林檎に牙を:全5種類
「梅さーん、今帰り?」

鞄を下げて昇降口前、肩越しの声に梅丸は振り返る。
昔から友人達にはそう呼ばれてきたので、すっかり耳に馴染んでしまった。
高校に入ってから人数はまたもや増えた事だし。

声の正体は、そのうちの一人。

カラメル系の髪は嵐山に似ていて見慣れた色合い。
しかしふわりと癖がついて、髪だけでなく顔立ちなども全体的に柔らかい。
庄子公晴、嵐山の従兄で演劇部の先輩である。
広い学校なので部活の無い日に顔を合わせるのは珍しい。

「ん、まぁ……ユウ待ってたとこ。」
「時間大丈夫?バス通学だと時計見ながらの行動になるよねぇ。」
「そうだんべねぇ、だから今日は寄り道してから最後のバスに乗るんさ。」
「そっか、放課後デート楽しんできてね。」

そして梅丸と嵐山の関係も知っている。
「デート」なんてあっさりと口にする公晴は何でもない顔。

人柄も柔らかいのは外見通り。
下手に構うと棘を刺す嵐山とは対照的だ。
だからこそ、気難しい彼が心を許す数少ない相手でもある。


「そうだ、梅さん良かったらコレ食べない?」

おやつを持ち歩いている公晴は自分用だけでなく、人にもよく分け与える。
ちょうど小腹も減っていたので梅丸も歓迎。
そうして取り出された今日のお菓子はチョコサンドクッキー。
クマの顔を象ったクッキーにクリームが挟んである。

袋が振られて、気前よく何枚か梅丸の掌にクマが落ちる。
半分は嵐山に残してあげようかと思っていると。


「あ、ユウちゃんが来る前に食べ切っちゃってね。」

見透かすように付け加えられて、少なからず驚いた。
意地悪で言ったのではないだろうけれど、どう云う事なのやら。

「うーん……ユウちゃん、顔の付いてる食べ物苦手なんだよね。」
「何なんそれ?」

梅丸が首を傾げると、公晴が少し抑えた声で昔話を始めた。
それはまだ嵐山も公晴も幼児だった頃。

庄子家に遊びに来ていた時、おやつでひよこ饅頭が振舞われた。
可愛い物が好きな嵐山は大変喜んだ。
愛しげに眺めたり撫でたり、とうとう「飼う」とまで。

しかし残念ながら所詮は食べ物。
その時、食い意地の張った祖父が居合わせたのも悲劇だった。
「要らないのなら」と奪われて、頭から無残に食い千切られた悲劇。
嵐山が号泣した事は言うまでも無し。

「進撃の巨人でエレンが母親食べられた時と同じ顔してたよ。」

飽くまでも深刻そうな口調。
笑わせるつもりで言ったのではないらしい、どうやら。


祖父を恨むまではいかないにしても、幼少期のトラウマとは根深い。
それ以来、目鼻のある食べ物は明らかに避けているらしい。
「食べるのが勿体ない」と「顔が崩れると怖い」が理由。
ずっと親しい付き合いのある公晴が言うだけに、間違いないだろう。

そう云えば、貰ったクマを見ていると分かる気もする。
表面がひび割れて渋い顔が中に一枚。
なるほど、確かに直視していると何となく不気味だ。

言いつけ通り、クマは早めのペースで梅丸の口に消えていく。
噛み砕けばただのクッキー、そんなものだ。

「饅頭怖いって落語みてぇだんべな、意味違うけど。」
「いやー、ユウちゃんが怖いのは他にも……」

そこまで言い掛けて、公晴は口を噤んだ。
プライバシーにも関わる事なので喋り過ぎたと自重して。
何しろ自尊心の高い嵐山だ、知られたら不機嫌になると決まっている。

が、中途半端に切られては梅丸が困る。
恋人の事なら何でも知りたい、そう云うものだ。


「本人に聞くと良いよ、梅さんなら教えてくれるかもしれないし。」

ホラーを愛する公晴の方こそ果たして怖い物なんてあるんだか。
興味があるような無いような、何とも言えない気分。

そうして手を振ると、公晴は靴を履き替えて去って行った。
嵐山家の近所だが自転車なので通学時間が掛かるのだ。
よく食べる分だけ、それなりの距離があっても平気で毎日往復している。
そこも体力の無い嵐山と差が目立つ。

それにしても、難題を提示してくれたものだ。
弱みを見せたくない嵐山が自分から話してくれるとは思えないのに。




「ユウって怖い物とかあるん?」
「は?何だよ急に。」

全くもって予想通りの反応。
睨まれると却って笑いそうになってしまって、ますます訝られる。


合流してから学校の外、並んで歩きながらの会話だった。
街中に門を構えているので周辺を散策するだけで寄り道する店は事欠かない。
実際、お茶している早生学園生の姿は窓ガラス越しに何組も。
敷地は少し離れていても、幼稚園から大学まであるので年齢層が幅広い。

「いや……公先輩に会った時、そんな話になったんさ。」
「あぁ、そう。けどさ、訊ねる前に自分から言うのが筋じゃないの?」
「ん、俺?強いて言うんなら、でけぇカエルはあんまし触りたくないんねぇ。」
「灯也、カエル怖いとか女子かよ……」
「アマガエルとか小さいんは平気でも、サイズオーバーは別物だんべ。」
「まぁ、質感が気持ち悪いのは分からないでもないけど。」

予定を決めず、取り止めのない話を続けながらの足取り。
このまま時間が過ぎて行くのは勿体ない。
最後のバスと決めていても、刻一刻と迫ってきているのだ。


梅丸としては、何でも良いから食べたいのが正直なところ。
クッキーを摘まんだら空腹を呼び覚ましてしまった。

そんな時に視線を引き付けたのが、赤い看板に黄色のマーク。

「マックとかどうかねぇ、腹減ったし。」
「嫌だよ、何でよりによって……!」

軽い気持ちの提案だったのに、対する嵐山の声は思いのほか鋭い。
普段涼しい態度を崩さない梅丸が驚いてしまったほど。

確かに、お坊ちゃんなのでファーストフードは普段から口にしないだろう。
そこを考慮して反対するのは頷けるが、この返答は何かおかしい。
よっぽどハンバーガーが嫌いなのだろうか。

「よりによって、なんて何かあるん?全然分からん。」
「灯也……、本当は公君から聞いたんじゃないのか?」
「ますます分からん。」
「だから、僕が……ピエロ怖いって。」

やっと口籠りながらそう白状した。
恋人の欲目、観念した表情が拗ねた子供のようで可愛い。


溜息の後、嵐山は渋々と理由を話し始める。
嵐山家の近所には大型スーパーがあるのだが、昔はマクドナルドも入っていた。
その店頭には等身大のドナルド人形も。
小さな子供の身長からすると、それはそれは巨大。

見上げるたびに背筋が震えて、なるべく目を閉じて通り過ぎていたらしい。
ハンバーガーまで苦手になってしまったのは大袈裟かもしれないが。

ただでさえピエロはホラー映画でもよく怪物として登場する。
「IT」のペニー・ワイズなんて代表的。
公晴はB級の「キラークラウン」の方が好きらしいが。
面白いからと勧められた時、嵐山は丁重に断りつつ冷や汗ものだった。


此方を窺う嵐山は目に疑惑の色。
心配しなくとも、黙って聞く梅丸は笑ったりしない。
微笑ましいとは思っていても。

「まぁ、怖い物一つ二つあった方が可愛げあるべ。」
「可愛いとか、嬉しくないし。」

憎まれ口を叩いたところで、嵐山の表情にも何処か安堵が混じる。
重い物は吐き出し終えれば気楽。
やっといつもの調子に戻った、それで良いのだ。


まだこんなに明るい往来では繋がれないままの手。
それでも二人で出来る事なら沢山ある。
時間一杯、今日も共に過ごそう。

怖い物が人知れず蠢き出す、夕闇が迫る前に。



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2017.07.14 
林檎に牙を:全5種類



「・・・っ」

嵐山の鋭い牙が梅丸の肩に食い込む。
普段感情が顔に出ない梅丸も、痛みに顔を顰めた。

「いい顔」

俺の血を舐めながら、愉しそうに嗤う。
どっちがいい顔してるんだか。

薄暗い部屋の中、色白の嵐山の肌は更に白く浮かび上がり、
血とそれを舐めとる舌は赤く鮮やか。
妖艶な気を纏いながら俺を見つめる姿は、まるで吸血鬼のよう。

別にお前が何者でも構わない。
欲するままに俺を喰らいつくせばそれでいい。
ただ俺は、お前の欲望をすべて受け止めたいだけ。



ういちろさんから頂きました、嵐山君です。
嵐山君よく梅丸に噛み付くから吸血鬼みたいだよね、と前からういちろさんとお話してて
このたびイラストに起こしてもらいました(`・ω・´)

最近は二人ともすっかり穏やかになってるけど、ベッドではSMっぽい事やってるので
ダークな雰囲気にもなります。特に嵐山君は耽美似合う!
背景が濃いので髪のサラサラ感が割り増しになってて、表情が本当に色っぽい…
華奢なんだけども攻めっぽさがしっかりしてて格好良いです(*≡∀≡)+.:゜ウヘヘ

ういちろさんありがとうございました!

2017.06.29 
林檎に牙を:全5種類
読書とは孤独の時間である。
ページを開いている間は本の世界に浸り、一人きり。
内容が引き込まれる物ならば尚更。
視線で物語を追って、周囲の事など何も目に入らなくなってしまう。

だからこそ、それが面白くない者も居る。


「灯也、帰るぞ。」

現実へ引き戻されるのは不意の事。
少年誌を開いていたら嵐山に二の腕を抓られた。
暑さに負けて皆ほとんど半袖の季節だ、素肌なのでかなり痛い。

名残惜しくも時間切れ、本は棚へ。
此れ以上嵐山が機嫌を損ねないうちに梅丸は従った。


二人にとって馴染みのコンビニでのやり取りだった。
クーラーの効いた店内を後にすると、まだ強い陽射しが全身に刺さる。
慌てて包装紙を剥がしたアイスを咥えてクールダウン。
シロクマは練乳の甘さが舌に優しい。

かと思えば、横から嵐山に奪われて一口食べられた。
あちらも林檎のシャーベットがあるのに。
行儀が悪いのではなく、ただ先程の事で怒っているだけのお仕置きか。


「待たせて悪かったんね。」
「それより立ち読みとかやめろよ、みっともない。」

そこを突かれてしまうと梅丸も痛い。
買わずに済ませてしまうのは、店員にも雑誌にも申し訳ないとは思う。
実のところ前はきちんと購読していたのだ。
しかし数年も経てば連載陣も変わり、もう好きな作品は一つ二つだけ。

子供は漫画を読んで育つもの。
嵐山もそんな経験は無いかと訊ねてみれば。

「マナー悪いから立ち読みするくらいなら買えって教育方針だったよ、うちは。」
「あぁ、言いそうだんべねぇ。」
「そもそも少年誌は買わないよ。下ネタと水着グラビアでうんざりするし。」
「ユウって育ちが良いんね、やっぱ。」

アイスを奪われた後で言うのも何だが、別に嫌味ではない。
家や言動で分かる通り、嵐山はお坊ちゃん育ちだ。
加えて感性が乙女なのであまり下品な物は自分から避ける。
グラビアに関しては、同性愛者だからと云うよりも他人に興味が無いのが理由。


かと云って、嵐山も漫画を全く知らない訳ではない。
部屋には少年漫画のコミックが人並みに。
いずれも王道のヒーロー物ばかりだったか、趣味は何となく分かる。

家族共有の書斎にも大御所の作品集が揃っていたので、親も読むのだろう。
嵐山家は両親が弁護士。
法律関係の本とギャグ漫画が肩を並べているのは何だか可笑しみがある。
勿論、名作と呼ばれたシリアスな物もあれど。

「ホラーも幾つか読んだよ、公君が貸してきたから。」
「まぁ、出所はそこしかねぇか……ユウ、漫画は怖いの大丈夫だったん?」
「別に。むしろうちの叔父さんに似てるキャラ居て笑えたし。」
「何なんソレ、気になる。」

嵐山の従兄、公晴とは高校入学前から面識があった。
何も隠さず“恋人”として紹介される為。
人を寄せ付けない嵐山にとってそこまで信用している相手は珍しい。
幼い頃から兄弟のようでもあり、友達でもあった。

きっと二人にしか分からない思い出話も沢山あるのだろう。
梅丸が他人と交友関係を築いてきた事と同じように。


「そんじゃ俺も何か貸そうか?ユウの好きそうなん何冊かあるし。」
「ん、それは嬉しいけど……急に何だよ。」
「いや、俺ら普通に友達みてぇな事すっ飛ばしてきたから。」
「あぁ……」

そこから先は少しだけ無言が続く。

出逢った頃こそ子供だったが、何をして遊んでいたか思い出せなかった。
否、まともに友達だった時間なんて最初から無かったかもしれない。
お互い執着ばかりが先走って。

こうして共に過ごすようになったのも激情を晒し合った後だ。
漫画の貸し借りや他の友達とする事なんて、何だか今更。


「……僕は友達じゃ嫌だけど。」
「そうだんべねぇ。」

小さく袖を引かれて、呟かれる。
嵐山にしては素直に。
からかって笑うなんて出来ず、梅丸も同意を口にした。

甘い汗を掻き出すアイスを咥えながら初夏の道をだらだら歩く。
袖を摘まむ手が離れたら、握り返そうと密かに決めて。



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2017.06.24 
林檎に牙を:全5種類
嵐山家には空調や灯りが管理されているスペースがある。

何しろハリネズミの飼育には温度調節が必要。
年中エアコンが作動しているとげまるの部屋は一番過ごしやすかった。
カーテンを閉め切って薄暗く、此処だけは涼しい夕暮れ。


そんなガラスケースの城から離れて、微かな光源。
映し出される影は二つ。

ポータブルDVDプレイヤーは画面が小さい。
映画鑑賞にも肩を寄せ合わないとよく見えやしないのだ。
嵐山も梅丸も並んでエンドロールを眺め、何処となく呆けた雰囲気。
別に感動だとか浸っているだとかではない。

物語が終わっても動けないと云うか、動かない理由は。

「どうすんべぇ、次の観る?それとも下降りるか?」
「んー……なんか、どっちもダルいな。」

とげまるが寝ているので薄闇は保たねばならない。
そうなると映画鑑賞か、昼寝か、それくらいしかやる事は限られる。
かと云って、色事には踏み込まず。
嵐山のベッドでのみと固く約束して、未だに破られずにいた。


一歩外では夏の近付く暑い午後。
太陽も気が早いもので、既に気温は30℃を越していた。

クーラーなら嵐山の部屋やリビングにもある。
そちらへ移れば行動制限も無くなる、それは分かっているのだが。
しかし効くまでが長いのだ。
無人で閉め切った部屋はただでさえ熱気がこもっているのに。


退屈しきった嵐山は床に寝そべりつつ、構えとばかりに梅丸の手に絡まる。
戯れで口許に触れてみると、尖った犬歯に当たった。
いつも肌に喰い込んで傷を残す犯人。
こんな暗い場所に居ると、確かに嵐山は吸血鬼のようだった。

茶褐色の髪に色白、凶暴な辺りまで。
化け物とは惑わす為に美しい姿をしていると云う。
梅丸の血を舐める表情を思い出せば、あまりにも様になっていて納得してしまった。


冗談はさておき、退屈ならいっそ何処かへ出掛けるべきか。
宛てと訊かれると少し考え込んでから答えた。
例えば、温水プールだとか。
学校への通り道に施設があるので前から気になっていたのだ。

「絶対に嫌。僕が泳げないの知ってるだろ。」
「そうだんべねぇ……じゃあ……」

せめてと折衷案を挙げたら、渋りながらも頷かれた。
そうと決まれば腰を上げて。
夕暮れの部屋を出て、太陽の下へ帰る事にした。




ぬるめの湯に身体を沈めて、汗が流れ落ちる。
肩まで浸かると思わず息も漏れた。

「ユウのとこの風呂は広くて良いんねぇ。」
「あぁそう、そりゃ良かったな。」

大理石の壁に囲まれて二つの声が小さく反響する。
バスタブの中、密着したままの身体。
突発的に始めた行水遊び。


陽射しはライトグレーの壁をますます明るく見せる。
やはりリゾートホテルを錯覚させて、自然に身体の力が抜けていく。

初めて風呂場に通された時もこんな暑い日だったか、そう云えば。
あの時は一緒に入る事を嵐山は拒否していたのに。
今となっては肌を晒すのも慣れたもの。
ただ、意識していない訳ではない。


梅丸の膝を肘掛けに、胸は背もたれ。
こうして嵐山の椅子にされるのは服を着ている時も同じ。
素肌なので下腹部だけは落ち着かない、流石に。

湯も肌も温度が低くなったところに、認めざるを得ない熱。
嵐山だって知らない筈がないのだが。

確かに行水に誘ったのは梅丸だが、下心は別になかった。
けれど、こうも身を預けられると話は別。
放っておけば治まる。
そう思う事にして、少しでも距離を取ろうと腰を引いた。


「何?」
「いや……」

僅かな身動ぎでも水面には波紋が生まれる。
不意に、振り向いた嵐山の目。
こう云う時に吊り目はまるで射るような強さ。

かと思えば薄く笑って腕を絡ませた。
椅子にしていた先程までとは違って、梅丸を捕らえる空気で。

「たまには欲しがれよ、お前からも。」


もう降参を呟いて、バスタブから大きく水飛沫が跳ねた。
タオルを使うのすら焦れったい。
濡れたままの裸足、急くように階段を駆けて行く。

続きはベッドで。



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2017.06.04 
林檎に牙を:全5種類
五月の空は雲一つない快晴、陽射しも夏に向けて強くなり始める頃。
桜が散れば春なんていつも短命である。

こんな陽気の下で制服姿は暑くて仕方ない。
部活動の場なので正装しなければいけないのだが、流石に限界。
北風より太陽とは良く言ったものだ。
紺青のブレザーを脱いで、嵐山はペットボトルのアイスティーを煽った。


すっかり暖かくなった姫ふじ公園は鮮やかな色の花々で彩られている。
冬にフリーマーケットで来た時とはまるで別の場所だった。
今日はそれだけでなく、はしゃぎ回る子供達の声で騒がしいくらい。

毎年GWには子供向けの祭りが開かれる。
ホールでは早生学園演劇部による舞台もあり、嵐山が居るのはその為。
今年の演目はピーターパン。
なるほど、こどもの日には確かに相応しい。

連休中にまで学校の面々と集まらなくてはいけないなんて。
今まで部活動や集団行動を避けて来た嵐山には面倒事ばかり。

衣装係なら裁縫だけしていられる、なんて浅く考えていた訳でもないが。
公晴に誘われなかったら縁が無かったのは事実。
ベテラン脚本家の孫だからって演劇に興味があるとも限らない。


とは云え、入学して間もない一年生は先輩達の手伝い程度だ。
出入り口で客に挨拶する仕事も終えたばかり。
撤収したら学校に戻らなくてはいけないので、今は貴重な自由時間。

だったら二人きりを楽しむべきだろうに。


「ユウ、悪かったんね。」
「分かってるなら最初から誘ったりするなよ。」

人目から隠れた背後、梅丸の手を抓った。
嵐山の指先は小さく尖った形。
これがまた大変痛い、された方は流石に涼しい顔立ちも歪む。
そのくらいでないと此方だって許せないのだ。

一仕事終えた空腹に屋台のクレープはご褒美。
ゆっくりと甘い物を味わっているのに、空気は少し尖っていた。

誘うな、の言葉は嵐山に対してではない。
寧ろ二人なら望むところ。
問題は、先程まで居た「三人目」の事である。


劇が終わって見送りの中、梅丸が観客に紛れていた男子を引き止めた。
黒羊のようなふわふわした髪に眼鏡。
「早未」と呼ばれていた彼は中学校の同級生。
三年生の時にクラスメイトだったが、嵐山からすれば記憶に薄い。

そもそも他人に興味が無いので顔と名前を覚えにくいのだ。
こんな曖昧な認識しかない相手と談笑とはいくまい。
一緒にクレープを齧ったのも短い時間、早未も察してか早々に去った。

後に残されたのは嵐山と梅丸、微妙な気まずさ。
本当なら二人きりを愉しむ筈だったのに。


梅丸にも付き合いがあるのは分かっている。
しかし、自分の知らない所で築かれたものだと思うと腹立たしい。
嫉妬だけは大きく膨れ上がる。

毎度なので梅丸だって勿論分かっているだろうに。
お仕置きを含めて受け入れているのだ。
執着される事が嬉しいと、いつだったか言っていた事を思い出す。
嵐山の方だってもっと求めてほしいのは同じなのに。

悪かったと思うのなら、願いの一つも聞いてくれても良いのではないか。


「ん、言ってみなね。」
「じゃあさ……、金魚すくい付き合ってよ。」

きっと多少の我が儘や無茶を申し付けても、梅丸は承知しただろう。
それでも今の望みはこんな事で充分だった。
先程の埋め合わせさえしてくれれば、他には何も。

相変わらず周囲には子供達や他の生徒達で騒がしい。
擦り抜けるように、そうして連れ立って金魚の屋台へ向かう。

ペットボトルを捨てて、クレープも腹の中、両手は自由。
敢えて繋がなくても一定の距離。
こうしている間にも過ぎていく自由時間が惜しい。

やっと梅丸と二人きり。


四角いプールの中、赤や黒は不規則に泳ぎ回る。
ホームセンターやペットショップに置かれた水槽とは違う印象。
真上から見る金魚は顔が判らない。
あまりにも鮮やかで儚げで、何だか幻想的にすら感じる。

「ユウ、どうしたん?」

声を掛けられても、ポイの柄を握ったまま嵐山は動けずにいた。
輪に貼られた和紙はまだ濡れてもいない。

一回100円だからと小銭を出した後。
愛らしい金魚は欲しくても、勝負もただ一度きりと決めた。
きっと欲が出て次々と挑戦したくなってしまうから。
賭け事は際限が無くなるから恐ろしい。


「灯也こそ何だよそのザマ、10秒で終わったじゃないか。」
「初めてやったんだから仕方ねぇべ。」

ポイを構えた梅丸は様になっていた。
運動神経が良い方なので、さぞ上手いと思いきや期待外れ。
しかし初挑戦ならこんなものかと勘弁してやろう。
いつも祭りは食べ物の屋台ばかりで、金魚すくいは眼中に無かったらしい。

かと云って、実は嵐山だって自信がある訳でもなかった。
動けずにいる本当の理由。

手先は器用だが、物を作る事に対しての場合である。
生き物を捕らえるなんて全く別の技術が必要とされるのだ。
梅丸に意地悪を言った手前、ますます下手なところは見せたくない。


着物の裾を翻すように、飽くまで優雅に金魚は水中を舞う。
不用意にポイを近付ければ鬼ごっこ。

踊り子を捕まえようとする事自体がとても欲深く思えてくる。
金魚達は此処に居てこそ映える錯覚すら。
人々の手に渡る為に生まれた命でも、行き先が金魚鉢では狭くて寂しい。

「あ。」

考え事をしていたものだから、つい手が滑ってしまった。
水飛沫が跳ね上がって少し驚いた所為もある。

哀れ、嵐山が振るう前にポイはプールに落ちた。



「もう一回やるなら俺が奢ってやんのに、あんなの無効だんべ。」
「良いって言ってるだろ、しつこいな。」

そう申し出る梅丸を引っ張りながら、金魚の屋台を後にした。
挑戦する前に終わってしまった狩り。
たった100円でも損は損。

恥も掻いたし未練は確かにある。
けれど、此れで良かったとも嵐山は思ったりもする。
後でまた学校に戻る事になるのだ、金魚なんて提げていられない。
幾ら祭りでも浮かれすぎにも程があるだろう。


つい赤い色に惹かれてしまう、昔から。
身に付けたりする物なら青や紫が好みだが、それとは違う意味合い。
理由なんて口に出せるものか。

見上げた先、陽射しを浴びて一際明るくなった梅丸の赤い髪。
毛先が尖っているので燃えているような錯覚すら。

惹かれたから欲しくなった。
再会するまで何年も探し求めていたのだ。
掴まえられたのは、奇跡に近い。


「どうせ奢ってくれるなら別の物が良いな、他の屋台行きたい。」
「ん、色々見るべぇか。」

集合時間までもう少し。

人々が入り乱れる祭りの会場は、あのプールに似ている。
狙いを定めた筈の金魚がどれだか判らなくなりそうな。
離すものかと、後ろ手で裾を摘まんだ。



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2017.05.13 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、嵐山君です。
あかいクレヨン いちばんさきに」より鏡に向かってる寝起き姿を。
普段トゲトゲしてる子がこうして隙だらけになってるのは萌えますね。
寝癖可愛いです(*≡∀≡)+.:゜ウヘヘ
パステル調の色遣いにとげちゃんもプラスされて、ますます可愛い!

嵐山君が起きる前の梅丸SSはういちろさん宅からどうぞ。
無防備に寝姿晒してるのが可愛くて、敢えて触れないところが愛を感じます…!

梅さん、とげちゃん、時々おこんじょ14【交流コラボ】

ういちろさんありがとうございました!

2017.05.03 
林檎に牙を:全5種類
ただでさえ不機嫌な表情ばかりの嵐山に苦味が増す事はある。
梅丸に関しては勿論だが、他にも事例なら幾つか。

例えば一つ挙げるとするなら、朝の時間帯だとか。
寝起きが良くない上に、寒さにも弱い。
肌寒い季節はなかなか暖かい布団から出られずに居た。
少なくとも顔を洗うまでは半覚醒、眉間に皺が寄ったまま鏡に向かう。


だったら、いつまででも寝ていられる休日ならましか。
かと思えばそうでもない。

と云うのも、やはり原因は。


161021_1641~01
illustration by ういちろさん

さらさらした褐色の髪は寝癖が付くとどうも直りにくい。
洗面所で冷たい水を大雑把に頭から浴びて、嵐山は顔を上げた。

俯いたままタオルに手を伸ばすと、小さな容器が目に入る。
梅丸が置きっぱなしにしていたワックス。
使ってみるかと訊かれた事もあったが、あの時は素っ気なく断った。
それは何だか相手に染められるようで。

滴る雫をタオルで吸い取り、左右に跳ねていた髪は元通り。
頬に張りつく毛先が冷たくてもこれで良い。

起きた時に見られてはいるだろうけれど、あまり隙を晒したくない。
梅丸の前ではなるべく格好を付けていたかった。
「可愛い」と言われるのはむず痒くても、彼になら嫌ではないのだ。


身支度を整えてから、リビングに通じるドアを開けた。
廊下で嗅いだパンの焼ける匂いが濃くなる。
嵐山の気配には気付いていたのか、それとも今初めてだか。
トースターの前で梅丸が振り返った。

「おはよ、ユウ。」
「ん……お前は相変わらず早いな……」

緩く頷いても、挨拶は返さず。
嵐山の言葉は感心と云うよりも柔らかい棘。


規則正しい生活が身についている梅丸は習慣が乱れない。
休日でもそれほど夜更しは出来ないし、起きる時間も平日と同じ。
どんなに嵐山が激しく甚振っても。

切り替えが早いのは長所だろうけれど、相手からすれば拍子抜け。
目が覚めた時に一人きりは少し寂しい。
此方はまだ浸っていたいのに、体温や匂いだけ置き去り。
寝惚け半分で絡まっても良いのではないだろうか、恋人同士なら。

「朝飯できるまで寝てて良いんに。」
「灯也こそ寝てろよ、一応お前の方が客なんだから。」
「ん、でもこれくらいはやんねぇと悪ぃし。」
「別に良いって、そんなの……」

真意が伝わらないので、やはり棘は刺さらなかった。
朝食の事より自分を構って欲しいのに。

なんて、そんな我が儘はとても言えやしない。
聞き分けの無い子供じゃあるまいし。
それに梅丸が台所に立つのは嵐山の為だ、結局のところ。
文句をつけるのは好意を無下にする事になるだろう。


お菓子に限らず、料理は苦にならず好きな方。
なので泊まりに来る日は梅丸がよく腕を振るってくれる。

朝食のメニューは簡単な物。
昨夜の野菜スープにふんわり焼けた卵、カップには紅茶。
食が細い方の嵐山にとっては充分すぎる。

前から思っていたが、梅丸が作る物は少し量が多い。
二人で分け合うので何とか完食できるのだが、いつも満腹。
アップルパイだって毎回ホールサイズ。
此ればかりは残したくないので頑張って平らげている。


「ユウも早く来なね、冷めるべ?」

やはり梅丸が腹を空かせているだけかもしれない。
一足先に着席して、しっかり食べ始める用意をしている。

手には、良い色とも焦げかけともつかないトースト。
しかし裏面は真っ白なまま。
そこに気付いて、嵐山は内心慌てて声を掛けた。

「……ちょっと待てよ、ジャム塗らないの?」
「見つかんねぇし、あんまし他所の冷蔵庫漁るのも良くねぇから。」
「簡単に諦めるなよ。」
「えっ、何なん?」

それでは意味が無いのだ。
構わずトーストを齧ろうとする梅丸を制して、嵐山が冷蔵庫を開ける。

負けたような、観念したような、そんな心境で。


やがて食卓に置かれる瓶は二つ。
使いかけのブルーベリーと、まだ封が開いてない苺。
本当は梅丸が見つけて喜ぶところを眺めてやろうと思っていたのに。

「苺の方が好きだって言ってたろ、前に。」
「わざわざ買ってきといてくれたん?」

半分失敗した気がするサプライズは妙に照れ臭い。
いざとなると直視できなくて、嵐山は黙々と自分のパンを取った。
トーストはブルーベリーとクリームチーズに限る。
甘ったるい苺は梅丸専用。


白い皿に卵の黄、トーストの茶、ジャムは赤と紫。
眠かった目に今朝の食卓は鮮やかな色が並ぶ。

梅丸と一緒に住んだら毎日の物になるだろう、きっと。
そう考えているのは嵐山だけではないと思いたい。
何も気兼ねなく、好きなものに囲まれて過ごせる事を焦がれているのは。



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2017.04.28 
林檎に牙を:全5種類
鎧を脱ぎ捨てるとなんて身軽なのだろうか。

そう実感しながら、嵐山は午後の空を見上げる。
ロング丈のコートばかり着ていた冬はいつの間にか過ぎ去った。
もう太陽の下では要らなくなって、クローゼットの中。
眠たくなるほど麗らかな春の到来だ。

枯れたような並木道にも花が咲き、初めて桜だと思い出した。
視界一杯、見事に施された薄紅の化粧。
枝の伸びた上空だけでなく、零れた花弁で足元までも色付いている。


花を眺めているとつい無言になりがち。
そんな中、ふと視線を戻した嵐山は意地悪に笑った。

「間抜け面。」

とは云え、隣の梅丸に投げ掛けた声は冷たくない。
当人だって否定は出来ず。
よほど見惚れているのだか、緩み切っていた口許。
嵐山が下から手を添えて閉じさせた。

「閉じてろよ、誰も見てないからって気ぃ抜け過ぎ。」
「ん、上向くと口開いちまうもんだべ。」

言い訳一つの後、忠告通りに梅丸は口を引き結んだ。
クールそうに見えて意外と素直。
特に嵐山の言うことはよく聞くのだ、最初からそう云う関係。


二人きりの週末、ちょっとそこのコンビニまで。
いつか夏の深夜に浴衣で来た道。
季節が巡って距離も近付いて、今はとても穏やかな気持ちで歩いている。
春の陽光は後ろ暗かった物すら溶かし去ってしまう。

暖かくなって梅丸も軽装になったが、ワイン色のストールは外さない。
お気に入りだとかお洒落だとかは建前。
嵐山が首筋や鎖骨に刻んだ痕を隠す為だ、本当は。


こんな心地良い暖かさも束の間。
明日からは雨の予報、また肌に沁みる寒さが戻って来る。
桜もすっかり洗い流されてしまうだろう。
見頃は今日まで、コンビニまでの散歩は花見も兼ねて。

確かに桜の名所もあるが、わざわざ遠出するほどでもあらず。
実のところ嵐山はそこまで好きと云う訳ではなかった。

同時期に咲く桃も、あまり見ないふりをして素通りしてきた。
花自体に罪は無いが、嵐山にとっては仕方あるまい。
三月三日の雛祭り生まれ。
コンプレックスが刺激されて、負の感情が湧いてしまうのだ。

「木に咲く花より、僕はもっと小さい花の方が良いな。」

誰もが見上げてばかりになりがちな季節、そっと視線を下げた。
春は何も桜だけのものではないのだ。
木々の根元にはタンポポやシロツメクサなど野花も。
薄紅で埋め尽くされた土の上、違う色彩を持つ。


「葡萄に似てるんね、それ。」
「食べ物から離れろって。」

青や紫が好きな嵐山のお気に入りはムスカリ。
小さな花は丸々した鈴の形。
一本に沢山実っていると、梅丸が言う通り葡萄を思わせる。

それから。


「ユウ、これも好きだんべ?」

どうして分かるのだか。
ふと梅丸が足を止めて、呼び寄せて指差した花。

肩を寄せ合うように咲いていても、雑草なのでささやかなもの。
それこそ注意しなくては見落としてしまうほど。
これまたとても小さくて愛らしい水色の花。
ミニチュア版の忘れな草と云ったところで、よく似ている。

尖った性格とは裏腹に、可愛い物が好きな事。
知り尽くされているのは嬉しい反面、気恥ずかしさもある。
嵐山は素直に頷けなかったのはそう云う理由。

「そりゃ好きだけどさ……これ何だっけ。」
「キュウリ草な、葉っぱ揉むとキュウリの匂いするから。」
「安易っていうか可愛くない名前だね。」
「いや、まぁ、ハルジオンの貧乏草よりマシだがね。」


桜の根元、揃ってしゃがみ込む。
雑草をまじまじ見つめるなんて小学生の頃以来か。

いつもなら一人で行く、通い慣れた道。
こうして足を止めるのは梅丸と二人だからだろう。
何でもない事すら談笑の種。

友達なら少なかったけれど、嵐山はそれまで孤独でなかった。
昔から近所には和磨も居たし、公晴の家だって。
ただし、後者は「桜の下には死体」なんて怪談を始めそうだ。
都市伝説でなく立派な文学作品が始まりらしいけれど。


真下に居るので、降りしきる薄紅の雪を浴びる。
そうしていると花弁が一片。
やはり口を開けていたものだから、梅丸の口に舞い落ちた。

「だから閉じろって言っただろ。」
「ん、でも甘い気がする。」

慌てたり吐き出したりせず梅丸は呟く。
確かに桜にも蜜はある、鳥が寄って来るのはその為だ。

濃桃をした舌の先、柔らかな花弁。
そのまま梅丸の体温で溶けてしまいそうな儚さ。
妙に艶っぽくて心臓が鳴る。


「あ。」

一呼吸の間に、梅丸は花を呑んでしまった。
嵐山も味わってみたくて密かに落ち着かなくなっていた矢先。
その舌ごと絡め取ってしまいたかったのに。

キスしたい気持ちは置き去り。
やり場を失っては、どうすれば良いのか。


「ユウも桜食べたかったん?」
「別に……、それに外じゃキスとか出来ないだろ。」
「機嫌直しなね、コンビニで団子買ってやるから。」
「最初から買うつもりだったろ。」

疚しいような、苛立つような。
何となく梅丸の顔を直視できなくて立ち上がった。
急なものだから脚が痺れるのも構わず。

そんな嵐山を宥めて、梅丸は袖を引く。
実に手慣れた仕草で。

子供じみているが、引かれるまま歩くのは悪くない。
眩しい日差しと花吹雪の中では目を細めずにはいられず。
誰かに見られたってどうでも良い気分。

キスは家に着くまで取っておこう。
もう桜なんて消えて、団子の味だろうけれど。



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2017.04.16