林檎に牙を:全5種類
太陽の見えなくなって間もない頃。
娼館や酒場が建ち並ぶ大通りは此の時間になると灯りが色を深くする。
誘われるのは決して蛾だけではない。
夜行性の者達が集まれば財布も緩み、朝まで極彩色のまま宴は続く。

しかし其処から一歩外れて店と店の間、細い路地には闇が濃い。
浅い夜の色は視界に入る物を空気に溶かす。

「おや……、」

するり、不意に其の闇から紺藍色が灯りに晒される。

直感や勘など普段なら当てにしないが、今回ばかりはリンファも少し悔いた。
嫌な予感はしていたのだ、
幾ら通り道とは云えど、何しろ此処はカルロの店の前。

「おや?」

二度目は短く、向き直って目の前のリンファに気付いたもの。
呆けていた口許が隙の無い笑みに変わる。

「こんばんはv」
「はい、こんばんは……何よ?さっきの。」
「さっき、と言いますと?」
「凄い馬鹿面。」
「リンファさん言いますね……あぁ、」
「んー?」

一度目の声は背後に向かってのものだった、そう言えば。
自分には関係ない事とも思いながらも、何となく訝しんで問い質す。

頷き一つ、少しだけ渋るような素振り。

「さっき、そこで確かに女の人と擦れ違ったんですけど……」
「誰も居ない、じゃない?」

手袋の指が差したのはカルロが現われた路地。
リンファもすぐに気付いた、其れは確かに在りえないのだ。
此の先の反対方向は行き止まり。
挟み込む厚い壁の抜け道と云えば、カルロの出て来た裏口のみ。
しかし、其の唯一の鍵は彼の手の中。

擦れ違ったとするなら何処へ消えたと云うのだろう。

「です、よねぇ……」
「また目ぇ悪くなったんじゃないのー?」
「広くはないですしねぇ、袖が擦れ合ったと思ったんですけど、」
「そう、」

発した言葉は二人とも途切れたまま、其の先は濁る。
考えても答えなど出ない無言。
終わらせるように、解けるようにカルロが笑む。

「今って逢魔ヶ時って云いますからね、化かされたのかもしれません。」
「よく言うわー、魔王が。」

昼と夜が混じり合って、魔物も闇から目覚め始める。
人魚達の甘やかな歌と纏う香りが満ち、男が惑わせられる刻。
此処が現実なのかも曖昧にさせる。
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2012.01.28