林檎に牙を:全5種類
「物に触る時って、指より先に爪が当たることない?」
「……何ですか急に。」

神尾が話を振って来るのは、いつだって脈略が無い。
こんな返答なんて今更。
問い掛けの中身はとりあえず無視して、遼二が顔を上げる。


今日初めて、小さな音楽準備室で交わされた言葉だった。
触れ合うか眠る時以外はそれぞれ好きな事をして過ごす場所である。
入室した時だって会釈する程度。
だと云うのに、神尾から繋がりを求めた理由は。

「あぁ、紙で切ったんですね。」

静かに台本を読み込んでいると思ったら。
それも指でなく、爪の間を。
三日月に似た白い部分が赤く染まって、見ているだけで痛々しい。

それにしても、怪我した時くらい顔を歪めたって良いのに。
紙で指を切ると下手な刃物より痛む筈。

神尾は変わらず、乱れ気味の髪に呆けたような無表情。
ぼんやりしているからだ、全く。
そう思いつつも言葉で伝えるのはやめておいた。
塩を塗り込むのは流石に遼二も気が咎めて。


「早未、絆創膏取って。サイドポケットに入ってるから。」
「え、僕ですか……」

血の滲む指を咥えながら、もう片手で神尾が自分のリュックを差す。
確かに両手が自由な遼二に頼む方が良いだろうけど。
許可を得ていても、他人の鞄を開けるのはあまり気が進まない。

それも神尾はやたらと荷物が多いのだ。
何をそんなに持ち歩く必要があるのか、背中がすっぽり覆われるリュック。
サイドポケットなんて三つも四つもある。
探れば探るほど可笑しな物ばかりで、遼二も一苦労。


しかし肝心の絆創膏はなかなか出てこないので苛立ちも加わる。
荷物を引っ繰り返す手が少々荒くなった頃、やっと発見。

渡して終わりかと思えば、今度は傷付いた指を差し出された。
貼るまでが頼み事と云うらしい。
そのくらい自分でやってくれないだろうか。

「水で洗ってからの方が良くないですか?」
「だって、水道遠いし。」
「舐めた後に絆創膏って菌が繁殖するんじゃ。」
「別に良いよ、なんか早未に貼ってほしい気分だから。」

恥ずかしげも無く真っ直ぐに言ってくれる。
恐らく何も意図が無い故に。
こんな形でも、甘えられると遼二の方が困惑してしまう。

断ったら大人しく引き下がるとは思う。
その理由を考えたら「何となく」としか答えられないが。

それはそれで気持ち悪い物が残りそうで、遼二は溜息を吐いた。
面倒事なんてさっさと済ませるに限る。
神尾の傷が後で痛んだって知った事ではないのだ。
そう考え直すと、絆創膏の紙を剥がした。


「コレ見るたびに早未のこと思い出しそう。」
「僕が傷付けたみたいに言わないで下さいよ。」

保護された指先を眺めながら、神尾が聞き捨てならない事を呟く。
その言葉にはきっと意味など無いくせに。

とは云え、含みがあったとしてもどうせ変わらず。
恋人同士だったら嬉しかったかもしれない。
聞こえようによっては甘い言葉。

けれど付き合っている訳でもなく、恋愛感情も無いのはお互い様。
遼二の事を想われても、だから如何だと。
冷たいようだがそんな感想しか出てこないのだ。
それに、神尾だって他に触れる相手は居るくせにとも。


「近くで見て気付いたけど、早未も爪短いんだね。」
「まぁ、飲食店でバイトしてますし。」
「駅ビルのカフェだっけ、今度おれ行っても良い?」
「遊び相手とも来たって良いですけど、僕とは他人のフリして下さいね。」

近付いた手を改めて見比べてみた。
男同士でも幾つもの差。

神尾の方が身長もあって一回りほど大きい。
水仕事で荒れ気味の遼二よりも潤い、造り物じみて綺麗。
そう云えばお坊ちゃんでもあったか。
苦労なんて知らなそうな手。

此れだから人形と云うか悪魔と云うか、人ではない雰囲気があるのだ。
そんな中に巻かれた絆創膏。
一度は舐め取った後でも、ガーゼ部分には赤い染み。

彼にも赤い血が流れているのだと、何となく関心した。
当たり前の筈なのに。


「神尾も人間だったんですね。」
「あー、たまに言われる。」

本気でそう思っている訳ではないが、冗談でもなく。
少しだけ笑って空気が解けた。

切り口から流出した物に、名前はまだ無い。



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2017.03.13 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、嵐山君です。
3/3が嵐山君の誕生日なので、前回の梅丸と対で時代劇verを。
老舗呉服屋の若旦那です。

梅さん、とげちゃん、時々おこんじょ12~嵐山誕【交流コラボ】

今まで嵐山君は紫の印象強かったのですが、緑も素敵。
可愛い顔立ちなのでパステルカラーが似合いそうなんだけども
しっとりした濃い色を着こなしてくれるのはイメージ通り(・ω・*)
本編でも和裁するし、家でも浴衣を部屋着にしてそう。

時代劇の方では梅丸を囲ってて立場の違いが萌える…
若殿の健司君と仲良しらしいので、そっち妄想するのも楽しいです。

ういちろさんありがとうございました!

2017.03.08 
林檎に牙を:全5種類
衝動で連れ出したままバスを乗り換えて、行き先は変更。
金曜の夕暮れは冒険になった。

さて、今夜は何処で過ごそうか。
スケジュールも立てずに決めて行き当たりばったり。
街のビジネスホテルか、それとも山の温泉か。
バスに運ばれながら考える事にした。

二人であれば問題など無いのだ。



それにしても、次のバスを待つ間に何をすべきか。
冒険だって支度くらい必要。
鼓動が落ち着いたら、やるべき事が幾つも浮かんできた。

お互い家に電話を済ませて、一応ATMで懐も温かくしておいた。
幸い、此処はコンビニ。
ちょっとした物なら揃っているので買うなら今か。
生活用品の棚をゆっくりと眺めた。


金曜日は持ち帰る物が多いので、既に鞄はいつもより重め。
体操服も詰め込んでいるので着替えはある。
洗濯前でも冬の体育では汗を流す程ではないし、汚れも少ない。

着替える事を考えたら、必要な物が一つあったと気付いた。
シャツやジャージだけでは補え切れないと。

「ユウも今のうち買っとくか?」

男性用下着を手に取った梅丸が問い掛けてくる。
何となく頷くのを躊躇ってしまい、嵐山は視線を逸らした。


梅丸だって別にふざけている訳ではないのは分かっている。
ただ、先程まで冒険気分だったのに。
急に現実に戻って下着の話を振られては、どう答えれば良いのやら。

横目で見てみれば、同じチェック柄の黒いトランクスが二つ。
飽くまで間に合わせのコンビニ商品なので一種類のみ。
必然的に梅丸とお揃い。
そう云う点でも、妙に気恥ずかしさがあった。

「あぁ、ボクサーじゃなきゃ嫌なん?」

首を傾げる梅丸は至って真面目。
全くもって見当違い、思わず力が抜けてしまう。

男性用下着にも種類はある、確かに嵐山は普段ボクサーだけど。
そう云えば梅丸の方はトランクスが多かったか。
中学生の頃から身体を重ねているのだ。
お互い下着姿なんて数え切れない程見ている。


「そりゃ、トランクスって野暮ったいからあんまり好きじゃないけど。」
「俺は締め付けねぇ方が良いけどな。剣道だと袴の下って何も穿かねぇし。」
「お前、僕が運動しないから何も知らないと思って適当に……」
「嘘じゃねぇって。部活の時、更衣室で裸になるから痕隠すの大変だったんさ。」

当時を思い出したのか梅丸が溜息を吐く。
苦労が込められつつも、何処か艶が混じった色で。

嵐山としては少し苦い記憶。
あの頃は、梅丸に凶暴な感情をぶつけるばかりだった。
情交だって甘い物ではなく一方的に牙を立てて喰い付く形。

薄い肌を好んで、梅丸の全身に痕を刻むのは今でも同じ。
本来なら下着で隠れる部分までも。
着替え中に凝視するような奴は居なくとも、冷や冷やしたろう。
そうと知っていようと、止めるような嵐山ではないが。


「……今日も覚悟しとけよ。」
「ん、待ってるんね。」

口許の空気が綻ぶ程度に笑い合う。
此れは約束だ、共に夜も朝も迎える為の。
痛みなんて既にスパイスでしかない。

もうすぐバスがやって来る。
買い物はそろそろ切り上げて、提げた籠をレジへ運んだ。



illustration by
ういちろさん




*end


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2017.03.05 
林檎に牙を:全5種類
金曜日の夕暮れは楽しい夜更かしの幕開け。
溜まった一週間の疲れを抱き込んで、街は茜空に染まり始めていた。
それでも退勤ラッシュには少しだけ早い時間帯。
まだ余裕がある道路では無数の車が忙しなく駆けて行く。
まるでライトの目を光らせる猛獣の群れ。

そんな中、早生学園のスクールバスは大型の草食獣を思わせる。
猛獣に追い抜かされながら、緩めの速度で移動する巨体。
車内も暖房が効いて眠くなりそうな平穏。

ふと、カーブで重心が左に振り切れる。
ただでさえアスファルトが荒れて縦にも揺れるのに。

「しっかりしろよ。」
「あ、悪ぃんね。」

ぼんやりと立っていた梅丸も軽くバランスを崩してしまう。
踏み止まった時、右から強く引っ張られる。
隣から握ってきた嵐山の手。
誰にも見られやしない一瞬の事だった。


位置が逆でなくて良かったと思う。
体格差が大きい為、小柄な彼は押し潰される形になっただろうから。

否、倒れ込んだのが嵐山なら支える事も出来たのだが。
そうなったらきっと照れ隠しもあって怒るのが目に見えている。
可愛くてもあまり機嫌を損ねるのは良くない。

何しろ、まだ明日の予定を決めていないのだ。

嵐山家には梅丸の宿泊セットが揃っており、いつでも行ける。
しかし、今日は両親が居るらしいので駄目。
デートするなら停留所までに話し合わなければならなかった。
そうこうする間にタイムリミットは残り少なくなる。


「明日、何処行くべぇか?」
「別に、何処でも。」

どちらもお喋りな方ではないのだ。
会話をする時間はわざわざ作らなければならない。
演劇部でも嵐山は衣装、梅丸は大道具。
所属は同じだろうと、担当場所が違うのであまり顔を合わせないし。

それに、一緒に出掛けるよりは家で過ごす方が好きな所為もある。
嵐山に至っては完全なインドア。
映画のDVDを観たり、とげまると遊んだり、あの時間が愛しい。


梅丸としては、時々は何処かへ出掛けるのも楽しいけれど。
嵐山と付き合ってから外で遊ぶ事が減った。
中学生の頃までは友人達と過ごす休日もあったのに。
彼らも彼らで、違う人間関係も築いているので仕方ない部分もあるが。

それに、同じ付き合い方と云う訳にいかなかった。
歌が苦手なのでカラオケは嫌い。
人混みも絶叫マシンも避けがちなので、遊園地は駄目。

そう云う意味でも嵐山との過ごし方は特別だった。
“友達”ではないのだから。


窓から流れて行く景色はゆっくりと速度を落とした。
コンビニの近くでバスが足を止める。
梅丸が降りる場所から、もう一つ手前の停留所。

考えている間にバスは進み、家が近付いて来た訳だ。
話し合うには本当に時間が無い。
さて困ったものだ。


どうしたものかと思っていると、強い力。

また嵐山に手を握られた。
今度は支える為でなく、引き寄せる為に。

「行きたい所、一つあった。コンビニ寄りたい。」
「ん、俺も行くん?」

此れは「付いて来い」の意味。
そのまま連れられて、他の生徒達と一緒にバスから流れ出た。
梅丸の方はコンビニに用は無くとも拒否などしない。
考えるまでもなく足が動いた。


後を考えるのは事が終わってからだった。
去り行く草食獣の背中を見送って、少しだけ途方に暮れる。

スクールバスなので逃すと同じ物は来ない。
梅丸でも少し骨が折れる距離だ。
もっと遠い嵐山なんて、歩いて帰るには少し無理がある。
違うバスなら30分ほど待てば来るけれど。


「帰る事ばっかり考えるなよ。」
「いや、帰りたい訳じゃねぇよ。むしろ逆なんさ、本当は。」
「そんなの、僕だって同じだし。」
「そうだんべねぇ……」

嵐山はどうやら意識しないまま言葉を零してしまったらしい。
気付いた時には遅く、口許を押さえて赤い顔。

しかし睨むかと思えば、此方を見ないままでも再び素直に。

「あのさ、次のバス……街とか山の方まで走るらしいんだけど。」
「ん……、俺も何処でも良い。」

嵐山の提案を読み取って、梅丸が了承する。
交わす言葉はそれだけで良かった。


斯くして急遽、今日の進路は変更。
二人で行き先の見えないバスに乗る事にした。
寂しくない懐なら夜も朝も越せるだろう。

このまま君とならば。



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2017.02.23 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、梅丸です。
2/2が梅丸の誕生日なのでお祝いで描いていただきまして!
ういちろさん宅の時代劇パロに嵐山×梅丸も参加させてもらいました。
呉服屋の若旦那・嵐山君に囲われてる遊び人です。
詳しくはういちろさん宅の記事をどうぞ!

梅さん、とげちゃん、時々おこんじょ11~梅丸誕【交流コラボ】

胸元と裾が捲れてて肌色多めのセクシー仕様です。
表情キリッとしてるのにしっかりお団子持ってるのが可愛い(´∀`*)
設定だけは前からういちろさんと話合ったりして遊んでたんですけども
こうやってイラストに起こしてもらうと更に萌えと妄想広がります…!

ういちろさんありがとうございました!

2017.02.19 
林檎に牙を:全5種類


固まった僕の目をまっすぐ見つめて微笑みながら梅丸が近づいてくる。
咥えたままのチョコに重なる唇。
齧られたチョコの中からは柔らかなクリームが溢れだして、ふわっとイチゴの甘い香りが立ち込める。
こぼさないように、梅丸は舌先でゆっくりと絡めとっていく。

溶けてチョコが姿を消してしまっても、熱のこもった唇はそのまま。
うまく梅丸の作戦に乗せられてしまったと思った頃には、
イチゴの残り香と甘いキスにもう夢中。


Chocolate Seed(嵐山/当日編)」より。




向かい合わせ、ゆっくりと首に回される腕。
先程の仕返しみたいに唇も重ねられた。
チョコレートだけでは口寂しくなっていたのだろう。
華奢な腰を抱き寄せて、俺も味わう事にした。

苺も林檎も、目を閉じるうちに溶けていく。
媚薬じみた香りだけ残して。


Chocolate Seed(梅丸/当日編)」より。


ういちろさんから頂きました、嵐山×梅丸です。
此方は2枚で一組のイラストなので一緒にご紹介を。
今年もバレンタインコラボお付き合いいただきありがとうございました!
嵐山君にチョコ食べさせつつイチャイチャは定番で(・ω・*)

ピンクのハートいっぱいで可愛い雰囲気です!
前作からきちんと成立してるカップルだから一際甘く出来るし。
打ち合わせしながらの進行で、嵐山君の当日編とイラスト先行で拝見してから
ラストの梅丸当日編を書く流れでした。
嵐山君は色素薄いので、頬染めると映えて本当に可愛い…
梅丸も今回はしっかりリードしてて男らしいところ見せてくれました。
受け攻め逆転するから此の二人は書いてて面白い。

ういちろさんありがとうございました!

2017.02.18 
林檎に牙を:全5種類

illustration by
ういちろさん


苺の甘ったるさは胸に火を灯す。
蕩ける感覚に軽い眩暈。

チョコレートはこんな使い方もあったか。

食べ物を差し出すと素直に齧る様が可愛くて、俺の方も癖だった。
それに美味い物は一緒に分け合いたい。
別に深い企みがあっての行動ではなかったのに、決して。


条件反射で喰い付いた辺り、今はパブロフの犬。
首輪をして大人しく躾けられている類などではありえない。
常々、ユウは小型の猛獣みたいだと思う。
気を抜けば唇を噛み千切られる。

牙を立てられて、血が絡むキスしか知らなかった頃を思い出す。
抵抗もせずにされるがまま。
勿論、今も時々は敢えてそれを味わう事もあるが同じじゃない。

あの頃はそれだけで満足していたのに。
甘いのも苦いのも全部知りたい、もっと欲しい。


「……ちょっ、待て、おあずけ。」

不意に縺れ合った舌が解ける。
掠れ声の訴えに、上目遣いで睨まれた。

他人を黙らせる迫力を持った目。
それすら可愛いと感じるので、俺には効かない。
元々こうも余熱で溶けかけでは尚更か。


「まだ、灯也のチョコ貰ってないだろ。」
「後じゃ駄目なん?」
「僕は今欲しいんだよ……、何か文句でも?」
「いや、そんなんじゃねぇけど。」

精一杯に冷静を装いながらユウは強がってみせる。
キスを止める言い訳じゃない。
甘い気分に浸っていたかったのはお互い様。

ただ、相手のペースを呑まれるようで癪なんだろう。
分かっているから大人しく従った。
ユウは凶暴な獣でもあるが、俺の手綱を引く主人でもある。
ひっそりと息を整えるのも見ないふり。


名残惜しく一歩下がって、用意してきた袋を差し出した。
中には綺麗な藤色のギフトボックス。

箱だけはきちんとした造りの良い物を選んできた。
チョコレートは食べたらお終い。
去年のバレンタインで贈った缶も裁縫箱に再利用してくれている。
此れもきっとユウの宝箱になるだろう。

蓋の下、肝心の贈り物は四角く並んだチョコレート。
華やかなピンクと比べれば外見はシンプル。
それで良い、違いは食べれば分かる。


「ん、どうぞ。」

今度も摘まみ取って、ユウの前に運ぶ。
二回目なので流石に警戒混じり。
食べない訳にもいかず、少し迷ってから口は開かれた。
指にも牙の先を突き立てながら。

口腔の熱で溶け出すチョコレート。
カルヴァドスが香る。

「……林檎の味がする。」
「当たり。」

チョコレートはスイートとホワイトを合わせた。
細かく砕いた林檎チップ、温めた生クリーム、洋酒でガナッシュ。
バットで冷やし固めたら一口ずつに切り分ける。
溶かしたチョコレートでコーティングして出来上がり。

林檎が好きなユウの舌には合う筈。
感想は訊くまでもない。
頬張ってゆっくりと味わう表情に、俺も少し口許が緩んだ。



痛いくらいだった熱は少し落ち着いて、今は温かい時間。
胸の火は弱くなってしまったが悪くない。

俺の胸にユウが背を預けて、立てた膝は割られて肘掛け。
椅子にされるお馴染の格好。
もうチョコレートと紅茶で寛ぐ事にしたらしい。
先程と違う甘さが漂う。

「あのさ、何で灯也はバレンタインにこだわったりする訳?」

紅茶を啜ると、溜息混じりに質問される。
ああ、訊ねられるだろうとは思っていたのだ。

去年まで「バレンタインなんか下らない」と認識していたユウの事。
女子が苦手なので貰っても軒並み断っていたらしいし。
俺の方は甘い物が好きだから、と云うのもあるが全てじゃない。
言葉に纏めると難しいけれど。


「そうだんべねぇ……、ずっと続くとは限らないから、と云うか。」

言い方を間違えたと自分でも思う。
弾かれるように振り向いたユウの目は刃物の鋭さ。
別れるかもしれない、なんて意味では断じてなかったのに。

そうではない。


バレンタインだけの話ではなかった。
毎年こうして一緒に過ごせるとは限らない事。

現に、お互いの両親だってわざわざ記念日を祝わなくなった。
時間や仕事や様々な都合。
夫婦として誓い合った男女ですらそうなのだ。

想いが通じ合ったら”その先”を考える時期。
いつぞや進路についても話した。
もう同じ制服で毎日会えるのは高校生まで。
ユウと気持ちが離れなくても、別々に過ごす日も増えていくだろう。

だから、今のうち出来る事はなるべく実行したい。
いつか後悔しない為。

それは種を撒くように。

会えない日があったとしても、思い出は花として残る。
ガラスケースに咲く薔薇と薊はまるでその象徴。
よく出来た偶然だった。
プリザーブドなら枯れたりしない訳だし。


「……来年も交換しない訳にはいかなくなったじゃないか。」

そう伝えたらユウは項垂れてしまった。
呆れたり怒ったりするかと思えば、予想外の反応。


「そりゃ、まぁ何貰っても嬉しいし、僕だってなるべく一緒に過ごしたいけど。」
「嫌じゃないんなら良いがね。」
「買いに行くのどんだけ恥ずかしいと思ってるんだよ?」
「でも用意しといてくれたんね、ありがとな。」

感謝を述べたのに、何故かユウは赤い顔で奥歯を噛む。
腹立たしげで乱暴な手つき。
今度は俺が林檎のチョコレートを口に突っ込まれた。


二種類のチョコレートを使っているので、口当たりは滑らか。
散々味見をしたので舌に慣れた風味だった。

けれど、一人で食べた時よりももっと甘い。

向かい合わせ、ゆっくりと首に回される腕。
先程の仕返しみたいに唇も重ねられた。
チョコレートだけでは口寂しくなっていたのだろう。
華奢な腰を抱き寄せて、俺も味わう事にした。

苺も林檎も、目を閉じるうちに溶けていく。
媚薬じみた香りだけ残して。



illustration by
ういちろさん


*end


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2017.02.14 
林檎に牙を:全5種類
紅茶のカップを両手で抱えれば、凍った指先の芯が溶かされる。
湯気で包まれて深呼吸一つ。
甘い林檎の香りを味わって、嵐山は珍しく表情を緩めた。

「……公君の家で飲むと、何か違う気がする。」
「そう?ユウちゃんちで貰ったのと同じ茶葉だけど。」

今日も冷たい夕闇が足早に迫り来る。
小さめの炬燵で背中を丸めて、寒がり二人は向かい合わせ。


制服からルームジャケットに着替えた公晴はすっかり寛いでいる。
ふわふわした素材はまるで冬毛。
胡桃のクッキーを齧っている様がますます小動物じみていた。
だとすれば、此処はきっと春を待つ巣。
庄子家では眠たくなる程の安堵で満ちていた。

お茶とは雰囲気も大事。
“違い”の理由ならそこにあるのだ、嵐山も本当は分かっている。


稼ぎ頭が在宅の仕事なので、いつ訪問しても誰かしら居る。
そして生活の匂いがしていて暖かい。
真っ白でふさふさした飼い猫は我が物顔で闊歩する。
今も公晴の手で撫で回されて、気怠そうな顔。

両親が多忙で留守がちの嵐山家とは違う空気。
一人の方が気楽なので寂しいと感じる事は滅多に無い。
それでも人恋しくなる時は昔から通っていた。


「もうすぐ夕飯だけどDVDでも観る?」
「いや、公君が持ってるのってどうせホラーでしょ……」

別に苦手ではないにしろ、申し出は丁重に断った。
後で暗がりを歩いて帰らねばならない嵐山としては気分が良いものではない。

柔らかい褐色の髪に、大きな黒目が愛らしく童顔。
そんな公晴がこよなく愛しているものの一つが怪異である。
少女漫画の方がよっぽど似合いそうなのだが、人は見かけによらない。

白目を剥いた長い黒髪の女や、ナイフを構えた血塗れの人形。
ドアの横にある棚には不気味な本やDVDだらけ。
自室は彼の城だけにポスターまで壁を占領している始末。
単純にデザインが良い物もあるので、確かに一見するとお洒落ではあるが。

男子高生らしいラインナップの本が無い訳ではない。
ただ、居心地の良い巣の中でそこだけがどうにも異質だった。
やたらと薄暗いオーラすら感じる。


嵐山をクッキー一つ、とても渋い顔で歯を立てた。
それでも棚から視線を外さない理由は。

「今日は観ないにしても……、どれか借してほしいんだけど。」
「うん、勿論。どーゆーのが良いの?」
「荒井新月の脚本、ホラー系の方はまだ観てないから。」
「ああ、やっぱりね。」

嵐山の返答に公晴は納得した声。
炬燵で重たくなった腰をゆっくり持ち上げて、棚の前へ移動する。
目当てのタイトルを目で追って探しながら会話は続く。

「まだ観てないって意外だね、ユウちゃんちにもDVD揃ってると思ってた。」
「そりゃあ荒井作品は何本かあるけど。数多いから全部は持ってないよ、流石に。」

“荒井新月”は約40年の経歴を持つ小説家兼、脚本家。
軽快なコメディやエッセイで人気を集めた。
かと思えば、時には粘りつくような恐怖も描くので作風は幅広い。

映画やドラマなど作品のタイトルを挙げた時、連想する名は何か。
大抵は役者や原作者、若しくはせいぜい主題歌のアーティストだろう。
よほど有名でなければ脚本家なんて出てこない。
にも関わらず、作品を選ぶ理由がそこにあるとするのは。

要するに特別なのだ、嵐山と公晴にとって。


そうして悩んだ後、公晴が選び取ったのはとりあえず二本。
ジャケットの写真はやはり不穏な気分になってくるような物だった。
豪奢なフリルの服を着て俯いた人形。
ビルの屋上に散乱した複数の靴と、フェンスの上で伏し目がちに笑う少女。

「えっと「6番目の人形」と「世界は魔女を愛さない」、オススメはこの二つかな。」
「タイトルくらいは聞いた事ある、どんな内容だっけ。」
「人情系の泣けるホラーと、最後スカッとするサイコホラー。」
「あざとい感動系とか長時間観てるの辛いんだけど、僕。」
「でも梅さんと観るんでしょ、カップルでなら前者だけど。」
「……うるさいな。」

不意打ちで恋人の名を挙げられて、嵐山は不愛想に一言だけ。
公晴の口にクッキーを突っ込んで黙らせた。

これでもかなり優しい対応である。
もし他人だったら、冷たく睨んで強制終了するところだ。
嵐山が棘を持たない相手は非常に貴重。


「からかうくらいなら黙っててよ。」

梅丸の事なら公晴も知っている。
むしろ、そう紹介したのは嵐山の方からなのだ。

同性と交際しているなんて、胸で大事に抱えていた秘密。
最初に打ち明ける相手として嵐山は公晴を選んだ。
愛の告白よりずっと重くて息苦しくとも。
彼なら大丈夫だと信じていたから。

「いや、恋愛は同性でしても良いものだなんて、知ってるよ。」

言葉を塞ぐ固い胡桃は噛み砕かれる。
あの時と同じように公晴が答えた、何でもない軽さで。


「神は愛し合う者を守る、って言うじゃない。」
「それって映画の台詞か何か?」
「そうだけど、映画の中に限った話じゃないよ。」
「…………ふーん。」

曖昧な相槌で嵐山は受け流した。
睨んで相手を黙らせる彼は、自身もあまり多くを語らない。
手先と違って感情表現が不器用なのだ。

公晴が拒絶しないでくれた事。
今までと変わりなく接してくれる事に感謝していても。

同級生と関わらない嵐山は周囲から孤高として扱われてきた。
学校で友人と呼べる者もとても少ない。
しかし自分で望んだ事であり、決して独りではなかった。
昔から公晴が居たから。

「オレは「キラーコンドーム」観て、感動で泣いた男だよ。」
「何その阿呆なタイトル……」

ああ、けれど、どの映画の台詞かは明かさないでほしかった。

訊き返したが最後、勝手に映画の紹介が始まってしまう。
右耳から左の耳へと流しながら、嵐山は紅茶を味わう事にした。
此れさえ無ければ良い奴なのに。


「それから、ユウちゃん達を見て納得した例があるというか。」
「……何の話?」

ふと漏らされた独り言。
拾おうとしたが、それは叶わなかった。

短いノックに、来訪者は突然。

「鍋の用意できたって、ママ呼んでるよ。」

ドアは「どうぞ」と声を掛ける前に開かれる。
小柄な老人が顔を覗かせた。

年中和服なので、着物に半纏を合わせた姿が様になっている。
黒々と丸い目に大きめの前歯、年の割りに毛量が多いので齧歯類に似ていた。
もさもさした髪は嵐山と公晴より少し濃いが、同系の褐色。
少年達と並べば、血の繋がりは鮮やか。

尖った嵐山と柔らかい公晴の共通点。
「お爺ちゃん似だね」とは何度も言われてきたのだ、幼い頃から。

斯くして、胡桃を口に詰め込む時間は終わり。
暖かい巣から這い出ると、祖父と孫達は団欒へ向かった。



「ところで「6番目の人形」って評価どうなの、荒井先生。」
「設定が仮面ライダーウィザードと似てるって、最近ツイッターで粘着された話聞く?」
「あの映画、オレ達が生まれる前の作品なのにね。」

“荒井新月”として世に知られる老人は苦笑した。



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2017.02.05