林檎に牙を:全5種類
昼食が済んで2時間少し、そろそろ腹にも余裕が出来る。
身体が大きい分だけ許容量もあるバノックには仕事に身が入らなくなる頃。
空腹の足しに齧っていたテーブルのチョコレートも、残り僅か。
煙草も切れていては紛らわす事も出来ない。

「お邪魔します、お土産ありますよv」

だから、ケーキ持参でカルロが現れた時には思わず奇跡を信じてしまった。
調子が良い?
そんな言葉など言われ慣れている。


「バノックさん、視力弱かったでしたっけ?」
「ああ、コレは伊達よ。掛けてた方が気持ち引き締まるからさー。」

帳簿をつけていたバノックの指がフレームを弾く。
透明なプラスチックは反動で跳ねる、
其の下でカルロを見返す瞳も、楽しげに揺らいで。

「お待たせしました、まぁ一杯どうぞ。」

顔馴染となれば対応も慣れたもの。
トレイに乗せたコーヒーのセット一式、運んで来たのはコーニッシュ。
給仕が恭しく注げば、客はにっこりと返す。

「なんだよ、俺が頼んでも淹れてくれないくせにー!」
「セル兄はお客さんじゃないでしょ、てかシオンに頼みなよ。」
「いや、シーぴょん「2階の部屋にジョニーが生えてた」て殺気立ってたし。」
「あー……、」
「どちら様ですか?」
「うちの用語でカビのことです、命名はこのオーナー。」
「あ、ちなみにムカデがピエールねー。」

和やかに言っても食べる前にする話じゃない。
早々に切り上げて、コーニッシュは持ち場へと戻って行った。
とりあえずカップに口をつけて一息。

土産の包みを剥がすと、綺麗な焼き色のシフォンケーキが顔を出す。
コーヒーの温かい香りに甘さが混じる。
まだ冷め切っていないふわふわは少し切り難い、
温めたナイフを手早く一気に引いた。

「ちょうど甘い物食べたかったんだよなぁ、若旦那グッジョブ!」
「ありがとうございます、美味しそうに食べてもらえるのは最大の賛辞ですねv」

軽い口当たりでフォークは進む。
暫くは柔らかな甘みを愉しんでいたが、不意に話は変わる。

「ところで……、今日はバノックさんにお誘いのお話がありまして。」
「何よ?て、じゃコレって貢ぎ物?」
「半分は、ですねv」
「食べた後じゃ断りにくいじゃんー、話は聞くけどさ。」

尚もケーキを頬張りながらバノックの耳は傾く。
態勢が整うのを見計らって、懐を探るカルロの手は名刺を差し出した。
『秘密結社 ブラッディーローズ』
陽光を弾く漆黒の中、細い銀色の会社名が浮かび上がっている。

「最初は僕もスカウトされた身だったんですけどね……、実は副業始めたんですよ。」
「黒い名刺なんて初めて見た、エライ格好良い会社名やね。」

どんな時でも、飽くまでバノックのペースは崩れる事は無い。
他に言う事など山ほどあるだろうに。
四隅に描き込まれた薔薇と髑髏、存在感は洒落を通り越して物々しさすら感じる。
会社名に続いて明記されているのは住所、電話番号、
それから、

「もしかしなくても、この『魔弾公爵アシュトロス』て若旦那かぁ?」
「はい、僕の役職ですv」
「とりあえず偉いんは解った、うん。そんで、どーゆー会社?」
「そうですね…………、サービス業?」
「ちょーっと待ちぃ、なんで若旦那まで疑問系なんだよ。」
「主に、なんですけどね。遅れましたが、コレ見た方が早いかもしれません。」

テーブルの上でカルロが広げたパンフレットを覗き込む。
表紙に基調とされるのは鮮烈な黒と赤。
一枚捲れば、ゴスロリを纏った男女の姿が続く。
会社案内と云うよりはファッションカタログだと言われた方が納得する。

遅れながらも、雰囲気は違うがほとんど見慣れた顔が並んでいる事に気付いた。
馴染みの酒場の花形、其の相棒、そして目の前の茶飲み友達。
いつぞや共に杯を交わした、銀髪の妖艶な女性も。
初めて目にするのは金髪を結った華奢な男性くらいだろうか。
よく見れば、隅に小さく写っているクマとウサギも居たが。
つい写真にばかり気を取られながらも、バノックは案内の文章に目を通す。

「あー、何となく解ったわ。でも俺、キャラ的に耽美系ムリなんだけど大丈夫かね。」
「バノックさんには肉体労働の面でお願いしようと思いまして。」
「この『募集』のトコ?」
「はい、アットホームな雰囲気で楽しく働けますよ。質問とかあればどうぞ。」
「……ある。大事なこと訊いときたいんだけど、」
「何ですか?」


「そこに…………、制服はあるのかね?」
「勿論ですv」


めでたく交渉が成立したのは言うまでもなく。
晴天と平和とコーヒー、
それだけの日常なんて満足できやしないのだ、二人揃って。
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2012.02.03