林檎に牙を:全5種類
*R指定描写(♂×♀×♀)
少女娼婦と娼婦の相違点は何も年齢の事だけでない。

合法でなく、仲介人を通して春を売る少女達は、行為に慣れていても所詮は『素人』。
利用する客が求めるものは未熟な身体だけでなく、申し訳程度の抵抗や涙。
其れを捩じ伏せるという欲望を満たす為に。

だが、少女達も其れなりに強かなもの。
巧みに演じ、腹の底では相手を嘲て金を受け取っている。


リンファは、演技などしない。

抵抗の言葉ひとつ上げず、さりとて身体を投げ出した訳でもなく、
僅かに挑むような姿勢。
其れは泣かせてみたいという嗜虐心を煽り立てた。

黒い髪が乱れて張り付き、ほんのりと紅に染まる濡れた肌。
眠そうな瞳が水を張ったように潤めば、男も女も背筋をざわめかせた。

即ち、彼女が相手するのは男だけではなく。



「……お前、そんな顔で客の相手すンなよ?」
「え?んー、判ってるわよー……」

いつだってぼんやりとしたような表情なので、微かな変化は近しい者にはすぐ判る。
仕度を整えて車に乗り込んだリンファに、クロスが苦笑いした。

富豪相手の娼売とは云えど、資産や階級によって報酬にもややバラつきがある。
其れを思えば、今日の仕事はかなりレベルが高い。
客は此処ら一帯で屈指の家の婦人。
零細気味である彼の処には、滅多に舞い込んで来るような事ではない。

生活の糧を得る事を天秤に掛ければ、其れを蹴る理由らしい理由にはならないが。
過大とも言えた額を聞いても、リンファには少しだけ浮かない色。

女は絶頂にも度合いがあるので、同性の相手を満足させる仕事は倍疲れるのだ。
一方的に此方が受け身になる時ならば、ともかく。

同じ女ならではのツボをついた、とかよく云うが、そんなのは所詮一般論。
少なくともリンファはそう思っている。
まぁ其の点では、男の方はとても判り易いと言えよう。
嫌悪感を考えれば女同士の方がまだ良いのかも知れないけれども。



「アンタが俺の相手って?」
「……違うけど。」


其処らの宿など、とても比べ物にはならない程の豪勢な寝室。

生意気な瞳と言葉を投げたのは、14~15の、黒髪の少年だった。
人並みからやや外れて整った顔立ち。
木綿のシャツを羽織っただけの、薄く筋肉の付いた細身。

彼も人魚なのは明白。

人魚と云うのは何も女ばかりじゃない。
この少年も、リンファと同じく何処からか雇われたのだろう、
クロスの処は少女のみしか扱っていない。

しかし、だ。多人数でとはそんな事リンファは聞いてない。
一言も零さなかったところから察するに、クロスの方も知らなかったと云う可能性も高く。

「客と人魚の区別も判らないって……、新米ね?」
「まぁ、そうなるかなー。そんじゃ、そっちはよっぽど経験あるんだ?」
「これでも7年目よ。」
「それは失礼しました、お姉さん?」

いちいち癇に障る口振り。
気にしても仕方が無い事なので軽く息をつき、彼女もベッドへ腰掛けた。
上着を脱いで、指先で髪を弄りながらぼんやりする。

それから、僅かにリンファには引っ掛かる点が一つ。
『此れ』も考えたところで仕方が無い事だが。

今回の客は何故、わざわざ二ヶ所から人魚を呼び寄せたりしたのだろう?

こんな街だ。男女両方を扱っている処など、探せば幾つも在る。
単なる性欲処理なら誰でも良いだろうに……


「……ッ……」

思案は浅いところで途切れる。
背後からするりと巻き付いてきた、シャツの腕。


「じゃあさぁ……、お姉さんが教えてよ?」

耳に唇を寄せ、からかいと吐息混じりに囁かれる。


「……大した根性じゃないの、私を口説こうなんて。」
「だって抱かれるのが仕事じゃん、俺もお姉さんも。」

……これだから、サカリのついた頃の男は嫌なんだ。

「その辺にしとかないと、使えなくしてやるわよ……、坊や?」



声を零す婦人にリンファの舌先が絡み、口付けの水音が熱を上げる。
その間も彼女の肌を滑っていく、婦人の細い手と豪奢なスリップドレスの感触。

濡れた部分が擦れ合って、もう一つ水音。
一糸纏わずシーツに沈んでいる少年に跨り、腰を揺する婦人のスカートの中。
其処までに至るまでの、先程と打って変わった、少年の可愛らしい態度に甲高な悲鳴。

よくもまぁ化けたもんだ。
薄目を開けて、思わずリンファは感心してしまう。


「……貴女は声を上げないのねぇ、退屈?」

それまで撫で擦るようだった婦人の手が、不意に顎を掴んで此方を向かせる。
絡むような甘い声。

硬くなっていた乳首をきつく摘み上げられて、リンファの瞳が潤んだ。
淡いラベンダー色のスリップの下、豊かな胸の頂点も尖って、布を押し上げている。
其の反応に含み笑いを零し、胸から離れた指は、ゆっくりなぞるように下腹部を目指す。

行き着いた脚の付け根、マニキュアの指先が赤い芽を弾いた。

「……ぁ……ッ」

強い刺激に背と黒い髪が跳ねた一瞬、
息の途切れた少年の瞳が、此方へ薄く笑った気がした。





身支度を整えた後、人魚達はクロスの居る別室に通された。
寝室はすっかり満悦した婦人が眠りに就いている。

たかだか風俗の人間を待たすにしては広い空間に、どれも高値であろう調度品。
金という物は在る処には在るのだ、
こうやって塞き止められてしまっているのであって。

クロスが執事から金を受け取り、そろそろ、と思っていた矢先。
少年の方も雇い主が、扉を開けた。


「お前のところかよ……」
「……口は慎んだ方が身の為だぞ。」

苦く呟いたクロスを、冷ややかにグラサージュが睨み付けた。

冷たい容貌に陰りを落としている髪は、極淡い金。
其れが、前髪から覗く左眼の鋭さと眼帯の『異質』をより際立たせていた。
堅気の人間でなくとも怯んでしまうような。
だが其れは、彼と同じ程の武技と剣を持っていなければ、の話。

裏社会での職とは常に危険が付き纏う。
営業の水人(娼売人)はそれなりの器と、夜を渡って行く力量が無ければ到底務まらぬ。
二人とも其々腰に下げている剣は、血を流さずを得ない状況を幾度も掻い潜って来た。

が、クロスの吐き出した言葉は彼に対してではない。


「経営者自ら来るとはご苦労ねー……」

短な遣り取りで空気の少し冷えた部屋、
また一人、女性ともつかないような青年が足を踏み入れた。


緩やかな歩み、耳に掛かる辺りで切り揃えた髪が音を立てず揺れる。
夜の始まりの空に似た艶やかな紺碧。
息をついたリンファを見受け、端正な顔立ちに柔らかく笑みが浮かんだ。

この笑みと中性的な容姿からは、とても思いもよらぬだろう。
二十代後半には見えない程に若い、この彼こそが、街に於ける娼売の第一人者と。


「ああ……、やっぱりリンファさんでしたね、読みが当たりましたv」
「……それって?」

全てを見透かしていたような言葉。
其の意味を図りかね、やや眉根を顰めたリンファが問う。

「いえ、今回は黒髪の男の子と女の子、とのご注文だったんですがねぇ。
 僕から言って、女の子の方は其方へ回して差し上げたんです、
 モルダーさんのところは弱小ですから、さぞや経営大変でしょうとv」
「……譲ってやった、て?」
「いやー、リンファさんも苦労しますよねぇ……この人の下になんか居てv」
「下じゃないわよ、仕事仲間。」


そう云う事か。

この少年を見た時から、リンファと同じ疑問を持っていたクロスは苦い顔で理解した。
今日の全ては彼の口添えがあった故……それならば合点がいく。

「そうかよ……、だったらそんな仕事の金なんざ要らねェ。
 もともとお前のモンになる金だったんだろ、全部持ってけ。」
「……ちょっとアンタ、勝手な事しないで。誰が稼いだと思ってんのよ?」
「そうそう、折角の好意なんですからー……」
「……『好意』だ?嘘言うな。」
「おや、気に障りました?モルダーさんでもそんな自尊心あったんですねぇ。」

誹謗の言葉すらも柔らかな響きの声で。

其れが、却ってクロスの苛立ちを煽らせると知っての故意。
自尊心や意地じゃ食って行けないのだ、この世の中は。


「カルロ、」

此方の分の報酬を支配人に持たせ、余韻も残さず去ろうとする背中。
呼ばれた名前、青い髪は淀みなく揺れる。


「使いならグラサージュ一人で充分でしょ、直接嫌味言う為にわざわざ来たの?」
「いいえ、其れは違いますよ。
 ……ただ、貴女の顔が見たかったんです。」


「やっぱり」と、彼は始めにそう言っていた。

注文は『黒髪の少女』とだけ。
其れがリンファだと云う保証など、何処にも無かったのに。

「相ー変わらず勘が宜しい事で。」
「はい、ちょっと自慢ですv」





「ねぇ。あのお姉さんさぁ、オーナーのコレ?」
「……お前が口を挟む事じゃない。」

わざとらしく小指を立てる少年の質問は、グラサージュに切り捨てられる。

「じゃあ、貰っても構わないよねぇ?」

ずっと沈黙のまま問いに応じぬ当人の答えを、否定と取ったのだろう。
少年の口調が変化した。

「女同士より男の方がイイだろうし?よっぽどスキモノじゃなきゃ、こんな職――」


冷たい『何か』が喉の奥を突いた。
反射的に咳き込もうとした少年の、見開いた目が凍りつく。


口を割っているのは、拳銃。



「もう黙るなら此れは仕舞いましょう、僕だって君を撃ちたくありませんし。
 大事な『商品』ですから……、ねぇ?」


柔らかい声と人当たりの良い笑み。
構える男は一寸すらも崩さず、飽くまでも。
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2012.02.03