ブリキ缶を開ける瞬間はいつも密かに心が躍る。
綺麗な絵柄が多いので可愛い物が好きな嵐山には正に宝箱。
台所のガラス棚に幾つも並んでいた紅茶やお菓子の缶を思い出す。
それらはどれも少し上等で、特別な味がした。
今もまた、此処にはレトロな赤いクッキー缶が一つ。
よく見れば少し色褪せて年季が窺えるが、状態は綺麗なものだった。
細かな擦り傷すら歴史を感じさせて温かみがある。
冷静を装って蓋を開ければ、今まで封じられていたバターの香り。
そうして守られていた中身は、可愛らしい動物達のクッキー。
まるで何処かの絵本を開いたような光景である。
「なんか古めかしい缶だな。」
「あぁ、クッキー作る時にいつも入れるんさ。」
此れらが梅丸の手作りだと云うのだから、人は見かけによらない。
赤毛に涼しい強面、容貌だけは不良じみているくせに。
今日はハロウィン。
お菓子は欠かせないと、嵐山家に来る際の手土産だった。
うちで作っても良いのに。
焼き立てが食べたかったと云うより、過程も楽しんでみたかった。
嵐山も手先が器用なのでこうした作業は苦にならない。
しかし決して言葉にはせず。
男子二人でクッキー作りなんて、想像するとどうにも可笑しくて。
誰が見ている訳でもあるまいし。
中性的な容姿がコンプレックスの嵐山は、その辺りを気にしすぎ。
お菓子には季節感も大事だと、今日のクッキーはきちんとハロウィン仕様。
フクロウとコウモリはココア味、ジャックランタンはカボチャ味。
その二つをバター生地に点々と落として三毛猫。
ただ可愛いだけでなく、尻尾を膨らませて威嚇しているポーズ。
そして忘れずに、ハリネズミのクッキーも。
近年、嵐山だけでなくハリネズミを飼う者は少しずつ増えてきた。
それに伴ってモチーフの雑貨もよく見掛ける。
ふと二人で立ち寄った店、キッチン用品の中で抜型を見つけたのは最近の話。
梅丸がクッキー作りを思い付いたのもその時らしい。
ややずんぐりしたシルエットが何とも愛らしい。
背中のトゲトゲは白黒の胡麻で再現。
「あ、でもユウ、顔の付いた食い物って苦手なんだべか……」
「公君に聞いたな?あんなの昔の話だってば。」
恥ずかしい思い出を知られていても、怯んだりせず睨み付けておいた。
そんなの弱味のうちに入るものかと。
可愛らしい食べ物は口にするのが勿体ない、確かに。
歯を立てれば一気に崩れてしまう。
それでもバターの香りは甘い誘惑、食欲には勝てやせず。
「見えなきゃ良いんなら、ユウ目ぇ閉じとくか?食わせてやっから。」
「また餌付けしてるつもり?」
嵐山が皮肉っぽい言い方をしても、こうなる事は決まっていた。
クッキーを持ってきた時点で逆らえない。
特別な甘党でもなかったのに、梅丸のお菓子を楽しみにしているのだから。
自分の為に作られた物を味わう瞬間は至福。
とりあえず一つ、と梅丸が缶からハリネズミをつまみ取る。
差し出されたら拒否など出来ないじゃないか。
仕方なさそうに嵐山は目を閉じて、尖った歯で食い付く。
甘いカボチャのクッキーとローストされた香ばしい胡麻。
何とも優しい味に、今日だけはもう少し柔らかく接してやろうと思った。
クッキー缶を開ければ、小さなハロウィンパーティの始まり。
あれもまた梅丸にとって思い出を詰めてきた物か。
宝箱を見せてくれたのは、耳打ちで明かす秘密にも似ている。
それなら嵐山も答えなければ。
「紅茶淹れてやるよ、とっておきのやつ。」
「ん、それなん?良い缶なんね。」
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*おまけ

作中のクッキーが此方。
ちょうど作ったところだったので、画像もあった方がイメージしやすいかと。
綺麗な絵柄が多いので可愛い物が好きな嵐山には正に宝箱。
台所のガラス棚に幾つも並んでいた紅茶やお菓子の缶を思い出す。
それらはどれも少し上等で、特別な味がした。
今もまた、此処にはレトロな赤いクッキー缶が一つ。
よく見れば少し色褪せて年季が窺えるが、状態は綺麗なものだった。
細かな擦り傷すら歴史を感じさせて温かみがある。
冷静を装って蓋を開ければ、今まで封じられていたバターの香り。
そうして守られていた中身は、可愛らしい動物達のクッキー。
まるで何処かの絵本を開いたような光景である。
「なんか古めかしい缶だな。」
「あぁ、クッキー作る時にいつも入れるんさ。」
此れらが梅丸の手作りだと云うのだから、人は見かけによらない。
赤毛に涼しい強面、容貌だけは不良じみているくせに。
今日はハロウィン。
お菓子は欠かせないと、嵐山家に来る際の手土産だった。
うちで作っても良いのに。
焼き立てが食べたかったと云うより、過程も楽しんでみたかった。
嵐山も手先が器用なのでこうした作業は苦にならない。
しかし決して言葉にはせず。
男子二人でクッキー作りなんて、想像するとどうにも可笑しくて。
誰が見ている訳でもあるまいし。
中性的な容姿がコンプレックスの嵐山は、その辺りを気にしすぎ。
お菓子には季節感も大事だと、今日のクッキーはきちんとハロウィン仕様。
フクロウとコウモリはココア味、ジャックランタンはカボチャ味。
その二つをバター生地に点々と落として三毛猫。
ただ可愛いだけでなく、尻尾を膨らませて威嚇しているポーズ。
そして忘れずに、ハリネズミのクッキーも。
近年、嵐山だけでなくハリネズミを飼う者は少しずつ増えてきた。
それに伴ってモチーフの雑貨もよく見掛ける。
ふと二人で立ち寄った店、キッチン用品の中で抜型を見つけたのは最近の話。
梅丸がクッキー作りを思い付いたのもその時らしい。
ややずんぐりしたシルエットが何とも愛らしい。
背中のトゲトゲは白黒の胡麻で再現。
「あ、でもユウ、顔の付いた食い物って苦手なんだべか……」
「公君に聞いたな?あんなの昔の話だってば。」
恥ずかしい思い出を知られていても、怯んだりせず睨み付けておいた。
そんなの弱味のうちに入るものかと。
可愛らしい食べ物は口にするのが勿体ない、確かに。
歯を立てれば一気に崩れてしまう。
それでもバターの香りは甘い誘惑、食欲には勝てやせず。
「見えなきゃ良いんなら、ユウ目ぇ閉じとくか?食わせてやっから。」
「また餌付けしてるつもり?」
嵐山が皮肉っぽい言い方をしても、こうなる事は決まっていた。
クッキーを持ってきた時点で逆らえない。
特別な甘党でもなかったのに、梅丸のお菓子を楽しみにしているのだから。
自分の為に作られた物を味わう瞬間は至福。
とりあえず一つ、と梅丸が缶からハリネズミをつまみ取る。
差し出されたら拒否など出来ないじゃないか。
仕方なさそうに嵐山は目を閉じて、尖った歯で食い付く。
甘いカボチャのクッキーとローストされた香ばしい胡麻。
何とも優しい味に、今日だけはもう少し柔らかく接してやろうと思った。
クッキー缶を開ければ、小さなハロウィンパーティの始まり。
あれもまた梅丸にとって思い出を詰めてきた物か。
宝箱を見せてくれたのは、耳打ちで明かす秘密にも似ている。
それなら嵐山も答えなければ。
「紅茶淹れてやるよ、とっておきのやつ。」
「ん、それなん?良い缶なんね。」
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作中のクッキーが此方。
ちょうど作ったところだったので、画像もあった方がイメージしやすいかと。
2017.10.31 ▲
昨夜から雨を降らせていた厚い雲は、予報通り翌日まで居座り続けていた。
太陽が見えないと体内時計も鈍くなってしまう。
暗い空の下、見慣れた景色はまだ半分眠って淡い灰色の朝。
まったく「雨が好き」だなんて言う人の気が知れない。
そう思いながら遥人が吐いた溜息は、湿った空気にたちまち溶けた。
雨粒から逃げるように乗り込んだ、いつものスクールバス。
緩めのスピードで進む姿は何処となく水浴びをする大型動物を思わせた。
一度腹に収まってしまえば安心。
暖房で曇る窓の向こう、どんなに強く降ろうとも気楽に眺めていられる。
しかし遥人の不機嫌はそう簡単には直るものでなかった。
よくある症状、低気圧による偏頭痛。
飲んだばかりの薬はまだ効かず、バスに揺られるうち酷くなった気さえ。
遥人が乗る頃は出発したばかりなので、座れるからまだ良いものの。
この時間のバスは到着するまでに満員状態となる。
体調を崩している時に立ち乗りは厳しい。
すぐに生徒が増えて賑やかになる、それまでは席で背中を丸めて安静に。
ちなみに普段バイクの兄も愛車を休ませて、今日ばかりは一緒の登校。
早生学園のスクールバスは制服を着ていれば乗車できるのだ。
兄弟だろうと隣り合ったりせず別々、車内の何処か。
そうして目を閉じていた時に予期せぬ事態。
停留所を一つ二つか過ぎた頃、不意に前の席から鋭く悲鳴。
何事かと思えば原因はあちらから向かってきた。
窓枠伝いにゆっくり這う蜘蛛。
なるほど女子が騒ぐ訳だ、なかなか大きめ。
正確には節足動物の蜘蛛だが、昔から虫が好きな遥人は知っていた。
ごく身近な種類であるコガネグモ。
蜂や虎に似た黒と黄の縞模様で、その派手さから警戒されやすい。
獲物を捕らえる程度なら微毒あり。
つい観察してしまうのが昔からの癖。
下手に構わなければ噛まれないし、ましてや飛び回ったりもせず。
黙ったまま目で追っていたが、それも長くは続かなかった。
ふと横からブレザーの腕が伸びてくる。
勢い良く窓を開けて、軽々と払われた蜘蛛は冷たい外へ。
「キャーキャー五月蝿いよ。」
反射的に視線を向けてみれば、呆れた声で前の席を一睨みしたところ。
腕の主は見知った人物だった。
さらさら流れる褐色の髪に切れ長の目。
遥人と同じくらい小柄で華奢な男子だが、これでも先輩。
「そこのお前もボーっとしてるなよ。蜘蛛こわくて固まってた?」
「あぁ、どうも……おはようございます。」
「えっと、名前何だっけ?」
「相変わらず人の顔覚えないですね、嵐山先輩。」
名を訊かれるのは何度目か。
やっと面識があった事自体は認識されたようだ。
毎朝の時間、此処に揃う顔触れは何となく誰もが見覚えがある。
行き先が同じ学校なのだから尚更。
ただ、言葉を交わさなければ繋がりは生まれないけれど。
嵐山は遥人の兄と知人らしく、その関係で一応ながら紹介された。
結び付きなんてそれくらい細い糸だ。
元からお互い愛想が良い訳でもないし、他に接点も無し。
バスで目が合ったら会釈する程度。
「蜘蛛なんて別に……、あぁ、いえ、何でもないです。」
「何だよ、ボソボソと。」
害は無いのだから放っておいても良かったのではないか。
そう思ったものの、やはり遥人は言葉を呑み込んだ。
このままバスの中では餌が取れないので、いずれ死んでいたか。
もしくは心無い者に潰されていたかもしれない。
先程のように騒ぐ女子も居る事だし。
外に追い出したのはむしろ優しい対処とも言える。
器用な蜘蛛は外の窓枠に張りついて、ガラス越しに腹を見せている。
大したスピードでもないので振り落とされたりもしまい。
雨の日では巣が張れないので見られないのが遥人には残念。
コガネグモの糸は強く、雨粒を纏った巣が美しいのに。
待ち望んでいても、どうせいつの間にか居なくなってしまうのだろうけど。
「何なのお前、さっきから辛気臭い顔して。」
「いえ……ただの頭痛です、雨に弱いので。」
最低限の礼儀を弁えつつも、訝る嵐山には素っ気ない返事。
表情が悪いとはよく言われるので慣れている。
今日に限っては仕方あるまい。
具合が悪い時くらい顔に出ていたって良いじゃないか。
笑みを絶やさない者の方がよっぽど胡散臭い。
どうも思考が捻くれてきた自覚。
身体の機能が正常でないと、感情もうまく動かない。
「じゃ、コレやるよ。」
余計な事を口にせぬよう、もう黙ろうと思ったのに。
再び俯きかけたところで紅色が視界に映った。
嵐山が差し出してきたのは、ミニペットの紅茶。
玉の雫が流れるくらい冷たい。
あまりにも思いがけず、遥人が戸惑ってしまったのも無理はない。
「低気圧なら偏頭痛だろ?冷やせばマシになる筈だから。」
「え……、あの、良いんですか?」
「別に、自販機で間違えて買った物だし。僕は要らないよ。」
「ありがとうございます……」
遠慮しながらも、素直に受け取ってしまった。
暖房でぼんやりしてしまう車内には心地良い冷気。
飲んでも良し、額に当てても良し。
お陰様で、薬が効くまでの間を乗り切れそうだ。
また次の停留所でバスは足を止める。
新たに雨から逃れてきた生徒を一瞥して、嵐山はそちらへ向かって行った。
彼には彼の交流があるのだ。
ドアが閉まったばかりの入り口、頭一つ高い赤味の髪が見える。
挨拶を交わして、此処から遠く離れた席に隣り合う。
今日のところはさようなら。
次に顔を合わせる時、きっとまた遥人に名前を訊くのだろう。
けれど、繋がりは消えた訳じゃない。
思わぬところで紡がれた糸。
伸びていくか、縺れるか、まだ行方は誰にも分らず。
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太陽が見えないと体内時計も鈍くなってしまう。
暗い空の下、見慣れた景色はまだ半分眠って淡い灰色の朝。
まったく「雨が好き」だなんて言う人の気が知れない。
そう思いながら遥人が吐いた溜息は、湿った空気にたちまち溶けた。
雨粒から逃げるように乗り込んだ、いつものスクールバス。
緩めのスピードで進む姿は何処となく水浴びをする大型動物を思わせた。
一度腹に収まってしまえば安心。
暖房で曇る窓の向こう、どんなに強く降ろうとも気楽に眺めていられる。
しかし遥人の不機嫌はそう簡単には直るものでなかった。
よくある症状、低気圧による偏頭痛。
飲んだばかりの薬はまだ効かず、バスに揺られるうち酷くなった気さえ。
遥人が乗る頃は出発したばかりなので、座れるからまだ良いものの。
この時間のバスは到着するまでに満員状態となる。
体調を崩している時に立ち乗りは厳しい。
すぐに生徒が増えて賑やかになる、それまでは席で背中を丸めて安静に。
ちなみに普段バイクの兄も愛車を休ませて、今日ばかりは一緒の登校。
早生学園のスクールバスは制服を着ていれば乗車できるのだ。
兄弟だろうと隣り合ったりせず別々、車内の何処か。
そうして目を閉じていた時に予期せぬ事態。
停留所を一つ二つか過ぎた頃、不意に前の席から鋭く悲鳴。
何事かと思えば原因はあちらから向かってきた。
窓枠伝いにゆっくり這う蜘蛛。
なるほど女子が騒ぐ訳だ、なかなか大きめ。
正確には節足動物の蜘蛛だが、昔から虫が好きな遥人は知っていた。
ごく身近な種類であるコガネグモ。
蜂や虎に似た黒と黄の縞模様で、その派手さから警戒されやすい。
獲物を捕らえる程度なら微毒あり。
つい観察してしまうのが昔からの癖。
下手に構わなければ噛まれないし、ましてや飛び回ったりもせず。
黙ったまま目で追っていたが、それも長くは続かなかった。
ふと横からブレザーの腕が伸びてくる。
勢い良く窓を開けて、軽々と払われた蜘蛛は冷たい外へ。
「キャーキャー五月蝿いよ。」
反射的に視線を向けてみれば、呆れた声で前の席を一睨みしたところ。
腕の主は見知った人物だった。
さらさら流れる褐色の髪に切れ長の目。
遥人と同じくらい小柄で華奢な男子だが、これでも先輩。
「そこのお前もボーっとしてるなよ。蜘蛛こわくて固まってた?」
「あぁ、どうも……おはようございます。」
「えっと、名前何だっけ?」
「相変わらず人の顔覚えないですね、嵐山先輩。」
名を訊かれるのは何度目か。
やっと面識があった事自体は認識されたようだ。
毎朝の時間、此処に揃う顔触れは何となく誰もが見覚えがある。
行き先が同じ学校なのだから尚更。
ただ、言葉を交わさなければ繋がりは生まれないけれど。
嵐山は遥人の兄と知人らしく、その関係で一応ながら紹介された。
結び付きなんてそれくらい細い糸だ。
元からお互い愛想が良い訳でもないし、他に接点も無し。
バスで目が合ったら会釈する程度。
「蜘蛛なんて別に……、あぁ、いえ、何でもないです。」
「何だよ、ボソボソと。」
害は無いのだから放っておいても良かったのではないか。
そう思ったものの、やはり遥人は言葉を呑み込んだ。
このままバスの中では餌が取れないので、いずれ死んでいたか。
もしくは心無い者に潰されていたかもしれない。
先程のように騒ぐ女子も居る事だし。
外に追い出したのはむしろ優しい対処とも言える。
器用な蜘蛛は外の窓枠に張りついて、ガラス越しに腹を見せている。
大したスピードでもないので振り落とされたりもしまい。
雨の日では巣が張れないので見られないのが遥人には残念。
コガネグモの糸は強く、雨粒を纏った巣が美しいのに。
待ち望んでいても、どうせいつの間にか居なくなってしまうのだろうけど。
「何なのお前、さっきから辛気臭い顔して。」
「いえ……ただの頭痛です、雨に弱いので。」
最低限の礼儀を弁えつつも、訝る嵐山には素っ気ない返事。
表情が悪いとはよく言われるので慣れている。
今日に限っては仕方あるまい。
具合が悪い時くらい顔に出ていたって良いじゃないか。
笑みを絶やさない者の方がよっぽど胡散臭い。
どうも思考が捻くれてきた自覚。
身体の機能が正常でないと、感情もうまく動かない。
「じゃ、コレやるよ。」
余計な事を口にせぬよう、もう黙ろうと思ったのに。
再び俯きかけたところで紅色が視界に映った。
嵐山が差し出してきたのは、ミニペットの紅茶。
玉の雫が流れるくらい冷たい。
あまりにも思いがけず、遥人が戸惑ってしまったのも無理はない。
「低気圧なら偏頭痛だろ?冷やせばマシになる筈だから。」
「え……、あの、良いんですか?」
「別に、自販機で間違えて買った物だし。僕は要らないよ。」
「ありがとうございます……」
遠慮しながらも、素直に受け取ってしまった。
暖房でぼんやりしてしまう車内には心地良い冷気。
飲んでも良し、額に当てても良し。
お陰様で、薬が効くまでの間を乗り切れそうだ。
また次の停留所でバスは足を止める。
新たに雨から逃れてきた生徒を一瞥して、嵐山はそちらへ向かって行った。
彼には彼の交流があるのだ。
ドアが閉まったばかりの入り口、頭一つ高い赤味の髪が見える。
挨拶を交わして、此処から遠く離れた席に隣り合う。
今日のところはさようなら。
次に顔を合わせる時、きっとまた遥人に名前を訊くのだろう。
けれど、繋がりは消えた訳じゃない。
思わぬところで紡がれた糸。
伸びていくか、縺れるか、まだ行方は誰にも分らず。
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2017.10.18 ▲
誰かが寄り添って眠っていても、夢の中は孤独。
自分で作り出した支離滅裂な世界に一人きりで過ごさねばならない。
それが寂しいとは思った事は無いけれど。
低く唸って、目覚めれば放課後の音楽準備室。
滲んだ視界が落ち着かず、手探りのままに眼鏡を掴み取った。
うっかりレンズに触れてしまって少しだけ苦い気分。
押された指紋をシャツの裾で磨いてから、遼二は鼻先のブリッジを押し上げた。
そうして軋む身体を伸ばしたら、すぐ隣の体温に気付いた。
ずっと傍らで馴染んでいたもの。
いつもの話だ、触れ合った後で眠ってしまった流れ。
「お帰り。」
台本から目を上げて、神尾が言葉を掛けてくる。
しかし、まだ寝惚けているのは彼の方ではないだろうか。
「何ですか、お帰りって。」
「だって朝でもないのにおはようじゃ変だし、現実にお帰りって意味で。」
此処で「お帰り」なんて一声も充分に変なのだが。
突拍子もない言動は相変わらず。
そのたび返答に困ってしまう身にもなってほしいものだ。
神尾からすれば、彼なりの道理があろうとも。
聞いてないふりで、持ち込んでいたミニペットの緑茶を手に取る。
気怠さはぬるくなり始めた苦味で洗い流して。
潤いが染み渡れば思考も鮮明になってくる。
いつまでも浸っていたいのは山々でも、そうはいかないのだ。
迫り来る日暮れが帰宅を急かす。
不安定な足取りでは電車にも乗れやしない。
それに、今日のところはあまり良く眠れたとは言い難かった。
暇さえあれば微睡みに身を任せる遼二には珍しく。
「ちょっとうなされてたけど、怖い夢でも見た?」
「どうでしょうね……、覚えてないです。」
神尾の問い掛けに、小さな動揺を呑み込んだ。
寝姿を眺めていたのなら確かに多少は察してもおかしくないが。
居心地が良くてもブランケットがあろうとも、所詮はカーペットの上。
眠りが浅ければ夢くらい嫌でも見る時がある。
それも愉快なものとは限らず。
はっきりと内容を覚えている訳ではない、それは事実だった。
けれど夢の中まで知られたくないのが本音である。
深層心理が剥き出しになり、パレットで混ぜかけた絵具に似た混沌。
既に神尾には恥など幾つも知られて、弱みを握られているようなものなのに。
厄介事は半分眠ってやり過ごし、外面を良くして生きてきた遼二の事。
神尾にだけはどうしても遣り難い。
近付かない方が平穏なのではないかと思いつつ、妙に惹かれる。
「うなされてたの知ってた割りに、起こしたりしないんですね。」
「だって夢って映画観てるようなものだし。」
軽く嫌味を込めてみれば、そうきたか。
なるほど実に役者らしい返答。
「途中で止めちゃったら続きは二度と観られないし、勿体ないでしょ。」
「選べないし、好き好んで観てるものではないですけどね……」
「楽しめば良いのに。」
「寝る事自体は楽しいですけど、それとこれとはまた別ですって。」
惰眠を愛する遼二だが、夢を見る事に対してはそこまででない。
すぐ瞼が重くなるのは単に体質と云うか。
一方、神尾は作られた世界を大切にする。
良いものだけでなく、それが苦くとも狂気に満ちていても等しく。
そして彼にとっては夢も劇も同じ。
幕を閉じれば何も残らず消えてしまう儚さも、また愛しいと。
音楽準備室で眠る理由は二人とも少し違う。
やはり夢の中とは独り。
瞼を落とせば、その暗闇は自分だけのものなのだと。
「怖かったら、おれのこと呼んでもいいのに。」
「それは、お断りします。」
神尾の思いがけない言葉はいつも妙に心音を跳ねさせる。
何でもない表情で短い間に整えるものの、気付かれているかもしれない。
それでもやはり遼二は考えてしまう。
実際に呼んでみたら、神尾は何をしてくれるのだろう。
遼二が頷けなかったのは、心を開き切る事が出来ないから。
これ以上の弱みを晒してしまうのは躊躇われる。
恋人ではない、そもそも好みではない。
そうやって口に出さないまま何度も繰り返してきた言葉。
ああ駄目だ、まだ眠りの欠片が残っていては。
巡り出すおかしな思考に言い訳して、今日も停止する。
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自分で作り出した支離滅裂な世界に一人きりで過ごさねばならない。
それが寂しいとは思った事は無いけれど。
低く唸って、目覚めれば放課後の音楽準備室。
滲んだ視界が落ち着かず、手探りのままに眼鏡を掴み取った。
うっかりレンズに触れてしまって少しだけ苦い気分。
押された指紋をシャツの裾で磨いてから、遼二は鼻先のブリッジを押し上げた。
そうして軋む身体を伸ばしたら、すぐ隣の体温に気付いた。
ずっと傍らで馴染んでいたもの。
いつもの話だ、触れ合った後で眠ってしまった流れ。
「お帰り。」
台本から目を上げて、神尾が言葉を掛けてくる。
しかし、まだ寝惚けているのは彼の方ではないだろうか。
「何ですか、お帰りって。」
「だって朝でもないのにおはようじゃ変だし、現実にお帰りって意味で。」
此処で「お帰り」なんて一声も充分に変なのだが。
突拍子もない言動は相変わらず。
そのたび返答に困ってしまう身にもなってほしいものだ。
神尾からすれば、彼なりの道理があろうとも。
聞いてないふりで、持ち込んでいたミニペットの緑茶を手に取る。
気怠さはぬるくなり始めた苦味で洗い流して。
潤いが染み渡れば思考も鮮明になってくる。
いつまでも浸っていたいのは山々でも、そうはいかないのだ。
迫り来る日暮れが帰宅を急かす。
不安定な足取りでは電車にも乗れやしない。
それに、今日のところはあまり良く眠れたとは言い難かった。
暇さえあれば微睡みに身を任せる遼二には珍しく。
「ちょっとうなされてたけど、怖い夢でも見た?」
「どうでしょうね……、覚えてないです。」
神尾の問い掛けに、小さな動揺を呑み込んだ。
寝姿を眺めていたのなら確かに多少は察してもおかしくないが。
居心地が良くてもブランケットがあろうとも、所詮はカーペットの上。
眠りが浅ければ夢くらい嫌でも見る時がある。
それも愉快なものとは限らず。
はっきりと内容を覚えている訳ではない、それは事実だった。
けれど夢の中まで知られたくないのが本音である。
深層心理が剥き出しになり、パレットで混ぜかけた絵具に似た混沌。
既に神尾には恥など幾つも知られて、弱みを握られているようなものなのに。
厄介事は半分眠ってやり過ごし、外面を良くして生きてきた遼二の事。
神尾にだけはどうしても遣り難い。
近付かない方が平穏なのではないかと思いつつ、妙に惹かれる。
「うなされてたの知ってた割りに、起こしたりしないんですね。」
「だって夢って映画観てるようなものだし。」
軽く嫌味を込めてみれば、そうきたか。
なるほど実に役者らしい返答。
「途中で止めちゃったら続きは二度と観られないし、勿体ないでしょ。」
「選べないし、好き好んで観てるものではないですけどね……」
「楽しめば良いのに。」
「寝る事自体は楽しいですけど、それとこれとはまた別ですって。」
惰眠を愛する遼二だが、夢を見る事に対してはそこまででない。
すぐ瞼が重くなるのは単に体質と云うか。
一方、神尾は作られた世界を大切にする。
良いものだけでなく、それが苦くとも狂気に満ちていても等しく。
そして彼にとっては夢も劇も同じ。
幕を閉じれば何も残らず消えてしまう儚さも、また愛しいと。
音楽準備室で眠る理由は二人とも少し違う。
やはり夢の中とは独り。
瞼を落とせば、その暗闇は自分だけのものなのだと。
「怖かったら、おれのこと呼んでもいいのに。」
「それは、お断りします。」
神尾の思いがけない言葉はいつも妙に心音を跳ねさせる。
何でもない表情で短い間に整えるものの、気付かれているかもしれない。
それでもやはり遼二は考えてしまう。
実際に呼んでみたら、神尾は何をしてくれるのだろう。
遼二が頷けなかったのは、心を開き切る事が出来ないから。
これ以上の弱みを晒してしまうのは躊躇われる。
恋人ではない、そもそも好みではない。
そうやって口に出さないまま何度も繰り返してきた言葉。
ああ駄目だ、まだ眠りの欠片が残っていては。
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2017.10.11 ▲

ういちろさんから頂きました、大護です。
この子も交流でお世話になる予定で、こうして描いていただけて感謝!
俳優の父親にそっくりな息子、て設定により容姿は華やか。
ぼんやりイメージしていた以上に格好良く描いて下さって、もはや眩しい…!
これはモテますね、そんなオーラ出てます(゚Д ゚*)
どちらかといえば明るいし、アクティブなので付き合いやすい子だと思います。
ういちろさん、ありがとうございました!
2017.09.24 ▲
リビングの窓に差し込む陽射しが眩しくて、大護は目を閉じた。
昼食を待っている間、ソファーに身を沈めていると眠たくなってくる。
天気の良い3月の休日、普段ならバイクで出掛けるところだが。
こうして緩み切った過ごし方をするのも悪くない。
武田家のペット、ディアナも傍らで寛いでいる気配。
わざわざ瞼を上げなくても分かる。
専用のクッションに爪を立てて、しなやかに長い尻尾を伸ばしている頃。
しかし、彼女は猫などではない。
身体を覆うのは柔らかな毛皮にあらず固い鱗。
伸ばした指先に、棘状のたてがみがちくちくと軽く刺さる。
「月の女神」なんて優美な名前にしては、大変ワイルドな風貌をしていた。
ディアナと呼ばれているのはグリーンイグアナの事である。
一時は日本でもブームが来たとは云え、まだまだペットとしては珍しい。
猫ほどの大きさでも爪も歯も頑丈で外見は恐竜。
それにしては大人しく、簡単な言葉を覚えるくらい賢い面を持っていた。
爬虫類は寒さに弱いので普段は温度調節している飼育部屋。
暖かい時なら生活スペースに連れ出して、こうして共に過ごす事も。
子供の頃、恐竜が好きだった大護は特に可愛がっている。
勿論、家族で相談して決めたペットなので一人で世話している訳ではないが。
ふと、スリッパの足音で意識が浮上した。
それは少し奇妙な光景かもしれない。
見れば足音の正体は弟。
手にしている物が不自然なのだ、青々したキャベツの葉が一枚。
グリーンイグアナは草食、主に新鮮な野菜を与える。
てっきりディアナの餌かと思いきや。
「遥人、そのキャベツ何だよ?くれんの?」
「駄目です。」
不愛想な物言いだが、遥人だって意地悪で返した訳ではない。
よく見れば葉の上には違う種類の緑。
キャベツは飽くまで乗り物、元気に蠢く小さな青虫が居た。
ああ、そう云えば母親が台所で短い悲鳴を上げていたか。
恐竜好きだった兄は爬虫類に進化したが、虫好きな弟はそのまま育った。
来月から高校生だと云うのに子供っぽい。
今も庭へ逃がしに行くのでなく、飼育ケースを探している最中。
羽化するまでの数日間だけ観察する気らしい。
「幼虫の頃に触られ慣れていると、羽化してからも記憶持っているそうですよ。」
キャベツから指先に移して、軽く愛でながらそう言う。
蝶になるのか、それとも蛾だか。
虫は怖くないものの興味が無いので大護には区別がつかず。
「ところで兄さん、今日デートだったんでは。逃げられたんですか。」
「……アコが急にバイト入ったんだよ、フラれたんじゃあない。」
それこそが家に居る本当の理由、痛い所を突かれてしまった。
優等生に見えて口が悪いのは嵐山と似ている。
「デート」だなんてあからさまな単語を使う辺り、まったく嫌味な事だ。
年上の彼女はスケジュールが合わない事が多々。
大人なだけ余裕があり、我の強い大護も軽くあしらわれてしまう。
大護も来年には家を出る予定なので忙しくなるのはお互い様なのだが。
高校生活も今年で最後、思い返せば出来る事が増えたものだ。
アクティブな彼にとっては目まぐるしい変化。
彼女の事だって含まれるが、バイクの免許を取ってから行動範囲も広がった。
弟と云えば、昔から何一つとして変わってない気がする。
碌に身長も伸びておらず、首も腕も細くて生白い。
兄弟は他人の始まり、似ていないのは外見ばかりでないとつくづく思う。
顔も頭も良い筈なのにどうも雰囲気が辛気臭いのだ。
仲が悪い訳ではないが、趣味は合わないので必要以上に干渉しない関係。
「遥人、彼女欲しいとか思った事ないのか。」
「面倒そうですし、そもそも好かれても嬉しくないですし。」
これだ、実に色気が無い言葉を吐く。
思春期なんて異性の事ばかり気になってしまう者も居るのに。
遥人は浮いた話の一つも聞いた事が無い。
やはりまだ子供過ぎるのか、他人に興味が薄いのか。
「兄さんこそ、女の子と付き合うのってそんなに良いものでしょうかね。」
思いがけず、聞き捨てならない発言。
どうしてそんな事を。
「いつもスケジュールが彼女次第なんて不自由そうですけど。」
「お前そんな目で俺を見ていたのか……」
「いえ、皆そうでしょう?べったりしてる割りに壊れやすくて。」
「捻くれているな、随分と。」
苦笑の一つも返したくなる。
クッションで遊ぶディアナを撫でながら、大護は少し考え込んだ。
くっついたり離れたり、確かに世間一般の恋人同士はそんなものだろう。
一人は楽でも、独りでは居たくないのだ。
軽い気持ちの付き合いも経験があるので大護には否定出来ない。
ただ、今の彼女に関しては大護が惚れ込んだ。
最初なんて高校生では弟扱いで相手にもされやしなかった。
飢えるように欲しがって、どんなに苦しんだ事か。
それこそ忌々しい程の熱量。
深い仲になってからは大護から甘える形。
二人の時でしか見せない顔で。
こんな面が自分の中にあったと思い知らされるとは。
良くも悪くも、人は恋愛で変わる。
「…………あ。」
「何ですか、急に。」
そう云えば、今、気付いてしまった。
遥人と愛だの恋だのの話をしたのは初めてだ。
その時点で、もう今までと違うのだと。
「いや……、今度、家に友達連れて来るから。報告する事忘れていた。」
「唐突ですね。僕の許可なんて要らないでしょう、別に。」
全くだ、下手な会話繋ぎだったと大護も我ながら思う。
不意に話題を変えたのは単なる誤魔化し。
このまま話題を続けるのは何となく気が進まなかった。
頭の片隅で「兄弟間で語り合うものではないだろう」と呆れた呟き。
気付いてしまったからには無視出来ず。
くすぐったいような、妙な居心地の悪さで一杯。
続きがあるとしたら、きっと遥人が恋を知った時。
いつまでも青虫のままではいられない。
蛹を開いたら別の生き物。
忍び寄る春に溶かされて、変化は否応なく訪れる。
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昼食を待っている間、ソファーに身を沈めていると眠たくなってくる。
天気の良い3月の休日、普段ならバイクで出掛けるところだが。
こうして緩み切った過ごし方をするのも悪くない。
武田家のペット、ディアナも傍らで寛いでいる気配。
わざわざ瞼を上げなくても分かる。
専用のクッションに爪を立てて、しなやかに長い尻尾を伸ばしている頃。
しかし、彼女は猫などではない。
身体を覆うのは柔らかな毛皮にあらず固い鱗。
伸ばした指先に、棘状のたてがみがちくちくと軽く刺さる。
「月の女神」なんて優美な名前にしては、大変ワイルドな風貌をしていた。
ディアナと呼ばれているのはグリーンイグアナの事である。
一時は日本でもブームが来たとは云え、まだまだペットとしては珍しい。
猫ほどの大きさでも爪も歯も頑丈で外見は恐竜。
それにしては大人しく、簡単な言葉を覚えるくらい賢い面を持っていた。
爬虫類は寒さに弱いので普段は温度調節している飼育部屋。
暖かい時なら生活スペースに連れ出して、こうして共に過ごす事も。
子供の頃、恐竜が好きだった大護は特に可愛がっている。
勿論、家族で相談して決めたペットなので一人で世話している訳ではないが。
ふと、スリッパの足音で意識が浮上した。
それは少し奇妙な光景かもしれない。
見れば足音の正体は弟。
手にしている物が不自然なのだ、青々したキャベツの葉が一枚。
グリーンイグアナは草食、主に新鮮な野菜を与える。
てっきりディアナの餌かと思いきや。
「遥人、そのキャベツ何だよ?くれんの?」
「駄目です。」
不愛想な物言いだが、遥人だって意地悪で返した訳ではない。
よく見れば葉の上には違う種類の緑。
キャベツは飽くまで乗り物、元気に蠢く小さな青虫が居た。
ああ、そう云えば母親が台所で短い悲鳴を上げていたか。
恐竜好きだった兄は爬虫類に進化したが、虫好きな弟はそのまま育った。
来月から高校生だと云うのに子供っぽい。
今も庭へ逃がしに行くのでなく、飼育ケースを探している最中。
羽化するまでの数日間だけ観察する気らしい。
「幼虫の頃に触られ慣れていると、羽化してからも記憶持っているそうですよ。」
キャベツから指先に移して、軽く愛でながらそう言う。
蝶になるのか、それとも蛾だか。
虫は怖くないものの興味が無いので大護には区別がつかず。
「ところで兄さん、今日デートだったんでは。逃げられたんですか。」
「……アコが急にバイト入ったんだよ、フラれたんじゃあない。」
それこそが家に居る本当の理由、痛い所を突かれてしまった。
優等生に見えて口が悪いのは嵐山と似ている。
「デート」だなんてあからさまな単語を使う辺り、まったく嫌味な事だ。
年上の彼女はスケジュールが合わない事が多々。
大人なだけ余裕があり、我の強い大護も軽くあしらわれてしまう。
大護も来年には家を出る予定なので忙しくなるのはお互い様なのだが。
高校生活も今年で最後、思い返せば出来る事が増えたものだ。
アクティブな彼にとっては目まぐるしい変化。
彼女の事だって含まれるが、バイクの免許を取ってから行動範囲も広がった。
弟と云えば、昔から何一つとして変わってない気がする。
碌に身長も伸びておらず、首も腕も細くて生白い。
兄弟は他人の始まり、似ていないのは外見ばかりでないとつくづく思う。
顔も頭も良い筈なのにどうも雰囲気が辛気臭いのだ。
仲が悪い訳ではないが、趣味は合わないので必要以上に干渉しない関係。
「遥人、彼女欲しいとか思った事ないのか。」
「面倒そうですし、そもそも好かれても嬉しくないですし。」
これだ、実に色気が無い言葉を吐く。
思春期なんて異性の事ばかり気になってしまう者も居るのに。
遥人は浮いた話の一つも聞いた事が無い。
やはりまだ子供過ぎるのか、他人に興味が薄いのか。
「兄さんこそ、女の子と付き合うのってそんなに良いものでしょうかね。」
思いがけず、聞き捨てならない発言。
どうしてそんな事を。
「いつもスケジュールが彼女次第なんて不自由そうですけど。」
「お前そんな目で俺を見ていたのか……」
「いえ、皆そうでしょう?べったりしてる割りに壊れやすくて。」
「捻くれているな、随分と。」
苦笑の一つも返したくなる。
クッションで遊ぶディアナを撫でながら、大護は少し考え込んだ。
くっついたり離れたり、確かに世間一般の恋人同士はそんなものだろう。
一人は楽でも、独りでは居たくないのだ。
軽い気持ちの付き合いも経験があるので大護には否定出来ない。
ただ、今の彼女に関しては大護が惚れ込んだ。
最初なんて高校生では弟扱いで相手にもされやしなかった。
飢えるように欲しがって、どんなに苦しんだ事か。
それこそ忌々しい程の熱量。
深い仲になってからは大護から甘える形。
二人の時でしか見せない顔で。
こんな面が自分の中にあったと思い知らされるとは。
良くも悪くも、人は恋愛で変わる。
「…………あ。」
「何ですか、急に。」
そう云えば、今、気付いてしまった。
遥人と愛だの恋だのの話をしたのは初めてだ。
その時点で、もう今までと違うのだと。
「いや……、今度、家に友達連れて来るから。報告する事忘れていた。」
「唐突ですね。僕の許可なんて要らないでしょう、別に。」
全くだ、下手な会話繋ぎだったと大護も我ながら思う。
不意に話題を変えたのは単なる誤魔化し。
このまま話題を続けるのは何となく気が進まなかった。
頭の片隅で「兄弟間で語り合うものではないだろう」と呆れた呟き。
気付いてしまったからには無視出来ず。
くすぐったいような、妙な居心地の悪さで一杯。
続きがあるとしたら、きっと遥人が恋を知った時。
いつまでも青虫のままではいられない。
蛹を開いたら別の生き物。
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2017.09.18 ▲
夕暮れが迫る頃、放課後の生徒会室はまた一人退席していった。
それぞれ仕事が終われば帰って良い日。
他の教室とも離れており、ただでさえ静かだった部屋に音が消える。
そう言い表せばいかにも窮屈そうな世界だが、実際には。
書面から視線を上げて見渡せば、ホワイトボードやファイルの山ばかりでない。
片隅には電気ポットに持ち寄りのカップがきっちり人数分。
おまけに良い匂いを漂わせるお菓子までも。
「武田君もその辺で終わりにしても良いからねぇ。」
「いえ、もうすぐ書き終わるので……」
そう言いながら伊東天満はカップケーキをつまむ。
今日のおやつも料理部の彼による手製、まだしっとりと温かい。
苺ジャムにバナナ、ナッツやチョコチップを散らして焼いたので種類も色々。
紺青のブレザーによく映える赤いパーカー、柔らかい栗毛。
一応は校則違反でないにしても目立つ。
ただ伊東の場合は何も格好の所為ばかりでもないか。
睫毛が長くて大きめの垂れ目は愛らしく、少女のように甘い顔立ち。
これで早生学園高等部の生徒会長だと云うのだから驚く。
見るからに生真面目な生徒が務めるものだと思っていたのだが。
威厳は置いといて、伊東が選ばれた理由は全くの謎でもない。
笑みを絶やさず人当たりの良い彼が居てこそ、堅苦しくならずに済んでいる。
そして指示が的確と云うか、人を使うのが巧いと云うか。
仕事に慣れてくるうち分かってきた事。
中等部と打って変わって高等部の生徒会は雰囲気が緩い。
仕事もきっちりこなすが、先程まで繰り広げられていたのは半ばお茶会だ。
周囲からの推薦で流されるまま決まったとは云え、拍子抜けしてしまった。
書記の一年生、武田遥人は聞かれないように溜息を吐く。
艶々した黒髪に退屈そうな猫目。
成長期前なので、まだ小柄で華奢な身体つきに制服は緩い。
実はベテラン俳優の息子と云う肩書を持つのだが、注目されるタイプではない。
昔から大抵、外交的で父親似の兄に人は集まるものだった。
お陰様で母親似の物静かな遥人は干渉されず自由にやってこられた訳だ。
平気で人前に立てる父や兄と違って、遥人は裏方の方が落ち着く。
生徒会の仕事も嫌ではないので淡々と。
それに早く帰ったところで、やりたい事がある訳でもなし。
彼氏彼女と約束があるからと去って行った役員達に対しても無関心の目。
放っておけばいい、どうでもいい。
人を好きになった事すらないので全くの他人事だ。
しかし、やはり切りの良いところで帰るべきだったか。
今日のうちに仕上げてしまおうとしたら遅くなってしまったようだ。
いつの間にか、引き戸のガラスに見慣れた人影。
ああ、また狼が出た。
「よぉ、伊東居る?」
「いらっしゃい白ちゃん。」
獣の耳みたいに跳ねた癖毛を覗かせて、呼び声一つ。
尖った形の目で生徒会室を見回した。
遅れてきた役員ではない、演劇部部長の白部である。
来訪する事なら伊東も分かっていたのだろう。
にこやかに招いて、お茶会に一人増えた。
伊東に声を掛けたものの本当に用があるのは食べ物の方だ。
空いた椅子に腰を下ろすと、白部はバナナケーキを無遠慮に食い付く。
伊東も気前良く葡萄ジュースを注いで飲み物の準備。
此処にあるカップの人数分とは役員だけでなく、白部も含まれている。
「がっつかなくて大丈夫だよぉ、白ちゃんの分も取っておいたから。」
赤いパーカーの伊東と狼に似た白部。
肩を並べると、何だか「赤ずきん」を思わせる組み合わせである。
「なぁ悪いんだけど。借りてたDVD、兄ちゃんに返しといてくんねぇ?」
「え?はぁ、別に良いですけど……」
ふと此方に向き直ると、白部が手提げを渡してきた。
彼ら二人も兄と同学年なので友人関係らしい。
だからと云って、その繋がりで遥人とも仲が良い訳でもないが。
それどころか正直な話、遥人は白部にあまり良い印象を持っていない。
こうして立ち寄っては、残り物のお茶とお菓子を喰い尽す。
演劇部は意外と体力を使うのでいつも空腹らしい。
生徒会室は休憩室ではないのだが、果たして良いのだろうか。
真似する生徒が後を絶たない事態なんてのも予測される。
最上位の権限を持つ伊東が許しているので、口を出す幕はないものの。
ご馳走するのは白部だけなのでよほど仲が良いのだろうけれど。
「白ちゃん、苺のも食べる?」
「ん、そんじゃぁ貰おうかね。」
ほんの数分、すっかり寛いだ白部は我が物顔にすら見える。
伊東の柔らかい空気に当てられた所為もあるか。
葡萄ジュースの筈なのだが、ワインでほろ酔いになったかのような。
伊東が自分の苺ケーキまでも半分に割り、気前良く与える。
けれど勧められるまま喰い付いたのは欲張り過ぎ。
「うわっ、ドロッと出た。」
勢い余ってか、溢れてきた苺ジャム。
まるでケーキが血を流したようでもあり遥人は密かに顔を顰めた。
片や、伊東は「子供のようだ」と白部の汚れた口許を笑う。
実に無邪気な声を立てて。
ご丁寧な事に、伸ばした指先でジャムを拭ってやった。
そのまま舐め取り、一瞬だけ覗かせたのは艶めいた愉悦。
あれを目にしたのは遥人だけだろう。
残り少ない役員達は、そもそも彼らの方など気にも留めず。
ああ、確かに気付かされた、全ての認識は逆さまだったのだと。
赤ずきんのお菓子が目当てで狼は通っていたのではない。
寧ろ、あれは罠だったのだ。
甘ったるい匂いで棲家へ誘い込み、食べられる為の。
「……白部さん、僕のも良かったら要りますか?」
「そりゃ勿論食うけど、どうした急に。」
「何だか、食べられなくなったと云うか。」
「意味分からんよ。」
こんなに手間暇が掛けられた罠、遥人がいただくのは申し訳ない。
毒なんて混ざっていないにしても。
しっかりと責任を持って狼に平らげてもらわねば。
偏見も無ければ興味も無い。
此れは赤ずきんと狼の物語だ、遥人はそっと舞台を降りた。
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それぞれ仕事が終われば帰って良い日。
他の教室とも離れており、ただでさえ静かだった部屋に音が消える。
そう言い表せばいかにも窮屈そうな世界だが、実際には。
書面から視線を上げて見渡せば、ホワイトボードやファイルの山ばかりでない。
片隅には電気ポットに持ち寄りのカップがきっちり人数分。
おまけに良い匂いを漂わせるお菓子までも。
「武田君もその辺で終わりにしても良いからねぇ。」
「いえ、もうすぐ書き終わるので……」
そう言いながら伊東天満はカップケーキをつまむ。
今日のおやつも料理部の彼による手製、まだしっとりと温かい。
苺ジャムにバナナ、ナッツやチョコチップを散らして焼いたので種類も色々。
紺青のブレザーによく映える赤いパーカー、柔らかい栗毛。
一応は校則違反でないにしても目立つ。
ただ伊東の場合は何も格好の所為ばかりでもないか。
睫毛が長くて大きめの垂れ目は愛らしく、少女のように甘い顔立ち。
これで早生学園高等部の生徒会長だと云うのだから驚く。
見るからに生真面目な生徒が務めるものだと思っていたのだが。
威厳は置いといて、伊東が選ばれた理由は全くの謎でもない。
笑みを絶やさず人当たりの良い彼が居てこそ、堅苦しくならずに済んでいる。
そして指示が的確と云うか、人を使うのが巧いと云うか。
仕事に慣れてくるうち分かってきた事。
中等部と打って変わって高等部の生徒会は雰囲気が緩い。
仕事もきっちりこなすが、先程まで繰り広げられていたのは半ばお茶会だ。
周囲からの推薦で流されるまま決まったとは云え、拍子抜けしてしまった。
書記の一年生、武田遥人は聞かれないように溜息を吐く。
艶々した黒髪に退屈そうな猫目。
成長期前なので、まだ小柄で華奢な身体つきに制服は緩い。
実はベテラン俳優の息子と云う肩書を持つのだが、注目されるタイプではない。
昔から大抵、外交的で父親似の兄に人は集まるものだった。
お陰様で母親似の物静かな遥人は干渉されず自由にやってこられた訳だ。
平気で人前に立てる父や兄と違って、遥人は裏方の方が落ち着く。
生徒会の仕事も嫌ではないので淡々と。
それに早く帰ったところで、やりたい事がある訳でもなし。
彼氏彼女と約束があるからと去って行った役員達に対しても無関心の目。
放っておけばいい、どうでもいい。
人を好きになった事すらないので全くの他人事だ。
しかし、やはり切りの良いところで帰るべきだったか。
今日のうちに仕上げてしまおうとしたら遅くなってしまったようだ。
いつの間にか、引き戸のガラスに見慣れた人影。
ああ、また狼が出た。
「よぉ、伊東居る?」
「いらっしゃい白ちゃん。」
獣の耳みたいに跳ねた癖毛を覗かせて、呼び声一つ。
尖った形の目で生徒会室を見回した。
遅れてきた役員ではない、演劇部部長の白部である。
来訪する事なら伊東も分かっていたのだろう。
にこやかに招いて、お茶会に一人増えた。
伊東に声を掛けたものの本当に用があるのは食べ物の方だ。
空いた椅子に腰を下ろすと、白部はバナナケーキを無遠慮に食い付く。
伊東も気前良く葡萄ジュースを注いで飲み物の準備。
此処にあるカップの人数分とは役員だけでなく、白部も含まれている。
「がっつかなくて大丈夫だよぉ、白ちゃんの分も取っておいたから。」
赤いパーカーの伊東と狼に似た白部。
肩を並べると、何だか「赤ずきん」を思わせる組み合わせである。
「なぁ悪いんだけど。借りてたDVD、兄ちゃんに返しといてくんねぇ?」
「え?はぁ、別に良いですけど……」
ふと此方に向き直ると、白部が手提げを渡してきた。
彼ら二人も兄と同学年なので友人関係らしい。
だからと云って、その繋がりで遥人とも仲が良い訳でもないが。
それどころか正直な話、遥人は白部にあまり良い印象を持っていない。
こうして立ち寄っては、残り物のお茶とお菓子を喰い尽す。
演劇部は意外と体力を使うのでいつも空腹らしい。
生徒会室は休憩室ではないのだが、果たして良いのだろうか。
真似する生徒が後を絶たない事態なんてのも予測される。
最上位の権限を持つ伊東が許しているので、口を出す幕はないものの。
ご馳走するのは白部だけなのでよほど仲が良いのだろうけれど。
「白ちゃん、苺のも食べる?」
「ん、そんじゃぁ貰おうかね。」
ほんの数分、すっかり寛いだ白部は我が物顔にすら見える。
伊東の柔らかい空気に当てられた所為もあるか。
葡萄ジュースの筈なのだが、ワインでほろ酔いになったかのような。
伊東が自分の苺ケーキまでも半分に割り、気前良く与える。
けれど勧められるまま喰い付いたのは欲張り過ぎ。
「うわっ、ドロッと出た。」
勢い余ってか、溢れてきた苺ジャム。
まるでケーキが血を流したようでもあり遥人は密かに顔を顰めた。
片や、伊東は「子供のようだ」と白部の汚れた口許を笑う。
実に無邪気な声を立てて。
ご丁寧な事に、伸ばした指先でジャムを拭ってやった。
そのまま舐め取り、一瞬だけ覗かせたのは艶めいた愉悦。
あれを目にしたのは遥人だけだろう。
残り少ない役員達は、そもそも彼らの方など気にも留めず。
ああ、確かに気付かされた、全ての認識は逆さまだったのだと。
赤ずきんのお菓子が目当てで狼は通っていたのではない。
寧ろ、あれは罠だったのだ。
甘ったるい匂いで棲家へ誘い込み、食べられる為の。
「……白部さん、僕のも良かったら要りますか?」
「そりゃ勿論食うけど、どうした急に。」
「何だか、食べられなくなったと云うか。」
「意味分からんよ。」
こんなに手間暇が掛けられた罠、遥人がいただくのは申し訳ない。
毒なんて混ざっていないにしても。
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2017.09.08 ▲
早生学園高等部
幼稚舎から大学まで一貫している私立、偏差値は中の上。
望月 青葉(モチヅキ アオバ)/♂/176㎝
二年生/演劇部(副部長)
ふんわり癖毛、伏し目がちで前歯大きめ。グレーのウサ耳パーカー。
物憂げで飄々としており、他人に流されない。幼馴染の忠臣が好き。
演劇部では女装が板についてきている。
芹沢 忠臣(セリザワ タダオミ)/♂/170㎝
二年生/帰宅部
ツンツンベリーショートで三白眼、柄は悪いが生真面目な読書家。
皮肉っぽく短気。青葉とは10年来の幼馴染で悪友。
北倉 千紗(キタクラ チサ)/♀/158㎝
二年生/演劇部
青い花のピンで留めた長い髪、黒々とした瞳。
柔らかな物腰ながら欲望に忠実な文学少女。
庄子 公晴(ショウジ キミハル)/♂/168㎝
三年生/演劇部(脚本)
ふんわり褐色の髪、丸っこい黒目の童顔。作家、荒井新月の孫で嵐山の従兄。
人当たりが良く、ちょこまか機敏。マスコットとして可愛がられている。
怖い話が好きで創作怪談のブログが趣味。文系だが運動も得意。
白部 星一(シラベ セイイチ)/♂/175㎝
三年生/演劇部(部長)
毛束太めのミディアム癖毛、アーモンド形の尖った目。食欲旺盛ですぐ空腹。
舞台では悪役が多いが、普段は面倒見の良い先輩。
真っ暗では眠れないくらいの怖がりなので公晴の怪談には辟易している。
伊東 天満(イトウ テンマ)/♂/172㎝
三年生/料理部・生徒会(会長)
柔らかい栗毛に甘い顔立ち。赤いパーカー。
強かな甘え上手で小悪魔的、人の懐に入るのが巧い。
昔から白部がお気に入りで「白ちゃん」と呼びつつ餌付けしている。
嵐山 悠輝(アラシヤマ ユウキ)/♂/165㎝
二年生/演劇部(衣装係)
サラサラな褐色の髪に切れ長の目、線が細い。手先が器用。
興味ない事には恐ろしく素っ気なく、愛想も無い。
反面、大事なもの(人)にはとことん執着し、梅丸に対して嫉妬深い。
*Character by りんごあめ(ういちろさん)
梅丸 灯也(ウメマル トウヤ)/♂/178㎝
二年生/演劇部(大道具係)
ワックスで癖を付けた赤味の髪、一重で釣り目。無表情の強面で不良に見られがち。
黙っていればクールなのだが、訛り口調の所為でいまいち垢抜けない。
独占欲の強い嵐山に振り回されつつも、可愛くて堪らない。
武田 大護(タケダ ダイゴ)/♂/177㎝
三年生/帰宅部
毛束の先が尖った茶系のミディアム。シャープな眉に猫っぽい吊り目。
ベテラン俳優、宍戸帝一の息子。容姿から声質まで似ているので苦労している。
自信家で俺様気質、行動力は人一倍。公晴、嵐山とは幼馴染。
武田 遥人(タケダ ハルト)/♂/162㎝
一年生/茶道部・生徒会(書記)
黒髪ストレート、猫目でコケティッシュな顔立ち、華奢。
大護の弟だが、母親似なので兄ほどは父親の事でいじられない。
理知的で物静か。いつも何処か退屈そうで恋愛に興味なし。

北紅高校
北紅駅前のアーケード街を抜けた先にあり、自由な校風。
早未 遼二(ハヤミ リョウジ)/♂/172cm
二年生/カフェバイト
鳥の巣めいた癖毛に眼鏡、クールで大人っぽい雰囲気ながら眠たがり。
女子から評判は良いが、幼馴染の兄に長年片思いしている同性愛者。
バイトの無い放課後は神尾と昼寝・触り合うだけの仲。
神尾 承史(カミオ ヨシフミ)/♂/181㎝
二年生/劇団所属
無造作な黒髪、伏しがち垂れ目に緩い口許。ラピスラズリのピアス。
いわゆる田舎の権力者の息子。当人にとってはどうでもいい。
独特の価値観と観点の変わり者。色気があり、来るもの拒まずなので遊び相手が複数。
最初から遊び以上にならないと言い渡し、一人ずつ公平なルールを決めている。

庄子 肇(ショウジ ハジメ)/♂/174㎝
職業:英語、フランス語講師/34歳
サラサラの黒髪ショート、筋肉質で細身、細面に切れ長の目。
嵐山と公晴の叔父。庄子家の末っ子長男で姉達とは10歳近く離れている。
沈着冷静と評判の色男だが、隠れサディストで甥達には大人げない面もあり。
現在は隣街に在住、乾専門学校に勤務。
幼稚舎から大学まで一貫している私立、偏差値は中の上。
望月 青葉(モチヅキ アオバ)/♂/176㎝
二年生/演劇部(副部長)
ふんわり癖毛、伏し目がちで前歯大きめ。グレーのウサ耳パーカー。
物憂げで飄々としており、他人に流されない。幼馴染の忠臣が好き。
演劇部では女装が板についてきている。
芹沢 忠臣(セリザワ タダオミ)/♂/170㎝
二年生/帰宅部
ツンツンベリーショートで三白眼、柄は悪いが生真面目な読書家。
皮肉っぽく短気。青葉とは10年来の幼馴染で悪友。
北倉 千紗(キタクラ チサ)/♀/158㎝
二年生/演劇部
青い花のピンで留めた長い髪、黒々とした瞳。
柔らかな物腰ながら欲望に忠実な文学少女。
庄子 公晴(ショウジ キミハル)/♂/168㎝
三年生/演劇部(脚本)
ふんわり褐色の髪、丸っこい黒目の童顔。作家、荒井新月の孫で嵐山の従兄。
人当たりが良く、ちょこまか機敏。マスコットとして可愛がられている。
怖い話が好きで創作怪談のブログが趣味。文系だが運動も得意。
白部 星一(シラベ セイイチ)/♂/175㎝
三年生/演劇部(部長)
毛束太めのミディアム癖毛、アーモンド形の尖った目。食欲旺盛ですぐ空腹。
舞台では悪役が多いが、普段は面倒見の良い先輩。
真っ暗では眠れないくらいの怖がりなので公晴の怪談には辟易している。
伊東 天満(イトウ テンマ)/♂/172㎝
三年生/料理部・生徒会(会長)
柔らかい栗毛に甘い顔立ち。赤いパーカー。
強かな甘え上手で小悪魔的、人の懐に入るのが巧い。
昔から白部がお気に入りで「白ちゃん」と呼びつつ餌付けしている。
嵐山 悠輝(アラシヤマ ユウキ)/♂/165㎝
二年生/演劇部(衣装係)
サラサラな褐色の髪に切れ長の目、線が細い。手先が器用。
興味ない事には恐ろしく素っ気なく、愛想も無い。
反面、大事なもの(人)にはとことん執着し、梅丸に対して嫉妬深い。
*Character by りんごあめ(ういちろさん)
梅丸 灯也(ウメマル トウヤ)/♂/178㎝
二年生/演劇部(大道具係)
ワックスで癖を付けた赤味の髪、一重で釣り目。無表情の強面で不良に見られがち。
黙っていればクールなのだが、訛り口調の所為でいまいち垢抜けない。
独占欲の強い嵐山に振り回されつつも、可愛くて堪らない。
武田 大護(タケダ ダイゴ)/♂/177㎝
三年生/帰宅部
毛束の先が尖った茶系のミディアム。シャープな眉に猫っぽい吊り目。
ベテラン俳優、宍戸帝一の息子。容姿から声質まで似ているので苦労している。
自信家で俺様気質、行動力は人一倍。公晴、嵐山とは幼馴染。
武田 遥人(タケダ ハルト)/♂/162㎝
一年生/茶道部・生徒会(書記)
黒髪ストレート、猫目でコケティッシュな顔立ち、華奢。
大護の弟だが、母親似なので兄ほどは父親の事でいじられない。
理知的で物静か。いつも何処か退屈そうで恋愛に興味なし。

北紅高校
北紅駅前のアーケード街を抜けた先にあり、自由な校風。
早未 遼二(ハヤミ リョウジ)/♂/172cm
二年生/カフェバイト
鳥の巣めいた癖毛に眼鏡、クールで大人っぽい雰囲気ながら眠たがり。
女子から評判は良いが、幼馴染の兄に長年片思いしている同性愛者。
バイトの無い放課後は神尾と昼寝・触り合うだけの仲。
神尾 承史(カミオ ヨシフミ)/♂/181㎝
二年生/劇団所属
無造作な黒髪、伏しがち垂れ目に緩い口許。ラピスラズリのピアス。
いわゆる田舎の権力者の息子。当人にとってはどうでもいい。
独特の価値観と観点の変わり者。色気があり、来るもの拒まずなので遊び相手が複数。
最初から遊び以上にならないと言い渡し、一人ずつ公平なルールを決めている。

庄子 肇(ショウジ ハジメ)/♂/174㎝
職業:英語、フランス語講師/34歳
サラサラの黒髪ショート、筋肉質で細身、細面に切れ長の目。
嵐山と公晴の叔父。庄子家の末っ子長男で姉達とは10歳近く離れている。
沈着冷静と評判の色男だが、隠れサディストで甥達には大人げない面もあり。
現在は隣街に在住、乾専門学校に勤務。
2017.09.08 ▲
ブザーを合図に幕が開けば魔法の始まり。
暗闇から浮かび上がる舞台の上は、切り取られた別世界。
たとえ作り物だとしてもそこに憧れた。
演劇部を選んだ切っ掛けは何だったか。
部員達に訊けば皆それぞれ違う回答、今でこそ部長なんて務めている白部も。
彼にとってのスターはただ一人。
舞台に立っていた宍戸帝一の姿が、今も焼き付いているから。
親が芝居好きなので、劇場なら幼い頃から連れられたものである。
勿論、子供には退屈なものも多いので毎回が賭け。
やれやれと思いつつ、白部自身もそれなりに楽しんではいた。
なので、観賞自体はすっかり慣れ親しんでいたのだ。
転機は明確にあの時、あの舞台。
童話をモチーフにした話で、宍戸帝一が演じたのは悪役のライオン。
名の通り彼はまさに帝王だった。
スポットライトを浴びた金色の髪に、威風堂々とした姿。
あんなにも麗しいと感じた男性は初めてで。
「だからオレからしたら、武田の立場って羨ましくもあるけどさ。」
「そりゃあ役者としての話だろ、父親としてはどうだか。」
そう白部が溜息を吐くと、大護は緩く横に首を振る。
帝王の息子は実に冷めた表情と返事。
学校から徒歩数分、ファーストフード店での会話である。
大護とは一緒に来た訳でも待ち合わせしていた訳でもない。
小腹が空いた放課後、バスを一本遅らせた白部はふらりと立ち寄っただけ。
夕暮れが近付きつつある店内は賑やか。
見渡せば他に空席も幾つかあったが、何となくの相席になった。
食べ盛りの上に二人ともよく食べる方。
セットメニューを頼んでおいて、帰宅後は夕食も平らげるのだ。
横から大護を見ると、口を開けた時に牙が目立つ。
狼を思わせる白部と、例のライオンによく似た大護。
並んでハンバーガーを齧っているとますます肉食獣じみて可笑しい。
白部が小学校の頃に転校して来てから約10年、大護とは何度か同じクラスになった。
顔を合わせれば軽いお喋りくらいはする仲である。
一貫校は顔馴染みが多い、付いたり離れたりと波のような人間関係。
父親の話題を出すと不機嫌になるのは知っていた。
だからずっと避けるようにしていたのに。
今日ばかりは何故だか、舌から言葉が滑り落ちて始まった。
大護が付き合ってくれているのも意外だが。
苦い顔をしつつも逃げず、だらだらと会話は続いている。
それに憧れは強くても、白部も宍戸帝一を目にしたのは舞台上や画面でのみ。
同じ地元に住んでいるとは云え、そうそうプライベートで逢えるものか。
ばったり出くわすほど街は狭くない。
大護に頼み込むなんて恐れ多い事も出来やせず。
イメージなんて人それぞれ。
白部にとって宍戸帝一はライオンだが、大護にはただの父親。
そして他のファンからしても、どのキャラクターを思い浮かべるかは違う。
何しろ仕事を選ばない役者なので出演作は非常に多いのだ。
若くて細身だった頃の恋愛ドラマでは気怠げに微笑む美しい青年。
また特撮では子供を泣かせの冷酷非道な中ボス。
更にホラー映画では、気性が激しくエキセントリックなゾンビの王。
それでも全体を通してみればやはり悪役が多い。
白部も勿論影響を強く受けたもので、舞台では憎まれ役を買って出てきた。
赤頭巾ちゃんの狼だとか、ピーターパンのフック船長だとか。
悪役は演技力が高くなければ務まらないと云われる。
白部の教科書は宍戸帝一、どれだけ作品を繰り返し観て勉強したやら。
「俺は親父の番組ほとんど観た事ないからピンと来ないけどな。」
「いや、応援くらいはしてやれよ……」
「この俺とほぼ同じ顔してるってだけでむず痒いわ。」
「そこは別として、面白い作品も多いんだぜ?」
なんて白部は言いつつも、あの恋愛ドラマは特に見難いだろうと思い直す。
どれだけ名作でも父親のラブシーンと云うだけで理由は充分だ。
考えてみれば、今の自分達とそう変わらない年でデビューしていたのだ。
尤も、バイクを乗り回して野性味が強い大護とは全く重ならない。
顔立ちは兎も角として、確かに別人。
耽美な雰囲気のキャラクターと現実の高校生を比べるのも不毛な話だろう。
ハンバーガーで最後の一口はソースまみれの大きめ。
少し無理に詰め込んだ白部が頬を膨らませて咀嚼している隙の事。
ふと横から大護の手が伸びて、袋のポテトを一本盗んでいった。
悪戯小僧の表情で此処に居るのは、同級生。
だからこそ友人になれた。
「そうだ……、ホラー映画の方なら親父のサイン付きDVDやるよ。」
「んんん!」
「何だよ、首横に振って。遠慮する事ないじゃあないか。」
「うぐ……」
白部の怖がりを知っていて、この仕打ちである。
口に物が一杯で喋れない事も。
最初から言葉で勝てないのは分かっているのだが。
どうしたものかと思いつつ、そうして甘んじてきたので今更の話か。
呑み込んだところで白部が返すのは反論でなく、ただの苦笑。
こんな意地悪も何処かのドラマで見たような気がして。
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暗闇から浮かび上がる舞台の上は、切り取られた別世界。
たとえ作り物だとしてもそこに憧れた。
演劇部を選んだ切っ掛けは何だったか。
部員達に訊けば皆それぞれ違う回答、今でこそ部長なんて務めている白部も。
彼にとってのスターはただ一人。
舞台に立っていた宍戸帝一の姿が、今も焼き付いているから。
親が芝居好きなので、劇場なら幼い頃から連れられたものである。
勿論、子供には退屈なものも多いので毎回が賭け。
やれやれと思いつつ、白部自身もそれなりに楽しんではいた。
なので、観賞自体はすっかり慣れ親しんでいたのだ。
転機は明確にあの時、あの舞台。
童話をモチーフにした話で、宍戸帝一が演じたのは悪役のライオン。
名の通り彼はまさに帝王だった。
スポットライトを浴びた金色の髪に、威風堂々とした姿。
あんなにも麗しいと感じた男性は初めてで。
「だからオレからしたら、武田の立場って羨ましくもあるけどさ。」
「そりゃあ役者としての話だろ、父親としてはどうだか。」
そう白部が溜息を吐くと、大護は緩く横に首を振る。
帝王の息子は実に冷めた表情と返事。
学校から徒歩数分、ファーストフード店での会話である。
大護とは一緒に来た訳でも待ち合わせしていた訳でもない。
小腹が空いた放課後、バスを一本遅らせた白部はふらりと立ち寄っただけ。
夕暮れが近付きつつある店内は賑やか。
見渡せば他に空席も幾つかあったが、何となくの相席になった。
食べ盛りの上に二人ともよく食べる方。
セットメニューを頼んでおいて、帰宅後は夕食も平らげるのだ。
横から大護を見ると、口を開けた時に牙が目立つ。
狼を思わせる白部と、例のライオンによく似た大護。
並んでハンバーガーを齧っているとますます肉食獣じみて可笑しい。
白部が小学校の頃に転校して来てから約10年、大護とは何度か同じクラスになった。
顔を合わせれば軽いお喋りくらいはする仲である。
一貫校は顔馴染みが多い、付いたり離れたりと波のような人間関係。
父親の話題を出すと不機嫌になるのは知っていた。
だからずっと避けるようにしていたのに。
今日ばかりは何故だか、舌から言葉が滑り落ちて始まった。
大護が付き合ってくれているのも意外だが。
苦い顔をしつつも逃げず、だらだらと会話は続いている。
それに憧れは強くても、白部も宍戸帝一を目にしたのは舞台上や画面でのみ。
同じ地元に住んでいるとは云え、そうそうプライベートで逢えるものか。
ばったり出くわすほど街は狭くない。
大護に頼み込むなんて恐れ多い事も出来やせず。
イメージなんて人それぞれ。
白部にとって宍戸帝一はライオンだが、大護にはただの父親。
そして他のファンからしても、どのキャラクターを思い浮かべるかは違う。
何しろ仕事を選ばない役者なので出演作は非常に多いのだ。
若くて細身だった頃の恋愛ドラマでは気怠げに微笑む美しい青年。
また特撮では子供を泣かせの冷酷非道な中ボス。
更にホラー映画では、気性が激しくエキセントリックなゾンビの王。
それでも全体を通してみればやはり悪役が多い。
白部も勿論影響を強く受けたもので、舞台では憎まれ役を買って出てきた。
赤頭巾ちゃんの狼だとか、ピーターパンのフック船長だとか。
悪役は演技力が高くなければ務まらないと云われる。
白部の教科書は宍戸帝一、どれだけ作品を繰り返し観て勉強したやら。
「俺は親父の番組ほとんど観た事ないからピンと来ないけどな。」
「いや、応援くらいはしてやれよ……」
「この俺とほぼ同じ顔してるってだけでむず痒いわ。」
「そこは別として、面白い作品も多いんだぜ?」
なんて白部は言いつつも、あの恋愛ドラマは特に見難いだろうと思い直す。
どれだけ名作でも父親のラブシーンと云うだけで理由は充分だ。
考えてみれば、今の自分達とそう変わらない年でデビューしていたのだ。
尤も、バイクを乗り回して野性味が強い大護とは全く重ならない。
顔立ちは兎も角として、確かに別人。
耽美な雰囲気のキャラクターと現実の高校生を比べるのも不毛な話だろう。
ハンバーガーで最後の一口はソースまみれの大きめ。
少し無理に詰め込んだ白部が頬を膨らませて咀嚼している隙の事。
ふと横から大護の手が伸びて、袋のポテトを一本盗んでいった。
悪戯小僧の表情で此処に居るのは、同級生。
だからこそ友人になれた。
「そうだ……、ホラー映画の方なら親父のサイン付きDVDやるよ。」
「んんん!」
「何だよ、首横に振って。遠慮する事ないじゃあないか。」
「うぐ……」
白部の怖がりを知っていて、この仕打ちである。
口に物が一杯で喋れない事も。
最初から言葉で勝てないのは分かっているのだが。
どうしたものかと思いつつ、そうして甘んじてきたので今更の話か。
呑み込んだところで白部が返すのは反論でなく、ただの苦笑。
こんな意地悪も何処かのドラマで見たような気がして。
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2017.08.29 ▲