林檎に牙を:全5種類
涼やかな秋の風は他の季節とは違って甘い。
見回したところで花は無いのに、何処に居ても空気は淡く橙色に感じる。

鼻先をくすぐる金木犀は人を穏やかにするものだが、クロスには溜息の原因であった。
どんなに拭っても甘ったるさは消える事など無く。
其れが、彼にとって気を滅入らせる。
いっそ強い香りに触れればすっきりするかもしれない。

其の隣には、白いフリルの塊。

華奢なリンファにゴシックロリータドレスは良く映える。
綺麗に巻かれた黒髪から覗く冷たい輝き、今日のピアスは見慣れぬ銀色。



仮装を選べと言われても、2人揃って視線を逸らして閉口してしまうのは毎年の事。
そして、衣装を見繕ったバノックの着せ替え人形になるのも毎年の事か。

年頃のリンファは、少しくらいはしゃいだって良い筈だが。
お祭り事など疲れるだけだと考えるクロスは兎も角。

「お菓子が貰えるのは嬉しいわよ、でもイベントって興味あんまり無いわ。」

此れは、数年前のハロウィンの台詞。
まだティーンエイジャーを一歩踏み出した頃のものだ。


髪を整え、コートの代わりに防寒は黒いマント。
吸血鬼の格好をさせられたクロスの表情はいつもの事だが苦く。
ちなみに今年のテーマはバノック曰く、生贄役のリンファとセットらしい。


ただでさえ花の芳香で噎せ返りそう程だって云うのに。
混じるは、今日のもう一つの主役であるケーキやチョコレートの匂い。

Trick or treat?

言われなくても幾らでもくれてやるさ。
何なら残らず全部持って行ってくれ、甘い物など見たくも無い。


「歯ァ溶けそうだ……」
「ん?モルダー、虫歯??虫歯のヴァンパイアって格好悪ー。」


一番楽しんでいるのは誰よりもバノックだろう、
茶化すような言葉も、度の無い眼鏡のブリッジを押し上げながら。

緩めのネクタイと珍しく皺の無いシャツに、羽織られた黒いジャケットスーツ。
バノックにとってはフォーマルスタイルこそ仮装なのか。

と、思いきや。

頭部からぴんと立ち上がって存在を主張する黒猫の耳。
やはり彼が彼である所以。
カチューシャ部分を隠した赤い髪、一本の三つ編みが背中に流れる。



「じゃ。ハニーとの一周年記念日だから、デートしてくんねー♪」


どうやら彼なりに気合の入った格好だったらしい。
チョコレートの詰まった袋とは反対の手をひらり此方へ、
声も向かう足取りも軽い。

背中を見送りながら、クロスは牙を嵌められた口に煙草を一本。
横目でライターの火を見入るリンファには気付きつつも、呼吸は深く。

こんがり焦げた砂糖とバター、リキュール、バニラ、果実の雫……そして金木犀。
少しずつ冴えていく風の匂いを色付かせる。
一握りの苦い毒が混じったところで掻き消えてしまうが、それでも安堵を齎せた。


「クロ、私にも頂戴。」
「其の格好でか?」
「だからよ、バノックの前で喫おうとしたら泣かれるもの。」
「今日くれェ『こっち』にしとけ、子供はな。」


破いて丸めた淡いグリーンの包み紙。
ローズの口紅の引かれた唇に、無骨な指がミントキャンディーを押し当てる。

要求と違う物であってもリンファに拒否の余地など無く。
透き通った粒を引き込んだ継いで、
其れはせめてもの報復か、忌々しげに指先を噛まれた。
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2012.02.03