林檎に牙を:全5種類
浅い夢は蛙の声で消え去った。
寝静まった田舎道には夏の風物詩がよく響き渡る。
窓には視線もくれず、シーツに寝そべったまま公晴はただ聴いていた。

部屋は目を閉じても開けても真っ暗闇。
時計も読めないが、もう日付は変わっている頃だろう。

この頃は湿気で息苦しくて、眠りが浅くなりやすい。
普段なら寝つきが良い方の公晴もゆっくりと起き上がった。
何か冷たい物が欲しいところ。
面倒に思いつつも、忍び足で目指すは台所。


カーテンの閉め切った部屋と違い、廊下の窓からは眩しい月。
暗さに慣れた目を凝らし、手摺を握りながら一段ずつ階段を降りる。

丑三つ時の庄子家は灯りが残らず消えて、多少の物音では誰も起きやしない。
一家の稼ぎ頭、祖父が規則正しい生活を送る主義の為。
「寝る間を惜しんでも良い作品は書けない」と荒井新月は語る。
物書きは徹夜とばかり世間で思われがちなので、驚かれたものだった。


故に、まさか台所に先客が居たなんて心臓が止まりかけた。
流し台の蛍光灯で浮かび上がった人影一つ。


「……え、来てたの?何してんの、叔父さん。」

ホラー映画の1シーンじゃあるまいし、脅かさないでほしい。
散々見慣れた筈でも、自分が体験するとなるとまた違う。
ああ云うものはエンターテイメントだからこそ楽しいのである。
決して自分が怪物に襲われたい願望がある訳ではない。

影の正体とは、明かされてみれば拍子抜け。

端正な細面に切れ長の目はクールビューティーと云った風貌である。
背丈はそれほど高くないにしても締まった身体つき。
母と年が離れた30代だが、黒髪も肌も艶やかで実際より若々しく見えた。

この色男が祖父の息子だと云うのだから不思議である。
茶系の癖っ毛にどんぐり目なだけ、公晴の方がよほど似ているのに。

隣街で一人暮らしをしている叔父で、名は肇。
公晴が生まれた頃はまだ高校生だったので一緒に住んでいた時期もある。
自立心が高く、海外へも行っていたが数年前に帰って来た。
今は専門学校でフランス語の講師をしていた筈。


「ちょ、無言のまんまだと怖いよ、叔父さんてば……」
「素敵なお兄様と呼んでくれないか。」

それは、愛読しているホラー漫画の有名な台詞だった。
キャラクターを真似た肇は口端だけで笑う。

肇が独り立ちで実家を出る際、本棚一杯に残したホラー漫画の数々。
大御所の代表作から隠れた名作まで。
中にはやたらと古めかしい物もあり、不気味さが増していた。

絵本と一緒にそんな漫画ばかり捲って育ったのだ。
公晴が怪談好きなのは叔父の仕業。


それより、相変わらず質問には答えてくれない。
見れば分かるとでも言いたげ。
流し台の前に立つ肇は桃を持っている。
ちょうど剥くところに邪魔したらしい、そう云えば好物だったか。

丸々した薄紅色を見ていたら、公晴も喉が渇いていたのを思い出した。
身体に残る水分が唾になって溢れてくる感覚。

「桃良いなー、オレも食べたい。」
「冷蔵庫にもう一つある。」

欲しければもう一つ剥けと突き放す返事。
そう、分けてくれる訳が無いのだ、よく知っている。
公晴の分があるだけまだ良いと思わなければ。


桃はよく熟れていて、掌にひんやりとした重み。
生え揃った産毛の感触は丸まって眠る生き物を思わせる。

そう云えば生の桃なんてあまり触れる機会が無かったかもしれない。
柔らかすぎるので下手な力では崩れそうだ。
いつも食卓に上る時は既に切り分けられた状態、もしくは缶詰。
ただでさえ旬が短いので口にするのもいつ以来か。

こうなると、肇の真似をするより他に手は無し。
長い指が桃を弄ぶ様を黙って見る。

爪を立てた程度では破れないのでナイフの出番。
縦の溝に沿って浅く刃を滑らせて、ぐるりと一周する。
切り込みに溢れる甘い汁。
そこから皮を捲れば、真っ白な身が剥き出しになった。


「ベッドで服を脱がせるみたいだろう?」

肇が零したのは睦言にも似た低音。
思いがけない台詞に、公晴の持つナイフが危うく指に掠めてしまった。

何を言い出すのだろう、この人は。
「セクハラ」と口答えするのも蒸し返すようで躊躇われる。
同じ親戚でも酒飲みの中年男性なら笑い飛ばして終わりだったろう。
小奇麗な肇が相手だと、一時の冗談でも妙に色気を持つ。


甘い香りを漂わせながら滴り落ちる桃の蜜。
夜に沈んだ家の中、雫の音すら聴こえそうな錯覚をもたらした。

そうして飢えた吐息一つ、肇が桃に歯を立て始めた。
貪られる蜜の音は幻でなく今度は確かに響く。
あんな事を言われた後だ。
まるで情交の一幕を見ているようで、何だか落ち着かない。

その所為で出遅れてしまったが、公晴も桃に口づけた。
瑞々しい甘さが唇を濡らして喉が鳴る。
たちまち同じように溺れてしまったのは言うまでも無し。

暑さで渇いていた身体に沁み込む蜜。
獰猛なまでに柔らかな果肉を齧り、舌を這わせて味わう。
口も指もべたつきながら、それでも止まらない。
それこそ種一つになるまで夢中になった。




以来、桃を見るたび公晴はあの夜の出来事を思い出す。
舌先に蘇る蜜で唾液が湧いてくる。

今となっては夢だったのではないかと曖昧だけれど。

翌朝には肇の姿など無く、家族の誰もが来訪を知らなかったのだ。
そもそもあんな時間に居た事自体が奇妙。
実家なのだから好き勝手に振舞っていても問題ない、確かに。
それにしたって、忍び込んで桃を盗み食いするなど意味が分からない。


「あのさ、叔父さん……いや、やっぱ何でもないや。」
「何だ、言いたい事ははっきりしろ。」

本人に問い質せば真実は明らかになる。
後日顔を合わせた時に言い掛けたが、やはり途中で止めた。
訝る肇には笑って誤魔化す事にして。

不思議な事は解明しないままの方が素敵じゃないだろうか。
それは公晴が怪談を愛するのと同じ理由で。



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2017.07.20 
林檎に牙を:全5種類
「梅さーん、今帰り?」

鞄を下げて昇降口前、肩越しの声に梅丸は振り返る。
昔から友人達にはそう呼ばれてきたので、すっかり耳に馴染んでしまった。
高校に入ってから人数はまたもや増えた事だし。

声の正体は、そのうちの一人。

カラメル系の髪は嵐山に似ていて見慣れた色合い。
しかしふわりと癖がついて、髪だけでなく顔立ちなども全体的に柔らかい。
庄子公晴、嵐山の従兄で演劇部の先輩である。
広い学校なので部活の無い日に顔を合わせるのは珍しい。

「ん、まぁ……ユウ待ってたとこ。」
「時間大丈夫?バス通学だと時計見ながらの行動になるよねぇ。」
「そうだんべねぇ、だから今日は寄り道してから最後のバスに乗るんさ。」
「そっか、放課後デート楽しんできてね。」

そして梅丸と嵐山の関係も知っている。
「デート」なんてあっさりと口にする公晴は何でもない顔。

人柄も柔らかいのは外見通り。
下手に構うと棘を刺す嵐山とは対照的だ。
だからこそ、気難しい彼が心を許す数少ない相手でもある。


「そうだ、梅さん良かったらコレ食べない?」

おやつを持ち歩いている公晴は自分用だけでなく、人にもよく分け与える。
ちょうど小腹も減っていたので梅丸も歓迎。
そうして取り出された今日のお菓子はチョコサンドクッキー。
クマの顔を象ったクッキーにクリームが挟んである。

袋が振られて、気前よく何枚か梅丸の掌にクマが落ちる。
半分は嵐山に残してあげようかと思っていると。


「あ、ユウちゃんが来る前に食べ切っちゃってね。」

見透かすように付け加えられて、少なからず驚いた。
意地悪で言ったのではないだろうけれど、どう云う事なのやら。

「うーん……ユウちゃん、顔の付いてる食べ物苦手なんだよね。」
「何なんそれ?」

梅丸が首を傾げると、公晴が少し抑えた声で昔話を始めた。
それはまだ嵐山も公晴も幼児だった頃。

庄子家に遊びに来ていた時、おやつでひよこ饅頭が振舞われた。
可愛い物が好きな嵐山は大変喜んだ。
愛しげに眺めたり撫でたり、とうとう「飼う」とまで。

しかし残念ながら所詮は食べ物。
その時、食い意地の張った祖父が居合わせたのも悲劇だった。
「要らないのなら」と奪われて、頭から無残に食い千切られた悲劇。
嵐山が号泣した事は言うまでも無し。

「進撃の巨人でエレンが母親食べられた時と同じ顔してたよ。」

飽くまでも深刻そうな口調。
笑わせるつもりで言ったのではないらしい、どうやら。


祖父を恨むまではいかないにしても、幼少期のトラウマとは根深い。
それ以来、目鼻のある食べ物は明らかに避けているらしい。
「食べるのが勿体ない」と「顔が崩れると怖い」が理由。
ずっと親しい付き合いのある公晴が言うだけに、間違いないだろう。

そう云えば、貰ったクマを見ていると分かる気もする。
表面がひび割れて渋い顔が中に一枚。
なるほど、確かに直視していると何となく不気味だ。

言いつけ通り、クマは早めのペースで梅丸の口に消えていく。
噛み砕けばただのクッキー、そんなものだ。

「饅頭怖いって落語みてぇだんべな、意味違うけど。」
「いやー、ユウちゃんが怖いのは他にも……」

そこまで言い掛けて、公晴は口を噤んだ。
プライバシーにも関わる事なので喋り過ぎたと自重して。
何しろ自尊心の高い嵐山だ、知られたら不機嫌になると決まっている。

が、中途半端に切られては梅丸が困る。
恋人の事なら何でも知りたい、そう云うものだ。


「本人に聞くと良いよ、梅さんなら教えてくれるかもしれないし。」

ホラーを愛する公晴の方こそ果たして怖い物なんてあるんだか。
興味があるような無いような、何とも言えない気分。

そうして手を振ると、公晴は靴を履き替えて去って行った。
嵐山家の近所だが自転車なので通学時間が掛かるのだ。
よく食べる分だけ、それなりの距離があっても平気で毎日往復している。
そこも体力の無い嵐山と差が目立つ。

それにしても、難題を提示してくれたものだ。
弱みを見せたくない嵐山が自分から話してくれるとは思えないのに。




「ユウって怖い物とかあるん?」
「は?何だよ急に。」

全くもって予想通りの反応。
睨まれると却って笑いそうになってしまって、ますます訝られる。


合流してから学校の外、並んで歩きながらの会話だった。
街中に門を構えているので周辺を散策するだけで寄り道する店は事欠かない。
実際、お茶している早生学園生の姿は窓ガラス越しに何組も。
敷地は少し離れていても、幼稚園から大学まであるので年齢層が幅広い。

「いや……公先輩に会った時、そんな話になったんさ。」
「あぁ、そう。けどさ、訊ねる前に自分から言うのが筋じゃないの?」
「ん、俺?強いて言うんなら、でけぇカエルはあんまし触りたくないんねぇ。」
「灯也、カエル怖いとか女子かよ……」
「アマガエルとか小さいんは平気でも、サイズオーバーは別物だんべ。」
「まぁ、質感が気持ち悪いのは分からないでもないけど。」

予定を決めず、取り止めのない話を続けながらの足取り。
このまま時間が過ぎて行くのは勿体ない。
最後のバスと決めていても、刻一刻と迫ってきているのだ。


梅丸としては、何でも良いから食べたいのが正直なところ。
クッキーを摘まんだら空腹を呼び覚ましてしまった。

そんな時に視線を引き付けたのが、赤い看板に黄色のマーク。

「マックとかどうかねぇ、腹減ったし。」
「嫌だよ、何でよりによって……!」

軽い気持ちの提案だったのに、対する嵐山の声は思いのほか鋭い。
普段涼しい態度を崩さない梅丸が驚いてしまったほど。

確かに、お坊ちゃんなのでファーストフードは普段から口にしないだろう。
そこを考慮して反対するのは頷けるが、この返答は何かおかしい。
よっぽどハンバーガーが嫌いなのだろうか。

「よりによって、なんて何かあるん?全然分からん。」
「灯也……、本当は公君から聞いたんじゃないのか?」
「ますます分からん。」
「だから、僕が……ピエロ怖いって。」

やっと口籠りながらそう白状した。
恋人の欲目、観念した表情が拗ねた子供のようで可愛い。


溜息の後、嵐山は渋々と理由を話し始める。
嵐山家の近所には大型スーパーがあるのだが、昔はマクドナルドも入っていた。
その店頭には等身大のドナルド人形も。
小さな子供の身長からすると、それはそれは巨大。

見上げるたびに背筋が震えて、なるべく目を閉じて通り過ぎていたらしい。
ハンバーガーまで苦手になってしまったのは大袈裟かもしれないが。

ただでさえピエロはホラー映画でもよく怪物として登場する。
「IT」のペニー・ワイズなんて代表的。
公晴はB級の「キラークラウン」の方が好きらしいが。
面白いからと勧められた時、嵐山は丁重に断りつつ冷や汗ものだった。


此方を窺う嵐山は目に疑惑の色。
心配しなくとも、黙って聞く梅丸は笑ったりしない。
微笑ましいとは思っていても。

「まぁ、怖い物一つ二つあった方が可愛げあるべ。」
「可愛いとか、嬉しくないし。」

憎まれ口を叩いたところで、嵐山の表情にも何処か安堵が混じる。
重い物は吐き出し終えれば気楽。
やっといつもの調子に戻った、それで良いのだ。


まだこんなに明るい往来では繋がれないままの手。
それでも二人で出来る事なら沢山ある。
時間一杯、今日も共に過ごそう。

怖い物が人知れず蠢き出す、夕闇が迫る前に。



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2017.07.14 
林檎に牙を:全5種類



「・・・っ」

嵐山の鋭い牙が梅丸の肩に食い込む。
普段感情が顔に出ない梅丸も、痛みに顔を顰めた。

「いい顔」

俺の血を舐めながら、愉しそうに嗤う。
どっちがいい顔してるんだか。

薄暗い部屋の中、色白の嵐山の肌は更に白く浮かび上がり、
血とそれを舐めとる舌は赤く鮮やか。
妖艶な気を纏いながら俺を見つめる姿は、まるで吸血鬼のよう。

別にお前が何者でも構わない。
欲するままに俺を喰らいつくせばそれでいい。
ただ俺は、お前の欲望をすべて受け止めたいだけ。



ういちろさんから頂きました、嵐山君です。
嵐山君よく梅丸に噛み付くから吸血鬼みたいだよね、と前からういちろさんとお話してて
このたびイラストに起こしてもらいました(`・ω・´)

最近は二人ともすっかり穏やかになってるけど、ベッドではSMっぽい事やってるので
ダークな雰囲気にもなります。特に嵐山君は耽美似合う!
背景が濃いので髪のサラサラ感が割り増しになってて、表情が本当に色っぽい…
華奢なんだけども攻めっぽさがしっかりしてて格好良いです(*≡∀≡)+.:゜ウヘヘ

ういちろさんありがとうございました!

2017.06.29 
林檎に牙を:全5種類
読書とは孤独の時間である。
ページを開いている間は本の世界に浸り、一人きり。
内容が引き込まれる物ならば尚更。
視線で物語を追って、周囲の事など何も目に入らなくなってしまう。

だからこそ、それが面白くない者も居る。


「灯也、帰るぞ。」

現実へ引き戻されるのは不意の事。
少年誌を開いていたら嵐山に二の腕を抓られた。
暑さに負けて皆ほとんど半袖の季節だ、素肌なのでかなり痛い。

名残惜しくも時間切れ、本は棚へ。
此れ以上嵐山が機嫌を損ねないうちに梅丸は従った。


二人にとって馴染みのコンビニでのやり取りだった。
クーラーの効いた店内を後にすると、まだ強い陽射しが全身に刺さる。
慌てて包装紙を剥がしたアイスを咥えてクールダウン。
シロクマは練乳の甘さが舌に優しい。

かと思えば、横から嵐山に奪われて一口食べられた。
あちらも林檎のシャーベットがあるのに。
行儀が悪いのではなく、ただ先程の事で怒っているだけのお仕置きか。


「待たせて悪かったんね。」
「それより立ち読みとかやめろよ、みっともない。」

そこを突かれてしまうと梅丸も痛い。
買わずに済ませてしまうのは、店員にも雑誌にも申し訳ないとは思う。
実のところ前はきちんと購読していたのだ。
しかし数年も経てば連載陣も変わり、もう好きな作品は一つ二つだけ。

子供は漫画を読んで育つもの。
嵐山もそんな経験は無いかと訊ねてみれば。

「マナー悪いから立ち読みするくらいなら買えって教育方針だったよ、うちは。」
「あぁ、言いそうだんべねぇ。」
「そもそも少年誌は買わないよ。下ネタと水着グラビアでうんざりするし。」
「ユウって育ちが良いんね、やっぱ。」

アイスを奪われた後で言うのも何だが、別に嫌味ではない。
家や言動で分かる通り、嵐山はお坊ちゃん育ちだ。
加えて感性が乙女なのであまり下品な物は自分から避ける。
グラビアに関しては、同性愛者だからと云うよりも他人に興味が無いのが理由。


かと云って、嵐山も漫画を全く知らない訳ではない。
部屋には少年漫画のコミックが人並みに。
いずれも王道のヒーロー物ばかりだったか、趣味は何となく分かる。

家族共有の書斎にも大御所の作品集が揃っていたので、親も読むのだろう。
嵐山家は両親が弁護士。
法律関係の本とギャグ漫画が肩を並べているのは何だか可笑しみがある。
勿論、名作と呼ばれたシリアスな物もあれど。

「ホラーも幾つか読んだよ、公君が貸してきたから。」
「まぁ、出所はそこしかねぇか……ユウ、漫画は怖いの大丈夫だったん?」
「別に。むしろうちの叔父さんに似てるキャラ居て笑えたし。」
「何なんソレ、気になる。」

嵐山の従兄、公晴とは高校入学前から面識があった。
何も隠さず“恋人”として紹介される為。
人を寄せ付けない嵐山にとってそこまで信用している相手は珍しい。
幼い頃から兄弟のようでもあり、友達でもあった。

きっと二人にしか分からない思い出話も沢山あるのだろう。
梅丸が他人と交友関係を築いてきた事と同じように。


「そんじゃ俺も何か貸そうか?ユウの好きそうなん何冊かあるし。」
「ん、それは嬉しいけど……急に何だよ。」
「いや、俺ら普通に友達みてぇな事すっ飛ばしてきたから。」
「あぁ……」

そこから先は少しだけ無言が続く。

出逢った頃こそ子供だったが、何をして遊んでいたか思い出せなかった。
否、まともに友達だった時間なんて最初から無かったかもしれない。
お互い執着ばかりが先走って。

こうして共に過ごすようになったのも激情を晒し合った後だ。
漫画の貸し借りや他の友達とする事なんて、何だか今更。


「……僕は友達じゃ嫌だけど。」
「そうだんべねぇ。」

小さく袖を引かれて、呟かれる。
嵐山にしては素直に。
からかって笑うなんて出来ず、梅丸も同意を口にした。

甘い汗を掻き出すアイスを咥えながら初夏の道をだらだら歩く。
袖を摘まむ手が離れたら、握り返そうと密かに決めて。



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2017.06.24 
林檎に牙を:全5種類
嵐山家には空調や灯りが管理されているスペースがある。

何しろハリネズミの飼育には温度調節が必要。
年中エアコンが作動しているとげまるの部屋は一番過ごしやすかった。
カーテンを閉め切って薄暗く、此処だけは涼しい夕暮れ。


そんなガラスケースの城から離れて、微かな光源。
映し出される影は二つ。

ポータブルDVDプレイヤーは画面が小さい。
映画鑑賞にも肩を寄せ合わないとよく見えやしないのだ。
嵐山も梅丸も並んでエンドロールを眺め、何処となく呆けた雰囲気。
別に感動だとか浸っているだとかではない。

物語が終わっても動けないと云うか、動かない理由は。

「どうすんべぇ、次の観る?それとも下降りるか?」
「んー……なんか、どっちもダルいな。」

とげまるが寝ているので薄闇は保たねばならない。
そうなると映画鑑賞か、昼寝か、それくらいしかやる事は限られる。
かと云って、色事には踏み込まず。
嵐山のベッドでのみと固く約束して、未だに破られずにいた。


一歩外では夏の近付く暑い午後。
太陽も気が早いもので、既に気温は30℃を越していた。

クーラーなら嵐山の部屋やリビングにもある。
そちらへ移れば行動制限も無くなる、それは分かっているのだが。
しかし効くまでが長いのだ。
無人で閉め切った部屋はただでさえ熱気がこもっているのに。


退屈しきった嵐山は床に寝そべりつつ、構えとばかりに梅丸の手に絡まる。
戯れで口許に触れてみると、尖った犬歯に当たった。
いつも肌に喰い込んで傷を残す犯人。
こんな暗い場所に居ると、確かに嵐山は吸血鬼のようだった。

茶褐色の髪に色白、凶暴な辺りまで。
化け物とは惑わす為に美しい姿をしていると云う。
梅丸の血を舐める表情を思い出せば、あまりにも様になっていて納得してしまった。


冗談はさておき、退屈ならいっそ何処かへ出掛けるべきか。
宛てと訊かれると少し考え込んでから答えた。
例えば、温水プールだとか。
学校への通り道に施設があるので前から気になっていたのだ。

「絶対に嫌。僕が泳げないの知ってるだろ。」
「そうだんべねぇ……じゃあ……」

せめてと折衷案を挙げたら、渋りながらも頷かれた。
そうと決まれば腰を上げて。
夕暮れの部屋を出て、太陽の下へ帰る事にした。




ぬるめの湯に身体を沈めて、汗が流れ落ちる。
肩まで浸かると思わず息も漏れた。

「ユウのとこの風呂は広くて良いんねぇ。」
「あぁそう、そりゃ良かったな。」

大理石の壁に囲まれて二つの声が小さく反響する。
バスタブの中、密着したままの身体。
突発的に始めた行水遊び。


陽射しはライトグレーの壁をますます明るく見せる。
やはりリゾートホテルを錯覚させて、自然に身体の力が抜けていく。

初めて風呂場に通された時もこんな暑い日だったか、そう云えば。
あの時は一緒に入る事を嵐山は拒否していたのに。
今となっては肌を晒すのも慣れたもの。
ただ、意識していない訳ではない。


梅丸の膝を肘掛けに、胸は背もたれ。
こうして嵐山の椅子にされるのは服を着ている時も同じ。
素肌なので下腹部だけは落ち着かない、流石に。

湯も肌も温度が低くなったところに、認めざるを得ない熱。
嵐山だって知らない筈がないのだが。

確かに行水に誘ったのは梅丸だが、下心は別になかった。
けれど、こうも身を預けられると話は別。
放っておけば治まる。
そう思う事にして、少しでも距離を取ろうと腰を引いた。


「何?」
「いや……」

僅かな身動ぎでも水面には波紋が生まれる。
不意に、振り向いた嵐山の目。
こう云う時に吊り目はまるで射るような強さ。

かと思えば薄く笑って腕を絡ませた。
椅子にしていた先程までとは違って、梅丸を捕らえる空気で。

「たまには欲しがれよ、お前からも。」


もう降参を呟いて、バスタブから大きく水飛沫が跳ねた。
タオルを使うのすら焦れったい。
濡れたままの裸足、急くように階段を駆けて行く。

続きはベッドで。



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2017.06.04