林檎に牙を:全5種類
視界を遮る白、白、白。
見慣れた景色を塗り潰していく真白。


カーテンを開いて早々、バノックは顔を顰めた。
隙間の薄明かりがやけに弱いと思っていたら雪とは。
陽が昇らない朝は匂いがしない。
そう云えば、昨日は寒々しい灰色曇り空だった。
最近そんな日は多いし、翌日は晴れの流れが続いていたから油断していた。
ベッドで怠惰を貪っている場合などではない。
宿の仕事に雪掻きが追加され、溜息。

こんな事ならば、湯上りの体温に任せて寝巻きを脱ぐのではなかった。
目を閉じたまま毛布の中から投げた桃色の上下は、冷たい床に。
寒い日に裸で居る事は、戦場で鎧を脱いでいる事に匹敵するほど心許無い。
まぁ、どうせ着替えるのだし手間が省けたと考えるか。
そろりと下着のままベッドから抜け出し、クローゼットに手を掛ける。
最初に目についた服を掴んだ、其の時。

蹴り飛ばされる勢いで開け放たれる、部屋の扉。

「いつまで寝てんの、今日は休みじゃないでしょセル兄!」
「キャーッ!!」

ノックも無く飛び込み、母親に似た声で怒鳴り付けたのはシオン。

咄嗟に胸を隠して叫んだバノックを冷ややかに一瞥。
「殴って良い?」と拳を作る。
長い黒髪を纏め、大袈裟に着込んだシオンは武装完了。
此の地の特徴として、寒くても乾いているので滅多には積もらない。
ただでさえ東洋の血が混じっている為に寒さに弱いのだ。

「寒いよシーぴょん、ドア閉めてぇ……俺死んじゃうぅ……」
「私も寒いわ、別の意味で。」

廊下と部屋の温度差は相当らしく、流し込まれた冷えた空気に身震い。
死に際の声で背中を丸めて蹲る。
そうしたところで扉は静かに閉められたがシオンの呆れ顔は変わらない。
おふざけにいちいち相手していたら、彼女の方が疲れてしまう。
本当は肌など見られて困るものではない、
お互い家族よりも色恋に遠い位置に居るのだ。
シオンが居るのにも構わず、バノックは漸くシャツを被った。

「朝ご飯は熱ーいココア飲みたいな。」
「ソレって私に要求してんの?じゃなくて独り言?」
「えー、裸やら生着替えやら見せたんだから良いじゃんー。」
「等価がココア一杯って安い裸ね。」

着替えの間にもくだらない会話は続く。
厚着で肌を覆い隠して、櫛を通した赤毛は伸び放題の寝癖だらけ。
服は機能性重視でも髪だけは手を抜きたくない。
手早く結い上げて可愛い髪留めを使うか。
蝶にするか、花にしようか。
指先で迷いつつ鏡台に立つと、視線が向いたのは窓の外。
雪遊びに外へ飛び出す子供達。
寒さに負けず、スコップを握るの大人の重労働も知らず。

其の間にも、雪は降り止まない。
桜の花弁に似た優雅さを以って、ひらりひらり舞い落ちる。

詩人の唇は、神が世に振り撒いた白い天使だと謳う。
一片を手の平で受け止めれば儚く柔らかい。
しかし、其の正体は汚染された冷たい埃だとバノックは知っている。
白い物が無垢だと等号される考え方など、彼の中には無いのだ。

宙を踊り、じわじわと冬を白く汚していく雪。
甘く見て無防備に立ち続けていれば、体温を奪われ殺される。
この上なく無邪気な顔で。

「雪ってヤンデレだよね、シーぴょん。」
「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」

まったく浪漫が無いんだから、もう。
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2012.01.28