林檎に牙を:全5種類
*R指定描写(♂×♀)
もう秋だと云うのに、太陽の熱線は衰えずにカーテンの外側を焦がす。
裏腹に乾いた空気の肌寒さ。
しかし、宿の部屋は何も身に纏わなくとも熱で痺れる。

柔らかく圧し掛かるのは、汗ばんだ小さな身体。
シーツに寝そべったまま指を滑らせると、溜息のように啼いた。


初めて触れた時は、折れそうな細さよりも肌の薄さに息を呑んだ。
爪先を立てれば容易く破れてしまうと思って。
それでも、熱く柔らかい。

膝立ちに顔を跨れ、逆さまに抱いた小振りな双丘。
薄い翳りを押し開けば、赤い裂け目は微かに水音を立てる。
挿した指先から滴る蜜。
伸ばした舌先で舐め取って、唇でも啄ばんだ。


下腹部にも彼女の口腔の温度を感じる。
絡む唾液で溶けそうな程。

先端をゆっくりと転がされて、息も切れ切れになる。
臨界点も遠くはない。
一握りの疚しさすら、呑み込んで熱を上げていく。


堪えきれずに何度も呻きながら眼を閉じる。
細かな震えの中、果てた。






移り香が追い掛けてくる。


数時間前にはリンファを抱き締めていた袖、
鼻先を埋めていたアーネストの呼吸は、深く静かに。

否、追い掛けているのは自分の方か。
香水の名前は訊かなかった、訊けなかったのではない。
ただ、意味が無いと思ったのだ。
彼女が纏ってこそ、初めて『此の香り』になるのであって。


少女と呼ばれる年代の人魚達は、強い香水など振り撒かない。
無垢さを演出して石鹸の匂いを好む。
それは、艶より幼い清潔さを売り物としているからだ。
仕方なく身体を開いた、との哀しさも被って。
人魚である時点で彼女達は強かなのだが、夢を見て騙されるのは男の性か。

だが、リンファは如何だろう。
年齢よりも幼く見える顔、しかし艶然とした仕草を不意に見せる。
其れは決して少女の物ではない。
そしてまた、無理に背伸びしての物でもない。


此れは砂糖菓子のような甘さではないのだ。
涼やかに濡れた花の香り。
蜂を誘う為だけに匂わせる、密やかさを以った媚薬のような。

こんなに明るい陽の下でも乾かず、湿り気を残す。



「おっ帰りなっさーい、坊ちゃーん。」

疲れた足のまま、何となく向かってみた中庭。
ヘアピンで留めた金髪、目立つ翠のピアスが跳ね上がる。
石の音が聞えそうな勢いで青年が声を掛けた。

ついでに洗濯バサミで指を挟んだらしい、シャツを落とした。


「坊ちゃん言うな、ダリオール。」
「お帰りなさい御主人様、が良かった?」
「何の話だ……」
「こないだね、酒場で会った面白い人が語ってたの。」


仮にも、此れが主人に向かっての態度なのだろうか?
雇われている人間は玄関先で並んで出迎えるものだろ。
少なくとも、こんな無遠慮な奴は今まで屋敷に居なかった。

アイヴィ・ダリオールと云ったか、確か。

彼の眼と同じでよく動く、耳元の大粒の翠。
白と紺の制服には少々派手か。
確かに周りは良い顔をしないものだが、そうそう家政夫など目に留めない。
ピアス一つで格式に響く訳でも無し。


仕事を投げ出したりはしないが、本当によく雇われたものだと思う。
無駄に広いだけの屋敷の中、
こうして砕けた接し方をするのは、此のアイヴィくらいであり。

自分に取り入ろうとしているのか、とも最初は思った。
違う、と確信したのはすぐ後。
それにしては行動が浅過ぎる、元々計らいなど無いのだから当然か。

こいつは単に変な奴なんだと思い直した。




手早く拾い上げられても、一度は芝生に落ちたシャツ。
視線がぶつかる。
アイヴィは顔で笑うものの、誤魔化しきれてはいない。

「汚れなかったし、3秒ルールじゃダメ?」
「阿呆、お前自分の立場解って言ってるか……?」
「そんなっ!怒られちゃうよー。」
「俺の知ったことか。」



中庭はそう広い訳ではないものの、緑が小奇麗に切り揃えられている。
もう随分と高くなった太陽、
それでも目に突き刺さるほど満ちた光に秋花が揺れていた。
今更だがあまりにも乾いた良い天気で、毒気も抜かれてしまう。

「どうかした?」
「いや……お前は悩みなさそうで良いな。」
「そんな事無いよ。坊ちゃんの悩みって彼女?」
「…………あ?」

しまった、とばかりに口を噤むものの少し遅かった。
アーネストの反応も肯定を示すようなものなのだが、気付かなかったらしい。
思わず掴み掛かってしまったのが逆効果だったか。
逃げ腰のアイヴィは恐慌状態。

「誰にも言ってない!言ってないよ!」
「落ち着け、別に口止めに消そうって訳じゃないだろ……」

呆れ半分、自分でも驚くほど静かな口調。
其処に動揺は隠れている事にはアイヴィは気付いてないだろう。
頭を掻いて緩やかに抵抗を解く。

「何で知ってる?」
「いや、探ってたつもりとかは全然無いよ、これは本当。
でも時々どっか出掛けて、髪濡らして帰ってくるから……」
「あぁ、」
「それと……女の子の香水の匂いするし、長い髪が服に付いてる事あるし。」

それだけ揃えば証拠は充分か。

仕事ぶりは抜けていると思いきや、余計なところに気が回る。
予想外にも鼻の利くアイヴィに内心戦いた。
其れはすぐに長い溜息に変わる。
少なからず後ろめたさを感じていた事、晒してしまうと楽になった気がして。


「ココには連れて来ないの?一回見てみたいなー。」
「あまり大っぴらに出来る相手じゃない。」
「え、人妻なの?」
「…………」

自分のものじゃない、だけど他人のものでもない。
再び、鼻先にあの香りが蘇る。
不意に刺されたような痛みにアーネストが口を噤んで、話は打ち切り。


もしも相手が人魚だと明かしたら?

アイヴィは蔑むだろうか。
それでも構わず今まで通り接するだろうか。


「……くだらない事考えたな、」

たかが一介の家政夫に明かす必要など何処にも無いだろうに。
形取った言葉は唇だけで。
確かめるにはアーネストの口は重過ぎて、そう思い直す。

午後に降り注がれる陽の光は強く強く、其の分だけ出来る影は濃い。

NEXT →

スポンサーサイト

2012.02.03