林檎に牙を:全5種類
自称『萌えの人』、セルカーク・バノック(29)は語る。



「やっぱねー、萌えコスと来たら猫耳とメイドが一番だと俺は思うんよー。
 でも、東洋で流行ってる猫耳メイド?アレは宜しくない。
 合わせ技ってのはバリエーション広くなっけど、単品本来の萌え要素がなぁ……

 それにさ、猫耳だったら「ご主人様」、メイドだったら「旦那様」じゃん?
 コレって如何思うよ、モルダー?」


……何て応えろってンだ、お前?

意味なんてものが全く理解できない、尤も、有ればだが。
第一、別にクロスは解かりたくもない。

そんな事お構いなしに、目の前の男は喋る喋る。



クロスが現在居る場所は連れ込み宿。
言葉足らずは誤解を招く、
ただし、此処は一般の客室ではなく事務室である。


業界の言葉で表すならば、今は人魚が泳いでいる間。
仲介人が時間を持て余すのは珍しくない。
娼館のように、相手と場所を共に提供するシステムならば兎も角。

情事と云うのは相応しい場所も選ぶ、
その為、宿屋が娼売人と顔馴染の事はよくある。
茶を出してくれるのは良いが、経営者のバノックと向かい合うといつもこうだ。

バノックはコスチュームと云う物に尋常ではない拘りを持っている。
否、ロマンとでも言うべきだろうか?
どちらにしろ、理解できるものではないが……
少なくともクロスには。

赤い髪に長身、暗紅の眼。
バノックの特徴を挙げれば此れだが、そんな男は探そうと思えば幾らでも居る世。
が、ここまで風変わりな男は彼の他には居まい。クロスの確信。

まぁ、彼も本気でクロス相手に応えを望んでいる訳ではない、
聞いてくれる者が欲しいのだろう。


「オーナー、まぁたそんな話長々と……」

開いたドアから苦い声。
溜息もそこそこに、箒を持った女性従業員のシオンが長い黒髪を揺らした。
サイドだけは肩に掛からぬ程度の長さ、耳は見えない。


「モルダーさん、リンリンもうちょっと掛かりそうですよ?」
「あァ?」

即ち、それは此の状況も同じくと云う事で。
あまりに不吉な言葉に、思わず聞き返す。

「『お仕事』は済んだんですけど、今ちょっとコーニッシュが借りてます。
 服作ってあげる約束してたから寸法計るとか……すぐ終わるから、て。」
「んじゃさぁ、シーぴょんも休憩してお茶にしねぇ?」
「はいはい、まだ掃除あるから後にしてねー。」

巻き添えにされるところをシオンは適当にあしらい、さっとドアが閉まる。
一瞬、クロスへ送った視線は同情。

ちなみに、リンファを「リンリン」と呼び始めたのはバノックが最初。
何故か其れがコーニッシュとシオンにも伝染り、今に至る。
バノックが親しい者にニックネームを授けるのはいつもの事だが。

いや、そんな事より。

「なァ、如何でもいいが其の頭は何だ……?」
「コレ?こないだハニーがやってくれたんだけどさぁ、気に入ったんで♪」
「お前幾つだよ……」
「まーだ20代だもん。」

そう言うバノックの髪は可愛らしく二つに結われ、伸び放題。
クロスより5つ下なので、20代なんて今年で最後の筈だが。

「……とうとうイカれたンかと思った。」
「何を今更。」

不敵に唇を軽く歪めて言い切り、カップの紅茶を一口。
あまりに潔くて、いっそ男らしい。

報酬は先に払われ既に手元、逃げる言い訳はクロスに無い。
兎も角、講義は暫しの延長。
付き合わされる方の溜息は長いが、もういい、慣れた。
とっくに空になっていたカップに紅茶が注がれて、腹を括る。

懐を探って取り出した、潰れかけた煙草の箱。
咥えてから気付いた。
あー、しまった、ライターは車の中。

「……火ィ貸してくれ。」
「シーぴょんがココ掃除したばっかだからダメ。俺だって喫いたいの我慢してんの。
 ほれ、口寂しいんならチョコでも食うか?」

くすんだガラスの器をクロスへ差し出し、自分の口にも一粒投げ込む。
チョコレートには気分を高揚させる成分が含まれる。
どれだけ効くのかは客次第だが、此の宿全ての部屋に常備しているのである。

「……其れは要らねェ。」
「ん?好き嫌いは良くねぇぞ。」

歯を立てた煙草を虚しく外し、苦く一言。
軽く首を傾げながら器を下げたバノックに、クロスの気持ちは解からない。



事の後にきちんと湯で汗を流したのだが、何処か先程の情事の匂いが残る。
リンファの纏う空気は色が香り立つ。
其の艶が年齢よりも幼い顔立ちに不釣り合いで、尚の事。

「はい、腕上げて……よし、」

薄いシャツ一枚の彼女に触れるコーニッシュの手に、情欲は無い。
事務的に、黙々と必要最低限の動きでメジャーを使う。

「平静なのね?」
「いや、そんな事ないけど。流石にドキドキしてる。」

苦笑しつつの応えは確かに動揺混じり。

下着の上に直接身に着けるものなので、服を着たまま計ると誤差が多少生じる。
とは云え、此処には二人だけであって密室。
幾ら何でも肌を晒す格好になる訳にはいかず、上着とニットだけ脱いだ。
リンファが気にしなくても。


「里帰り、如何でした?」

ニットを被って、リンファはようやく息をついた。
シャツから染み込んできた冷気が、途端に溶けていく。

「ん、親元気だし、周りも相変わらず。やっぱ離れてるから様子気になって、」
「あら、お客さんに拉致されそうになったから……て訊いたんですけど?」

寸法をメモしていたペン先が、紙の上で曲がる。

「……何で知ってんの?」
「笑いながら話してくれたわよ、シオンさんが。」
「何だよ、俺はすっげぇ怖かったんだぞ!」
「言わなくても解かるわよ。私も、あったから。」

其の言葉に、半泣きの表情で叫んだコーニッシュが黙り込む。
同病相憐れむ、
大きな手が、リンファの頭をポンポンと叩くように撫でた。


「えと、其れに関して具体的な事は訊かないわ、言いたくないだろうし。
 コーニッシュさん、『こーゆーとこ』で働いてて自分は如何なの?」

前からちょっと訊いてみたかった事。
リンファが初めて来た時には既に作業服を着てたので、十代からだろう。
突然の問いに対し、コーニッシュと云えば少し驚いた顔。

「そりゃリンリンくらいの時は。俺らの故郷、重婚OKなくらいだし恋愛は自由だったさ。
 ……でも、したいだけの時期過ぎたし。」
「それまでは?」

質問したのは確かにリンファだが。
彼女の知るコーニッシュは、裁縫の他にも家事全般を器用にこなして性格も穏やかな方。
そこらの女性よりも良妻賢母のスキルを持ち合わせているんじゃないかと思う。
したいだけ、で行為に及ぶと云うのは……ちょっと想像つかない。

だけど無い訳じゃない、

結び付かないと云うのは、勝手な先入観とかに過ぎず。
他人の深い場所までは誰も分からないのだ。


「それで何でそんな事訊くのさ?男心なんて解かってると思ってたけど。」
「だって。寝た事無いもの、コーニッシュさんみたいな人と。」
「凄い言葉使うねぇ、リンリン……『みたい』って何?むっつりか?」
「あら、そんな事言ってないわよー?」

恍けた口調で返すと、コーニッシュは苦く笑って誤魔化した。
それでも、頭を掻きながら小さく不器用な声で続ける。

「建前だけに聞こえるかもだけど、俺は……、別にセックスしなくっても良いと思う。
 一緒に居て楽しけりゃ、それだけの関係だけだって良いんじゃないかね?

 どっちかが我慢してて全然出来ないのも、それはそれで考えものだけど。」


「……コーニッシュさんって乙女ね、確かに『男』だけど。」



他の何かと替える事など出来はしない身体。
布を服に変えるのも、他人の情事の後始末をするのも、女を抱くのも。
すべて、此の手が為す事。

それぞれ違う色を持っているのは、誰もが同じ。

リンファだって。


其の人の全てを知りたいか、と云うのは……
それは自分次第であって。
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2012.02.03