林檎に牙を:全5種類
ただでさえ不機嫌な表情ばかりの嵐山に苦味が増す事はある。
梅丸に関しては勿論だが、他にも事例なら幾つか。

例えば一つ挙げるとするなら、朝の時間帯だとか。
寝起きが良くない上に、寒さにも弱い。
肌寒い季節はなかなか暖かい布団から出られずに居た。
少なくとも顔を洗うまでは半覚醒、眉間に皺が寄ったまま鏡に向かう。


だったら、いつまででも寝ていられる休日ならましか。
かと思えばそうでもない。

と云うのも、やはり原因は。


161021_1641~01
illustration by ういちろさん

さらさらした褐色の髪は寝癖が付くとどうも直りにくい。
洗面所で冷たい水を大雑把に頭から浴びて、嵐山は顔を上げた。

俯いたままタオルに手を伸ばすと、小さな容器が目に入る。
梅丸が置きっぱなしにしていたワックス。
使ってみるかと訊かれた事もあったが、あの時は素っ気なく断った。
それは何だか相手に染められるようで。

滴る雫をタオルで吸い取り、左右に跳ねていた髪は元通り。
頬に張りつく毛先が冷たくてもこれで良い。

起きた時に見られてはいるだろうけれど、あまり隙を晒したくない。
梅丸の前ではなるべく格好を付けていたかった。
「可愛い」と言われるのはむず痒くても、彼になら嫌ではないのだ。


身支度を整えてから、リビングに通じるドアを開けた。
廊下で嗅いだパンの焼ける匂いが濃くなる。
嵐山の気配には気付いていたのか、それとも今初めてだか。
トースターの前で梅丸が振り返った。

「おはよ、ユウ。」
「ん……お前は相変わらず早いな……」

緩く頷いても、挨拶は返さず。
嵐山の言葉は感心と云うよりも柔らかい棘。


規則正しい生活が身についている梅丸は習慣が乱れない。
休日でもそれほど夜更しは出来ないし、起きる時間も平日と同じ。
どんなに嵐山が激しく甚振っても。

切り替えが早いのは長所だろうけれど、相手からすれば拍子抜け。
目が覚めた時に一人きりは少し寂しい。
此方はまだ浸っていたいのに、体温や匂いだけ置き去り。
寝惚け半分で絡まっても良いのではないだろうか、恋人同士なら。

「朝飯できるまで寝てて良いんに。」
「灯也こそ寝てろよ、一応お前の方が客なんだから。」
「ん、でもこれくらいはやんねぇと悪ぃし。」
「別に良いって、そんなの……」

真意が伝わらないので、やはり棘は刺さらなかった。
朝食の事より自分を構って欲しいのに。

なんて、そんな我が儘はとても言えやしない。
聞き分けの無い子供じゃあるまいし。
それに梅丸が台所に立つのは嵐山の為だ、結局のところ。
文句をつけるのは好意を無下にする事になるだろう。


お菓子に限らず、料理は苦にならず好きな方。
なので泊まりに来る日は梅丸がよく腕を振るってくれる。

朝食のメニューは簡単な物。
昨夜の野菜スープにふんわり焼けた卵、カップには紅茶。
食が細い方の嵐山にとっては充分すぎる。

前から思っていたが、梅丸が作る物は少し量が多い。
二人で分け合うので何とか完食できるのだが、いつも満腹。
アップルパイだって毎回ホールサイズ。
此ればかりは残したくないので頑張って平らげている。


「ユウも早く来なね、冷めるべ?」

やはり梅丸が腹を空かせているだけかもしれない。
一足先に着席して、しっかり食べ始める用意をしている。

手には、良い色とも焦げかけともつかないトースト。
しかし裏面は真っ白なまま。
そこに気付いて、嵐山は内心慌てて声を掛けた。

「……ちょっと待てよ、ジャム塗らないの?」
「見つかんねぇし、あんまし他所の冷蔵庫漁るのも良くねぇから。」
「簡単に諦めるなよ。」
「えっ、何なん?」

それでは意味が無いのだ。
構わずトーストを齧ろうとする梅丸を制して、嵐山が冷蔵庫を開ける。

負けたような、観念したような、そんな心境で。


やがて食卓に置かれる瓶は二つ。
使いかけのブルーベリーと、まだ封が開いてない苺。
本当は梅丸が見つけて喜ぶところを眺めてやろうと思っていたのに。

「苺の方が好きだって言ってたろ、前に。」
「わざわざ買ってきといてくれたん?」

半分失敗した気がするサプライズは妙に照れ臭い。
いざとなると直視できなくて、嵐山は黙々と自分のパンを取った。
トーストはブルーベリーとクリームチーズに限る。
甘ったるい苺は梅丸専用。


白い皿に卵の黄、トーストの茶、ジャムは赤と紫。
眠かった目に今朝の食卓は鮮やかな色が並ぶ。

梅丸と一緒に住んだら毎日の物になるだろう、きっと。
そう考えているのは嵐山だけではないと思いたい。
何も気兼ねなく、好きなものに囲まれて過ごせる事を焦がれているのは。



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2017.04.28 
林檎に牙を:全5種類
鎧を脱ぎ捨てるとなんて身軽なのだろうか。

そう実感しながら、嵐山は午後の空を見上げる。
ロング丈のコートばかり着ていた冬はいつの間にか過ぎ去った。
もう太陽の下では要らなくなって、クローゼットの中。
眠たくなるほど麗らかな春の到来だ。

枯れたような並木道にも花が咲き、初めて桜だと思い出した。
視界一杯、見事に施された薄紅の化粧。
枝の伸びた上空だけでなく、零れた花弁で足元までも色付いている。


花を眺めているとつい無言になりがち。
そんな中、ふと視線を戻した嵐山は意地悪に笑った。

「間抜け面。」

とは云え、隣の梅丸に投げ掛けた声は冷たくない。
当人だって否定は出来ず。
よほど見惚れているのだか、緩み切っていた口許。
嵐山が下から手を添えて閉じさせた。

「閉じてろよ、誰も見てないからって気ぃ抜け過ぎ。」
「ん、上向くと口開いちまうもんだべ。」

言い訳一つの後、忠告通りに梅丸は口を引き結んだ。
クールそうに見えて意外と素直。
特に嵐山の言うことはよく聞くのだ、最初からそう云う関係。


二人きりの週末、ちょっとそこのコンビニまで。
いつか夏の深夜に浴衣で来た道。
季節が巡って距離も近付いて、今はとても穏やかな気持ちで歩いている。
春の陽光は後ろ暗かった物すら溶かし去ってしまう。

暖かくなって梅丸も軽装になったが、ワイン色のストールは外さない。
お気に入りだとかお洒落だとかは建前。
嵐山が首筋や鎖骨に刻んだ痕を隠す為だ、本当は。


こんな心地良い暖かさも束の間。
明日からは雨の予報、また肌に沁みる寒さが戻って来る。
桜もすっかり洗い流されてしまうだろう。
見頃は今日まで、コンビニまでの散歩は花見も兼ねて。

確かに桜の名所もあるが、わざわざ遠出するほどでもあらず。
実のところ嵐山はそこまで好きと云う訳ではなかった。

同時期に咲く桃も、あまり見ないふりをして素通りしてきた。
花自体に罪は無いが、嵐山にとっては仕方あるまい。
三月三日の雛祭り生まれ。
コンプレックスが刺激されて、負の感情が湧いてしまうのだ。

「木に咲く花より、僕はもっと小さい花の方が良いな。」

誰もが見上げてばかりになりがちな季節、そっと視線を下げた。
春は何も桜だけのものではないのだ。
木々の根元にはタンポポやシロツメクサなど野花も。
薄紅で埋め尽くされた土の上、違う色彩を持つ。


「葡萄に似てるんね、それ。」
「食べ物から離れろって。」

青や紫が好きな嵐山のお気に入りはムスカリ。
小さな花は丸々した鈴の形。
一本に沢山実っていると、梅丸が言う通り葡萄を思わせる。

それから。


「ユウ、これも好きだんべ?」

どうして分かるのだか。
ふと梅丸が足を止めて、呼び寄せて指差した花。

肩を寄せ合うように咲いていても、雑草なのでささやかなもの。
それこそ注意しなくては見落としてしまうほど。
これまたとても小さくて愛らしい水色の花。
ミニチュア版の忘れな草と云ったところで、よく似ている。

尖った性格とは裏腹に、可愛い物が好きな事。
知り尽くされているのは嬉しい反面、気恥ずかしさもある。
嵐山は素直に頷けなかったのはそう云う理由。

「そりゃ好きだけどさ……これ何だっけ。」
「キュウリ草な、葉っぱ揉むとキュウリの匂いするから。」
「安易っていうか可愛くない名前だね。」
「いや、まぁ、ハルジオンの貧乏草よりマシだがね。」


桜の根元、揃ってしゃがみ込む。
雑草をまじまじ見つめるなんて小学生の頃以来か。

いつもなら一人で行く、通い慣れた道。
こうして足を止めるのは梅丸と二人だからだろう。
何でもない事すら談笑の種。

友達なら少なかったけれど、嵐山はそれまで孤独でなかった。
昔から近所には和磨も居たし、公晴の家だって。
ただし、後者は「桜の下には死体」なんて怪談を始めそうだ。
都市伝説でなく立派な文学作品が始まりらしいけれど。


真下に居るので、降りしきる薄紅の雪を浴びる。
そうしていると花弁が一片。
やはり口を開けていたものだから、梅丸の口に舞い落ちた。

「だから閉じろって言っただろ。」
「ん、でも甘い気がする。」

慌てたり吐き出したりせず梅丸は呟く。
確かに桜にも蜜はある、鳥が寄って来るのはその為だ。

濃桃をした舌の先、柔らかな花弁。
そのまま梅丸の体温で溶けてしまいそうな儚さ。
妙に艶っぽくて心臓が鳴る。


「あ。」

一呼吸の間に、梅丸は花を呑んでしまった。
嵐山も味わってみたくて密かに落ち着かなくなっていた矢先。
その舌ごと絡め取ってしまいたかったのに。

キスしたい気持ちは置き去り。
やり場を失っては、どうすれば良いのか。


「ユウも桜食べたかったん?」
「別に……、それに外じゃキスとか出来ないだろ。」
「機嫌直しなね、コンビニで団子買ってやるから。」
「最初から買うつもりだったろ。」

疚しいような、苛立つような。
何となく梅丸の顔を直視できなくて立ち上がった。
急なものだから脚が痺れるのも構わず。

そんな嵐山を宥めて、梅丸は袖を引く。
実に手慣れた仕草で。

子供じみているが、引かれるまま歩くのは悪くない。
眩しい日差しと花吹雪の中では目を細めずにはいられず。
誰かに見られたってどうでも良い気分。

キスは家に着くまで取っておこう。
もう桜なんて消えて、団子の味だろうけれど。



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2017.04.16 
林檎に牙を:全5種類
薄闇が落ちる夕暮れは、女王が鏡に向かう時間。
息を整えて静寂が張り詰める。
そして今日も、何度となく交わした問い掛けを。

「鏡よ鏡、暗闇の底から出ておいで。世界で一番美しい女は誰?」
「それは白雪姫です。」
「何ですって?」
「髪は烏の濡れ羽、唇は薔薇、そして肌は雪。白雪姫は世界で一番美しい。」

“鏡”の声はそう淡々と告げる。
しかし最後の方は確かに、微かな震えが混じっていた。

それはやがて、凛と冴えた空気を壊す。


「……裏声やめろよ!笑かすなって灯也!」
「何なん、ユウが台詞合わせしろって言ったんだがね。女役なんか出来ねぇよ。」

先程までの無機質さは何処へやら、鏡は感情的に怒鳴った。
笑いを含んでいるもので全く怖くないが。
女王も雑な仮面を放り出し、首を傾げながら地声で返す。

練習にならず、それぞれ手元の台本を置いた。
何度も読み込んだりマーカーを引いたりページはよれよれ。
自分のパートだけならもう暗記しているのだ、本当なら読む必要はない。

芝居は掛け合い。
梅丸が女王になるのも、嵐山の為であって今だけの話。



外では桜の蕾が膨らみ、花を咲かせた枝もまばらに。
新生活を控えた春休みの事だった。
GWに演じる劇に備え、嵐山家に来ている時も自主練習。

この劇で早生学園の演劇部には伝統がある。

演目は童話、出演者は10人以上、そして新二年生に限られた。
普段なら裏方担当の生徒も、一つは希望の役でオーディションを受ける事。
今回に限りチャンスは平等に与えられるのだ。

三学期中から準備は始まり、嵐山は鏡の役。
台詞だけで舞台に上がらなくて済むから、なんて理由の希望だ。
要するに、あまり乗り気でなく駄目元のつもりだったのに。
「中性的でよく通る声が良い」と選ばれてしまい、面倒な事になった。


「それはそうと、次は俺のパート付き合ってもらえるん?」
「僕が白雪姫役?冗談やめろって。」
「だから、ユウから言い出したんだがね……」
「嫌なものは嫌だよ。」

梅丸も狩人役の方で選ばれたのは、少しばかり驚いた。
確かに彼が希望しそうなのはそれくらい。
普段は大道具係なので、演技が出来るなんて思いもよらず。

一方の嵐山と云うと衣装係。
配役が与えられているのである程度なら免除されるが、兼任で仕事していた。
正直なところ、梅丸の衣装だけは誰かに任せたくなくて。
和裁の方が得意でもミシンだって使える。


ちなみに白雪姫と女王も中学校の同級生だったが、どうでも良かった。
嵐山は他人に興味が薄いので顔や名前を覚えない。

鏡も狩人も邪悪なる女王の手下。
そこを考えると、演技でも何となく腹立たしい気分になる。
狩人なんて命令に背いてまで白雪姫を助けるのだ。
ただ美しい少女だからと、それだけの理由で。

梅丸は自分の物なのに。

嵐山が森の場面での台詞読みを断ったのも、そう云う事。
白雪姫役をやりたくないだけじゃなかった。
「お逃げなさい」なんて梅丸の優しい声、聞きたくもない。


「ユウもよく嫉妬するけど「他人が羨ましい」とは違うんね。」
「そうだね……、僕はただお前が取られるのが嫌なだけだよ。」

嫉妬には二つの種類がある。
独占欲が強い事と、自分より優れている者を羨む事。
嵐山は前者であり女王は後者。
梅丸が情を向ける相手になりたいなんて、考えた事も無かった。

とげまると遊んでいる時だって。
どちらも自分の物なのに、仲間外れにされるようで面白くないだけ。

梅丸の掌に収まりたいとか、とげまるに指を舐められたいとか。
そんな甘え方をしたい訳ではないのだ。
少し意地悪するのが嵐山にとっての愛情表現。


「それはそうと、腹減ってきたんね。アップルパイ作るべぇか。」
「ん、毒入りじゃなければ。」

今度こそ本は閉じられて、そろそろお話も終わり。
夢から覚めるように現実へ戻る頃。

眠れる毒なんて入っていなくとも、アップルパイは媚薬。
梅丸が腕を振るってくれるのは嵐山だけなのだ。
自分の為に焼いてくれるなんて、それだけで胃だけでなく心まで掴まれる。

腹が膨れ切ったって共有するのは二人だけ。
誰にもあげない、それは特別な甘味。



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2017.04.03 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、嵐山×梅丸です。
あのバスが来るまで」の夜の事。
思いがけず下着お揃いになってしまって、照れ臭い嵐山君なのでした。

BLの上におパンツ一丁なので、二人とも際どい恰好なんですけども
ちび化のイラストなので生々しくならずひたすら可愛い…!
それでも身体つきや肌の色を描き分けて下さってるから
差が浮き彫りになって面白いですな。
本文書く時に調べたら、コンビニの男性下着はトランクスばかりで
メーカーによっては布に余裕なくて履き心地悪いとかの情報も。
体格が違うから、同じ物を身に着けてもそこでも違いが出てくるんだろうなーとか
考えたら微笑ましい気持ちに(´∀`*)

ういちろさんありがとうございました!

2017.03.26 
林檎に牙を:全5種類
エンドロールが流れれば、夕暮れの部屋はより一層に暗くなった。
映画が始まる前はまだ明るかった空。
灯り点けずに浸っていたものだから、時が経った事は鮮やかに感じる。

梅丸の隣、白い手がひっそりと蠢く。
リモコンを探し当てると音楽すら消えて、完全な闇に包まれる。

「二本目も観るぞ。」
「いや、後にすんべぇ。飯も風呂も遅くなるがね。」

静まり返った中に気丈な声。
ソファーから立ち上がろうとする嵐山を制して、梅丸は伸びを一つ。
まだ制服も着替えない金曜の夕方。
二人きりの週末は始まったばかりなのだ、急く事もあるまい。


実のところ、灯りの事を忘れていた訳ではない。
スイッチはせいぜい数歩の距離なので、面倒なんて怠惰にも程がある。
ただ、嵐山を見ていたらなかなか腰を持ち上げられなかった。

テレビの光で時折浮かび上がる、強張った横顔。
「二本目も」なんてよく言う。
嵐山が虚勢を張っているのは梅丸も見抜いていた。
ほんの短い間でも置いて行くなんて出来ず。


映画「六番目の人形」は若くして亡くなった娘と父親の悲劇。
人形に娘の魂を移す儀式の為、父親は同じ年頃の少女を惨殺していく。
最後の生贄に選ばれてしまったヒロインは、娘の亡霊に助けを求められる。
自分はもう休みたい、父の凶行を止めてほしいと。

儀式から解放された娘は無事に永遠の眠りにつき、ラストシーンは涙。
しかし思い返せば、辿り着くまでの道のりが血塗れだった。
そこを考えると綺麗に終わったとは言い切れない。

それに、ヒロインの前に娘が現れるシーンがどれも心臓に悪かった。
一瞬カメラワークが変わったと思えば”其処”に居る。
娘は必死に意思を伝えようとしているだけ、と判明するのは後半の話だ。
命を狙いに襲い掛かっているとしか見えないうちは恐怖の連続。


映画のDVDを借りて来たと、テレビの前へ誘ってきたのは嵐山から。
あまり表沙汰にはしていないが、彼の祖父は脚本家。
代表作に数えられるので孫として一度は観ておこうと思ったらしい。

エンドロールに記された「荒井新月」の名。
嵐山と改めて付き合い始めた頃、紹介されて梅丸も会った事がある。

褐色の髪と小柄な点は遺伝を感じさせ、少し笑いそうになった程。
ふさふさした毛並みに丸い黒目、仕草も小動物を思わせる老人だった。
顔を知っているからこそ驚かされた。
こんなに粘り気のあるホラーを書くとは、人は見かけによらない。

いや、作品と人柄は別だなんて今更か。

その祖父とよく似た公晴の小説はホラー専門。
嵐山も尖った態度と裏腹に、羊毛フェルトで可愛い動物を作り出す。

不良にも見られがちな梅丸自身だってお菓子作りが得意。
そこを突かれると「こんなものか」と理解せざるを得なくなる。
一人で納得して、今度こそソファーから退いた。
いい加減、腹も減ってきた頃。



「風呂、ユウが先に入るん?」
「え……あー、そうだな……」

夕飯は簡単に済ませた後、湯が沸いたと告げるガイダンス。
着替えを用意しながら訊ねたら一瞬の空白。
確かに頷いたものの、嵐山の態度はどうも曖昧だった。


理由を考えて、すぐに思い出した事。

昔から水場は怪奇と相性抜群。
そう云えば、入浴シーンでも亡霊は姿を見せたか。

不意に湯船からゆっくりと絡み付いてくる、長い黒髪。
耳にこびり付いたヒステリックな悲鳴。
演出自体はありきたりなので展開の予想はついたけれど。
ある程度ヒロインが肌を晒していても、色気より恐怖の方が勝った。


映画がホラーだと云う事くらいDVDジャケットを見た時から丸判り。
当然、事前に嵐山も知っていた筈である。
「幽霊なんて馬鹿馬鹿しい」と一蹴するかと思いきや、それが最も意外。

かと云って、観賞中の様子から察するにそれほど得意でもなさそうだった。
普段、誰にも隙を見せないようにしている嵐山の事。
とげまるの餌に与えているくらいなので、気味の悪い虫すら平気。
そんな彼が少し怯えた雰囲気になったのはとても貴重。

そして、やはり可愛い。
結局のところ行き着くのは愛おしさなのだ。


「あのさユウ、やっぱ一緒に入っても良いか?」
「何だよ、順番くらい守れよ。」
「頼ってくれたって良いがね。椅子になってやるから。」
「ん……、それなら良い。」

「怖い」なんて口が裂けても言えやしない。
そうして意地を張る様が好きなので、此れで良いのだと密かに笑う。



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2017.03.20 
林檎に牙を:全5種類
「物に触る時って、指より先に爪が当たることない?」
「……何ですか急に。」

神尾が話を振って来るのは、いつだって脈略が無い。
こんな返答なんて今更。
問い掛けの中身はとりあえず無視して、遼二が顔を上げる。


今日初めて、小さな音楽準備室で交わされた言葉だった。
触れ合うか眠る時以外はそれぞれ好きな事をして過ごす場所である。
入室した時だって会釈する程度。
だと云うのに、神尾から繋がりを求めた理由は。

「あぁ、紙で切ったんですね。」

静かに台本を読み込んでいると思ったら。
それも指でなく、爪の間を。
三日月に似た白い部分が赤く染まって、見ているだけで痛々しい。

それにしても、怪我した時くらい顔を歪めたって良いのに。
紙で指を切ると下手な刃物より痛む筈。

神尾は変わらず、乱れ気味の髪に呆けたような無表情。
ぼんやりしているからだ、全く。
そう思いつつも言葉で伝えるのはやめておいた。
塩を塗り込むのは流石に遼二も気が咎めて。


「早未、絆創膏取って。サイドポケットに入ってるから。」
「え、僕ですか……」

血の滲む指を咥えながら、もう片手で神尾が自分のリュックを差す。
確かに両手が自由な遼二に頼む方が良いだろうけど。
許可を得ていても、他人の鞄を開けるのはあまり気が進まない。

それも神尾はやたらと荷物が多いのだ。
何をそんなに持ち歩く必要があるのか、背中がすっぽり覆われるリュック。
サイドポケットなんて三つも四つもある。
探れば探るほど可笑しな物ばかりで、遼二も一苦労。


しかし肝心の絆創膏はなかなか出てこないので苛立ちも加わる。
荷物を引っ繰り返す手が少々荒くなった頃、やっと発見。

渡して終わりかと思えば、今度は傷付いた指を差し出された。
貼るまでが頼み事と云うらしい。
そのくらい自分でやってくれないだろうか。

「水で洗ってからの方が良くないですか?」
「だって、水道遠いし。」
「舐めた後に絆創膏って菌が繁殖するんじゃ。」
「別に良いよ、なんか早未に貼ってほしい気分だから。」

恥ずかしげも無く真っ直ぐに言ってくれる。
恐らく何も意図が無い故に。
こんな形でも、甘えられると遼二の方が困惑してしまう。

断ったら大人しく引き下がるとは思う。
その理由を考えたら「何となく」としか答えられないが。

それはそれで気持ち悪い物が残りそうで、遼二は溜息を吐いた。
面倒事なんてさっさと済ませるに限る。
神尾の傷が後で痛んだって知った事ではないのだ。
そう考え直すと、絆創膏の紙を剥がした。


「コレ見るたびに早未のこと思い出しそう。」
「僕が傷付けたみたいに言わないで下さいよ。」

保護された指先を眺めながら、神尾が聞き捨てならない事を呟く。
その言葉にはきっと意味など無いくせに。

とは云え、含みがあったとしてもどうせ変わらず。
恋人同士だったら嬉しかったかもしれない。
聞こえようによっては甘い言葉。

けれど付き合っている訳でもなく、恋愛感情も無いのはお互い様。
遼二の事を想われても、だから如何だと。
冷たいようだがそんな感想しか出てこないのだ。
それに、神尾だって他に触れる相手は居るくせにとも。


「近くで見て気付いたけど、早未も爪短いんだね。」
「まぁ、飲食店でバイトしてますし。」
「駅ビルのカフェだっけ、今度おれ行っても良い?」
「遊び相手とも来たって良いですけど、僕とは他人のフリして下さいね。」

近付いた手を改めて見比べてみた。
男同士でも幾つもの差。

神尾の方が身長もあって一回りほど大きい。
水仕事で荒れ気味の遼二よりも潤い、造り物じみて綺麗。
そう云えばお坊ちゃんでもあったか。
苦労なんて知らなそうな手。

此れだから人形と云うか悪魔と云うか、人ではない雰囲気があるのだ。
そんな中に巻かれた絆創膏。
一度は舐め取った後でも、ガーゼ部分には赤い染み。

彼にも赤い血が流れているのだと、何となく関心した。
当たり前の筈なのに。


「神尾も人間だったんですね。」
「あー、たまに言われる。」

本気でそう思っている訳ではないが、冗談でもなく。
少しだけ笑って空気が解けた。

切り口から流出した物に、名前はまだ無い。



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2017.03.13 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、嵐山君です。
3/3が嵐山君の誕生日なので、前回の梅丸と対で時代劇verを。
老舗呉服屋の若旦那です。

梅さん、とげちゃん、時々おこんじょ12~嵐山誕【交流コラボ】

今まで嵐山君は紫の印象強かったのですが、緑も素敵。
可愛い顔立ちなのでパステルカラーが似合いそうなんだけども
しっとりした濃い色を着こなしてくれるのはイメージ通り(・ω・*)
本編でも和裁するし、家でも浴衣を部屋着にしてそう。

時代劇の方では梅丸を囲ってて立場の違いが萌える…
若殿の健司君と仲良しらしいので、そっち妄想するのも楽しいです。

ういちろさんありがとうございました!

2017.03.08 
林檎に牙を:全5種類
衝動で連れ出したままバスを乗り換えて、行き先は変更。
金曜の夕暮れは冒険になった。

さて、今夜は何処で過ごそうか。
スケジュールも立てずに決めて行き当たりばったり。
街のビジネスホテルか、それとも山の温泉か。
バスに運ばれながら考える事にした。

二人であれば問題など無いのだ。



それにしても、次のバスを待つ間に何をすべきか。
冒険だって支度くらい必要。
鼓動が落ち着いたら、やるべき事が幾つも浮かんできた。

お互い家に電話を済ませて、一応ATMで懐も温かくしておいた。
幸い、此処はコンビニ。
ちょっとした物なら揃っているので買うなら今か。
生活用品の棚をゆっくりと眺めた。


金曜日は持ち帰る物が多いので、既に鞄はいつもより重め。
体操服も詰め込んでいるので着替えはある。
洗濯前でも冬の体育では汗を流す程ではないし、汚れも少ない。

着替える事を考えたら、必要な物が一つあったと気付いた。
シャツやジャージだけでは補え切れないと。

「ユウも今のうち買っとくか?」

男性用下着を手に取った梅丸が問い掛けてくる。
何となく頷くのを躊躇ってしまい、嵐山は視線を逸らした。


梅丸だって別にふざけている訳ではないのは分かっている。
ただ、先程まで冒険気分だったのに。
急に現実に戻って下着の話を振られては、どう答えれば良いのやら。

横目で見てみれば、同じチェック柄の黒いトランクスが二つ。
飽くまで間に合わせのコンビニ商品なので一種類のみ。
必然的に梅丸とお揃い。
そう云う点でも、妙に気恥ずかしさがあった。

「あぁ、ボクサーじゃなきゃ嫌なん?」

首を傾げる梅丸は至って真面目。
全くもって見当違い、思わず力が抜けてしまう。

男性用下着にも種類はある、確かに嵐山は普段ボクサーだけど。
そう云えば梅丸の方はトランクスが多かったか。
中学生の頃から身体を重ねているのだ。
お互い下着姿なんて数え切れない程見ている。


「そりゃ、トランクスって野暮ったいからあんまり好きじゃないけど。」
「俺は締め付けねぇ方が良いけどな。剣道だと袴の下って何も穿かねぇし。」
「お前、僕が運動しないから何も知らないと思って適当に……」
「嘘じゃねぇって。部活の時、更衣室で裸になるから痕隠すの大変だったんさ。」

当時を思い出したのか梅丸が溜息を吐く。
苦労が込められつつも、何処か艶が混じった色で。

嵐山としては少し苦い記憶。
あの頃は、梅丸に凶暴な感情をぶつけるばかりだった。
情交だって甘い物ではなく一方的に牙を立てて喰い付く形。

薄い肌を好んで、梅丸の全身に痕を刻むのは今でも同じ。
本来なら下着で隠れる部分までも。
着替え中に凝視するような奴は居なくとも、冷や冷やしたろう。
そうと知っていようと、止めるような嵐山ではないが。


「……今日も覚悟しとけよ。」
「ん、待ってるんね。」

口許の空気が綻ぶ程度に笑い合う。
此れは約束だ、共に夜も朝も迎える為の。
痛みなんて既にスパイスでしかない。

もうすぐバスがやって来る。
買い物はそろそろ切り上げて、提げた籠をレジへ運んだ。



illustration by
ういちろさん




*end


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2017.03.05