髪をタオルと櫛で梳いていく。
他人の髪を扱うのも好きなので、この時間が一番良い。

「本当にキレイな髪ねー、相変わらず。」
「ああ……、どうも、」

アーネストの方は軽く頷いて曖昧に笑んだ返事だけで、また部屋は静かになる。
このまま会話を続ければもっと彼だってリラックスできると云うものだが。
しかし、そうなると此方がリードする事になるのでリンファはこの方が気楽だ。

そっと指先で触れ、髪から若い男の横顔へ視線を移す。

やや神経質そうな印象も受けるが、顔の造りは決して悪くは無いと思う。
この容貌ならば女が放っておかないだろうに。

タオルで簡単に叩いただけの黒い髪から雫が零れ落ちた。
伸ばされたアーネストの手が無造作に掻き上げて、曝け出された彼女の左耳は空。
ピアスはシャワーを浴びる前に外し、紙切れに刺して上着のポケットの中。
これは彼を相手する時の決まり事の一つ。
見てると痛いと言うのだ。

その手で少々強引にも引き寄せられて、リンファは櫛を置いた。
唇を啄ばまれて、するりと舌を絡ませる。

普段抜けるような白い華奢な身体は、湯上がりで微かに紅い。
コーラルピンクのキャミソールは捲り上げられて、もう邪魔なだけの物。
甘く噛み付かれると彼は悦ぶ傾向がある、
首筋に顔を埋めたリンファに表情は判らなかったが、肌に這わされる指が確かに震えた。
掴まれた肩を押され、白いシーツへ雫と香りと共に黒が散る。

腰の辺りに圧し掛かった男の手が、然程大きくはない胸を包み込む。
きつく吸い付かれて、攻められる側に徹底した。

何度も相手をしているだけに肌が馴染む感じがする。
其れは向こうも多分同じだろう、
金で買って、買われて、培われた感覚。


一概に悪い人間なんてリンファは言わない。
そんな人間が居るから、今、生きて此処に居る。
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2012.02.03